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2026年3月10日火曜日

痒み 〜その② 背中

 少し前に長年辛かった痒みについて書いた。その続編である。

右耳の下に突然おできができた。ぽこんと膨らんだ物体ができて少しずつおおきくなり小粒の大豆くらいの大きさで止まり、放っておけば消えるだろうと思っていたら3ヶ月過ぎても消えない。出現は丁度スイス旅行の最中だった。5ヶ月目に入って「皮膚がんだったら嫌だな」とか思って皮膚科へ行った。

2025年5月2日金曜日

痒み 〜頭皮、背中、皮膚全体

 アトピーではないのだが、子供の頃から皮膚が弱くトラブルには事欠かなかった。化粧品も選ばないと大変だ。3〜4年ほど前頭皮に湿疹ができたり痒くなったりして、1年くらい何をしても改善しないことがあった。シャンプーは長い間悩みの種で使えるものが少なく、アメリカからオーダーしていた時期もあった。大丈夫なものだけをとても慎重に使用していたのに・・。頭皮とは本当に敏感なものである。

2025年2月6日木曜日

1月2月は両親の誕生日と命日

1月、2月は両親の誕生日と命日があるので、何かと生きるとか死ぬとか考えさせられる時だ。二人はとても仲の良い夫婦で、二人とも1月生まれで2月に亡くなった。 年齢差は6歳だったけれど、父は70歳になった日の朝亡くなり、母は98歳まで長生きした。

2025年1月16日木曜日

滅び行く郵便局と日本の文化

 今年の年賀状は郵便料金のあまりにも大幅な値上げで控えようと思っていたが、思っていたよりも多くの方々から元旦に年賀状が届いたのでいただいた人々にお返事した。

実は年賀状はとても好きな習慣で、一年に一度のご挨拶が楽しみでもあった。何年もお会いしていない友人たちと束の間の会話が成り立ち、「ああ、今年もお元気そうで何より・・」とか思いながら、そっけないけどビーンと伝わってくる何気ない一筆や素敵なデザインのおはがきをとても大切に思う温かい瞬間なのだ。

2024年8月20日火曜日

満月の夜に眠れない②  〜スタージョンムーン

 3年ほど前に満月の時の睡眠障害について書いたことがあった。それから何度も同じようなことが起きたが昨夜も起きたので記しておこうと思う。

2023年12月21日木曜日

『すべて忘れてしまうから』と旅行記

 ちょっと気になった『すべて忘れてしまうから』という深夜の番組。こんな時間に阿部寛さんが主演のエッセイ風のドラマなので、つい観てしまった。

2023年6月11日日曜日

紅茶メモ⑤  〜ダージリンオートクチュール、ディライトとディヴァインそしてカリスマ

 紅茶メモの五回目です。

コロナ禍でずっと通販で紅茶を仕入れていたが、久しぶり銀座に行ったので、松屋通りのマリアージュ・フレールに寄った。前回の紅茶メモは2019年の2月に書いていたので大分間が開いたが、もちろんその間にも二回くらい行って美味しい紅茶を買っている。その時のお茶についてはまた改めて。

この日は残念ながら店長さん不在でスタッフの方と色々お話ししてきた。

丁度私のお気に入りのダージリンのオートクチュールがたくさん入っていた。このようなことはとても珍しいということで、クンクンわんこのように鼻を利かせて香りを記憶に留めてきたが、その中でディライトとディヴァインとカリスマを買ってきた。

2022年7月7日木曜日

『サン=テグジュペリの世界』<永遠の子供>の生涯と思想 by 武藤剛史 

ウクライナ情勢の気になる日々に手にした講談社選書メチエ の上記の本を読みながら色々なことを考えた。眼が不自由になってから本を読む速度が遅くなり、400ページ近い本は結構時間がかかった。それでもウクライナの情勢はまだ戦争が続いたままだった。サン=テグジュペリの戦争体験と重なった。

