暑い夏だった9月の終わり、夫の仕事の関係で月の1/3は軽井沢で過ごしているのだがその軽井沢の研究所へ歩いて行く小径で突然橋が無くなっているという大事件に遭遇した。
東京から軽井沢に到着すると夫は研究所の畑の様子が気になり、必ずすぐに裏道を歩いて研究所へ向かう。今回は夕方薄暗くなる前に・・と出かけて行った夫がすぐに戻ってきた。
「ソラさん、橋が無くなっているよ!向こうへ渡れない」「えっ!嘘でしょ」
暑い夏だった9月の終わり、夫の仕事の関係で月の1/3は軽井沢で過ごしているのだがその軽井沢の研究所へ歩いて行く小径で突然橋が無くなっているという大事件に遭遇した。
東京から軽井沢に到着すると夫は研究所の畑の様子が気になり、必ずすぐに裏道を歩いて研究所へ向かう。今回は夕方薄暗くなる前に・・と出かけて行った夫がすぐに戻ってきた。
「ソラさん、橋が無くなっているよ!向こうへ渡れない」「えっ!嘘でしょ」
いつものコースで足慣らしのウォーキングに出かけた。脚を痛めてしまってから7000歩コースは負荷がかかるので3000歩くらいで足慣らしを始めた。つまり短い散歩だ。
上水にかかっている幅1mほどの橋を渡ると千ヶ滝地区に入るのだが、この橋ではしばしば蛇に出会う。ど真ん中でトグロを巻いていたので橋を渡らずそのまま引き返したこともあった。熊鈴と蛇に対する心の準備はできていた。
しばしば橋の向こう側では思いがけないものと出くわす。この日は・・・
明け方ベランダから雪の積もった庭を朝日を浴びながら見ていたら、バリバリ!!!とまるで雪崩が起きているようなすごい破裂音がし、背の高い木のしなった枝が折れて落ちてきた。すごい雪けむりが飛び散った。するとほとんど同時にまたメリメリ!!パキーン!!!と色々な木々から劇的なオーケストラを聴いているような大きな音をたてて枝が折れ、落ちてきた。あっちでもこっちでも・・これはティンパニーか!あれはホルン・・・
気温の低い軽井沢の真冬の朝の出来事だった。その日の軽井沢は雪景色ではなく、完全に氷の世界になった。まさに芸術。
前の5つのブログの続きです。
2月8日の骨折の現場検証。思い切って事故現場を歩いてきました。5月の新芽どきのとても気持ちの良い日でした。緑がキレイ。この写真は5月14日なので、すでに氷も雪も融け、腐葉土の層もなくなっています。奥の方からひたすら長〜〜い下り坂が続いています。
前のブログ二つの続きです。
手術が終わり無事退院しリハビリも始まった頃、2月22日、骨折から2週間、手術から10日あまり、リハビリに行く前で着替えをしていたときに、右手首親指の根本から肘にかけてにぶい痛みが走った。パキーンという感じだった。親指が開かない!!!全く力が入らない。かろうじて握れるが開かないぞ。ヤバイ!!
一つ前の続きです。
診察の時に先生が「痛いですよ」というや否やぐぐグッと患部を動かした。本当に痛くて涙がポロポロ・・・そしてギブスのようなもので固定してくださった。
「少しすると固まるから・・・」と、固定されるとなんだか自分の部屋に入ったような安心感に包まれた。
右手首の橈骨遠位端骨折。レントゲンには、わたしが見てもはっきりわかる骨折の映像があった。CTではもっとはっきりと・・・・無惨!そしてその周りの組織は粉々に傷だらけ、肘の骨も怪しいところが・・・「これは手術しないと駄目ですね。」
それから4日後、金属板とボルトで固定する手術が行われた。
2021年は2日から風邪を引き、どんな年になるのかな?と思っていたところ、2月8日いきなり軽井沢で骨折の事件が生じた。凍っている坂道で右手首の橈骨遠位端骨折(とうこつえんいたん)というのをやってしまった!!
2020年10月末に考える。
今年2月に実家の母が亡くなり、週2〜3回の介護施設への訪問がなくなった。
コロナ禍に突入のため、出席していた二つのクラスも無くなり外出の機会はスーパの買い物と犬の散歩だけになった。 そして7月その愛犬も不本意な事故により4歳で亡くなってしまったため毎日の生活のすべてが半年ほどの間に様変わりしてしまった。