2025年10月1日水曜日

「あっ!橋がない!!」〜突然起きたどん底の気分

 暑い夏だった9月の終わり、夫の仕事の関係で月の1/3は軽井沢で過ごしているのだがその軽井沢の研究所へ歩いて行く小径で突然橋が無くなっているという大事件に遭遇した。

東京から軽井沢に到着すると夫は研究所の畑の様子が気になり、必ずすぐに裏道を歩いて研究所へ向かう。今回は夕方薄暗くなる前に・・と出かけて行った夫がすぐに戻ってきた。

「ソラさん、橋が無くなっているよ!向こうへ渡れない」「えっ!嘘でしょ」


その橋は幅2mもない小さな用水路の土手のこちら側から反対側の住宅地に通じる道をつなぐためにかかっているたよりない丸太橋で、家から歩いて夫の研究所に向かう最短距離のありがたい橋であった。そこは人間だけ(もちろん小動物や犬の散歩はOK)が通れる小径で、橋があれば直線距離になるので500mも歩けば研究所に着いてしまう。ちょっとした用事でもすぐに行くことができた。ちなみに夫は荷物があるので普段は車で行っているのだが、車がとおれる道はおよそ4km 程になる。

私も試しに歩いてみたが、ぐるっと回らなければならないので裏道を通って森を抜けて道路に出るまでで1.5k、普通の道路に出てから更に2.5kmの上り坂を歩かないとならない。

今思うとこの丸太橋の発見はほとんど奇跡的なものだったのだ。そしておめでたくも無くなることは考えもしなかった。しかしこういうことは起きるのだ。

どうもそこは私有地にかけられていた橋であったらしい。歩いている人もしばしば出会っていたので町のものと思いこんでいたが、橋のへりにある邸宅の所有だったらしい。これでは文句をいえない。所有者がはずしてしまったのだから・・・

研究所のエリアには教会や人家や畑があるだけでめぼしいものはなにもないので、とても困るのは研究所がそこにあり、自宅がこちら側にある我が家だけだろう。犬の散歩の人はルートを変えればいいし、大概の人々は車を使って生活しているのだから。

この事件が起きた時に、離島に橋がかかった記事を思い出した。つながっていることの安心感はすごいものだ。少し興奮が冷めた後で思った。4キロを歩いて行けばいいだけではないかと。まだ歩ける。でも、歩いて行ったら歩いて帰らねばならない。往復8キロ!74歳には少しきつい。

何よりも、今までなんと恵まれていたのだろう、とつくづく思った次第だ。大根一本、きゅうり2本、ちょっと足りないから採ってくる・・・なんて今では夢の世界。眼の手術をしてから遠ざかってしまっていた諦めていた方法を色々再検討してみよう。小さな車を買う、電動自転車を買う・・・あるいは板を持っていってその都度橋にして渡る、人の家の敷地内をコソ泥みだいに通り抜ける、竹馬で向こう岸へ。何だかけがとか犯罪と紙一重で気が進まない。

なによりも昼間ひとりで暮らしていると、ちょっと覗いてこようと森の中のあの用水路沿いの小径を歩くのが好きだった。小さな丸太橋を渡ると浅間山を背にした研究所の畑が見え、夫が仕事をしている。知っている人びとも仕事をしている。私も雑草取りなどを手伝って、「じゃあ一足お先に・・」と言っていつでも歩いて帰り、食事の準備にとりかかる。「あ、いけないあれを忘れた」などと再び取りに・・・。あの橋がつなげていた世界がすっかり生活の一部になってしまっていたのだ。

そんな平和な光景が頭の中をよぎっていく。これから更に老婆になっていく自分を思うと、今橋がなくなったことの代償は大きい。そして今のうちになにか良い方向に考えを持っていかねば・・・と思い巡らしている。

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