彼の『星の王子さま』は何回読んだだろう?縁あって日本語、英語、フランス語、スペイン語と4カ国の言葉で読んでみた。そしていつも新しい発見をした。

2021年5月28日金曜日

アーシング 〜眠るのが楽しくなりました

 寝つきが悪く、眠りが浅く、コツンという音でも起きてしまう私でしたが、何年くらい前からでしょうか?アーシングを始めてからいつの間にか眠るのが楽しくなりました。

私のアーシングとの出会いは今思うと、2008年夏スペイン、サンセバスチャンのコンチャ海岸を高熱でフラフラしながら裸足で歩いたことにあると思います。

2021年5月27日木曜日

珈琲いかがでしょう 〜今シーズンのお気に入り 2021年春

 今季は「珈琲いかがでしょう」と「大豆田とわ子と三人の元夫」が気に入った。「イチケイのカラス」も楽しみに観ている。後者2つはまだ完結してないので評価がどうなるか分からないので今日は「珈琲いかがでしょう」の感想だけにする。

2020年10月28日水曜日

与えられた時間 〜2020年10月に軽井沢で思うこと

2020年10月末に考える。

今年2月に実家の母が亡くなり、週2〜3回の介護施設への訪問がなくなった。

コロナ禍に突入のため、出席していた二つのクラスも無くなり外出の機会はスーパの買い物と犬の散歩だけになった。 そして7月その愛犬も不本意な事故により4歳で亡くなってしまったため毎日の生活のすべてが半年ほどの間に様変わりしてしまった。 

2020年9月3日木曜日

家がなくなるということ  〜家とは不思議な箱だ

長野にあった実家が更地になった。
私が生まれ育った家だ。
何度も建て直したけれど合計すれば70年以上家族の誰かが住んでいた家だ。
母がここ10年間東京のホームにいたため空き家になっており、もう戻れないであろうと判断した私はそろそろ処分をしようと考えていた。
今年2月母が亡くなったので思い切って売ることにした。

2020年8月27日木曜日

パグのくうちゃんのこと

2020年2月に98歳の生涯を閉じた母、亡くなった直後からコロナ禍に突入し、外出もままならない自粛生活が始まった。そして自粛が緩んでやっと納骨を済ませるために長野に向かった日に、我が家の愛犬の空(くう)ちゃんが亡くなった。たったの4歳で。
コロナ禍でペットホテルが休業中だったため車で一緒に連れて行った矢先の一生後悔する出来事だった。

2020年6月10日水曜日

コロナ禍の中で 〜ウーバーイーツも初めて使ってみた

2月11日に10年間見てきた母が亡くなってからもう4ヶ月になる。
その間何をしていたのかと思って考えたが何もしていない。
ちょうどコロナと重なったこともあり、すべてストップして忠実に自粛していた。
喪失感を感じる間もなく次のステージが始まっていた。

2020年1月6日月曜日

2019年 フルスピードで過ぎてしまった

「歳をとると一年が早く過ぎる、20歳代はいろいろなことがあるから長く感じるのよ・・」
今年98歳になった母が昔よくそんな話をしていたのを思い出した新年の幕開けだ。100歳近い母の一年はどんな速さで過ぎているのだろう?それを問うても、今は目の前の私に向かって微笑むだけで言葉の答えは返ってこない。

2019年は新年のスタートが昨日だったような気がするくらい速くて短かった。私にしては結構盛りだくさんだったような気がするのだが・・・やはり歳のせいだろうか?

2018年1月9日火曜日

2017年 またまた忙しい一年でした。

昨年の今頃、こんなブログを書きました。
本当に忙しい一年でした。

ところが、この一年はさらに忙しかったかもしれません。
66歳になってこんなに忙しいとは・・・というものの今回は病気で忙しい一年だったのです。やれやれ、もう若くはないのです。

2017年1月9日月曜日

2016年 忙しい一年でした

子育ての時が一番忙しいと思っていたのに・・・65歳になってこんなに慌ただしい一年を過ごすとは!

2015年6月1日月曜日

軽井沢便り 〜鹿が出現! 鹿は神聖なのだそうです

久しぶりの軽井沢便りです。
ここのところKzさんの仕事の関係で軽井沢滞在が増えました。
いつも、この季節からは蜂と雑草に悩まされます。


昨日、夕方4時半頃だったでしょうか? 大分きれいになったはずの庭もよく見ると気になる箇所だらけで、草取りをしていました。とても静かで、鳥の鳴き声と風の音が聞こえるだけ。

けれど、あまりの静けさの中に、なにかとても静かな気配を感じて、上の写真の方向を見ました。一瞬静寂に包まれました。別世界に紛れ込んだように・・・。

2012年7月3日火曜日

人のいない家

長野の実家の夢をチラチラ続けて見た。
家に呼ばれているような気がして、何かあったのか気になって、行ってきた。

一人暮らしの母が東京のホームに入ってしまったから今は誰も住んでいない。電気も水道ガスも止まっているから、長居はできないし、掃除もできない。

夢で見た家は埃と蜘蛛の巣で廃墟のようだったが、今日の家は何だか今でも母が几帳面に暮らしているみたいな存在感があった。父の魂が守ってくれているのだろうか?
突き当たりの壁にかかっている大きな父の写真が嬉しそうだった。思わず声をかけてしまった、「お父さん、お久しぶりっす!」

できれば、電気も水道も通してもらって、掃除をしてあげたい気持ちにかられた。

人気のない家はネズミが出て来そうで嫌だったが、家が喜んでくれているのか、意外にも暖かみがあって、オババが入院していた時の薄暗い冬の不気味さよりもずっと気が楽だった。
実際すごいボロ家なのだが、母の実家は材木屋さんだったので、おじさんが調達してくれた材木の質が良くて、みかけよりもがっしりしているようだ。
多分夏の割には涼しくて、隣の家がなくなって駐車場になっていたので、光が以前よりも入って明るかったからかもしれない。

母の洋服をチェックして、お気に入りだったものや良いものは特大の丈夫な袋に詰め込んだ。
確か近所のお米屋さんが宅急便を扱っていたはずなので、大きな荷物を抱えて持って行ったら、おじさんが入れ歯をはずしたまま出てきて、
「今日これから病院へ行くところだから宅急便出せないんだよ」とふがふが言っている。
「おじさん、どこか近い所に宅急便できるところない?」と聞いても、全く要領を得ない。
隣の店の人に聞いたら、「セブンイレブンだね」と言われ、
「歩いて行くのかい?・・・(かなりな間があった)・・あなた、元気そうだから行ってらっしゃい!」と無責任にも言われた。

かなり不安だったけれど、行くしかないので、えっちらおっちら行ったら、遠い遠い。あの言葉の間は確かに行くように薦めるべきか迷っていたに違いない。
あんな大きな荷物を持って雨の中を傘もささずに歩いて行ける距離じゃありませんよ〜だ!

というわけで、今日の運動は十分したので、戸締まりをして市役所にかけこんだ。
どうしてって、トイレに行きたくて死にそうだったのだから。

荷物を送ってお昼を食べたら急に元気が出てきて、善光寺へ行くことにした。
どしゃぶりの雨の中、仁王さま、こんにちわ!

だって今年まだ初詣してないし、おみくじは今年の分引いてないから・・・。
大勧進のおみくじは私の年中行事で生まれて此の方日本に居ない時以外はいつも引いていたのだ。どうしても、引きたい。

そして、信じられない程よく当たる!!
だって、父が亡くなった年には凶だったもの。

今日は久々の『大吉』、本当に久しぶり。
自分が正しいと思うことを信念を持って堂々とやり貫きなさい、何もかもうまく行きます・・・けれど、「必ず公道を行きなさい」。道を外れてはいけません。

今までは「じっと耐えて信じて時を待ちなさい、必ず開けます」「今は種まきの時です、必ず実りの時が来るから〜」だったが、やっとお許しが出た。自分から動いても良いらしい。

今年は自分の意志で思う通りに動こう。(もう半年以上過ぎてしまったから次のおみくじを引く時までだな?)判断力の試される時かもしれない。

いざ、行動開始!


2012年5月10日木曜日

最年長の友人、Anne-marie とSalamanca, Spain

2008年7月にスペイン、Salamancaへ留学した。私にとったら、大大冒険旅行だった!!

たった2週間の語学留学だったが、その後バスク地方へ一人旅して、Madridに留学中だった息子に会ってトレドに行き、帰って来た。ひと月足らずのスペインだった。

その頃の私は狭心症の発作と、脳動脈瘤でショックを受けていて大変体調も悪く、「このまま死んでしまうのではつまらないから、スペインに短期留学させて欲しい、何かがあってもマドリッドに息子がいるから、多分助けてもらえるから」と夫を説得して行かせてもらった。

私の最も解放された自由の時だった。
ガチガチにかたまった、鎧を剥ぐのがそれはそれは大変だった。
わたしにとったら革命だもの。
そしてその時から自分の中の何かが変わったような気がする。

幸い脳動脈瘤はまだ破裂しないで生きているし、元気に暮らしている。

サラマンカ大学の寮で過ごした間に友だちになったフランス人アンヌ・マリーがメールをくれた。そもそも、頻繁にきれいな風景や美術作品のスライドを送ってくれるのだが、本人のプライベートなメッセージはほとんどついてこない。先日久しぶりにまとめてお礼のメールをしたら、今日返事がきた。

実は今まで、何度か返事を書いたが、ここのところ返事がなかったので、もう個人的なメールを書けるような状態ではないのだと思っていた。コンタクトだけはとりたいから、スライドを送ってくるのだと・・・。
歩行困難にはなってきているが、元気そうだ。良かった!

彼女は当時78歳だったから、多分今は82歳くらいだろう。心臓が悪くて何か装置を持っていたから、あまり調子は良くないと思う。
毎年夏はサラマンカでスペイン語を勉強しながら私の居た寮で、2ヶ月ほど過ごしていた。
日本が好きで、いつも食事の時は同じテーブルでおしゃべりしながら、日本語とフランス語とスペイン語で話し、行き詰まると英語でコミュニケーションを取った。
色々なことをお話した。

彼女が居なかったら、初めてのスペインで、知らない人ばかりの中で、言葉も分からず、不安ながらも一人で何もかもやっていた私の留学は随分違うものになったと思う。彼女はお節介はいけないかな?どこまで踏み込んでいいのかしら?と、暗黙のうちに気遣いながら私の好みを控えめにチェックし、出過ぎないで程よく色々誘ってくれたし、困ったことがあると何でも相談できた。

私の最年長の大切な友人だ。

メールの最後には、「あなたのともだち、アンヌ−マリー」と素敵な字体で、日本語で書かれていた。
思わず、ホロリ・・・あたたか〜〜いい。

82歳のフランス人が日本語を混ぜたメールをくれたのだ。とてもソフトな響きで、彼女の声が聞こえて来たような気がした。パソコンを使うだけでもすごいと思うのだが、仏語、英語、スペイン語は当然ペラペラ、日本が好きで日本語を一生懸命勉強していた。
漢字も書く、覚えようとする、驚くべきフランス人女性!

メールを読んでいたら、サラマンカが戻って来た。あの不思議な時間が、私の宝物が。
あの時から、自分の足で歩けるようになったような気がするのだから。
そして、エネルギーが心地よく充電された。

ちょっと気持ちが沈んでいたけれど、スペインの空気を思い出して、さあ、元気を出そう!