大正11年1月1日生まれの母が、令和2年2月11日に他界した。98歳だった。
父の命日が2月1日だったので多分父が迎えに来てくれたのだと感じた。
静かに静かに呼吸がゆっくりになって、最後の最後まで少しずつ空気が抜けていくように全部出し切ったように息を引き取った。
けなげで素敵な最後だった。
人生を生き切るってこういう感じなのだと思った。
2020年3月17日火曜日
2016年8月4日木曜日
認知症の特徴 〜見守るのは忍の一字!
母がホームに入所して6年目に入っている。ホームの開設と一緒だ。
このホームがスタートした時からのメンバーが随分居なくなり、母より後に入った方々も少しずつ入れ替わっている。見慣れたお顔がいつの間にかそっと消えてしまっている。
認知症の94歳としたら、看護婦さんにも言われたが、母は模範になるくらい最も健闘している一人だ。
このホームがスタートした時からのメンバーが随分居なくなり、母より後に入った方々も少しずつ入れ替わっている。見慣れたお顔がいつの間にかそっと消えてしまっている。
認知症の94歳としたら、看護婦さんにも言われたが、母は模範になるくらい最も健闘している一人だ。
2013年10月17日木曜日
弱音を吐こう、介護日誌(41) 〜盗まれたぁ、盗まれたぁ〜
今日はマジくたびれた(泣)
行っている間中、「化粧品が盗まれる」「全部なくなった」の繰り返しだった。記憶は5分と持たない。怒らせると厄介なので何でも受け入れようと心に決め、何十回付合ったか?? イライラ・・・
毎回隠す場所が変わっているので、こちらも部屋の中をあちこち探すのが大変なのだ。つまり盗まれない為に、あっちへ隠し、こっちに隠し・・・そして結果、本人はどこへ隠したか忘れ、もちろん隠したことさえも完璧に忘れ・・・よって盗まれたことになる。
泥棒はスタッフの人たち、幸い私ではない m(_ _)m
行っている間中、「化粧品が盗まれる」「全部なくなった」の繰り返しだった。記憶は5分と持たない。怒らせると厄介なので何でも受け入れようと心に決め、何十回付合ったか?? イライラ・・・
毎回隠す場所が変わっているので、こちらも部屋の中をあちこち探すのが大変なのだ。つまり盗まれない為に、あっちへ隠し、こっちに隠し・・・そして結果、本人はどこへ隠したか忘れ、もちろん隠したことさえも完璧に忘れ・・・よって盗まれたことになる。
泥棒はスタッフの人たち、幸い私ではない m(_ _)m
2013年10月3日木曜日
認知症の特徴 〜衣類の順序編
以前にも何回かおばあさんの洋服の着方のめちゃくちゃさや奇妙な傾向について触れたことがあったが、いよいよ本格的になってきた。
認知症になると、着替えをいやがるとか、季節感が全くなくなるとかはよく聞くが、もう少し進むと順序が分からなくなるらしい。
認知症になると、着替えをいやがるとか、季節感が全くなくなるとかはよく聞くが、もう少し進むと順序が分からなくなるらしい。
2013年5月16日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(40) 〜老人ホームで好かれるには?
うちのオババは最高に口が悪い。
威張っているし、我が儘だし、負けず嫌いだし、命令口調だし、ずぼらだし・・・だけど、何故か人に好かれる。
どうしてだろうか?と考えてみた。
答えは、『お茶目!!』(しかも、天然の)
威張っているし、我が儘だし、負けず嫌いだし、命令口調だし、ずぼらだし・・・だけど、何故か人に好かれる。
どうしてだろうか?と考えてみた。
答えは、『お茶目!!』(しかも、天然の)
2013年5月1日水曜日
認知症の特徴 〜ショートメモリー(短期記憶)の欠如
母がホームに入り、アルツハイマー型認知症と診断されて2年と2ヶ月が過ぎた。
認知症の病名をいただいているにもかかわらず、私には母はアルツハイマーではなく、ただの歳相応にボケたばあさんなだけなのではないだろうか?と思いたい気持ちは続いている。
ここのところ便の出が悪いらしく、日記帳に「うんちあり」の記録がほとんど無くなっている。
今までは几帳面な母は、排便後直ぐに必ず「ウンチあり」と書いていたのだ。
スタッフの方々も母が「今日はありません」と言っても、必ず母の日記帳をのぞく。そしてニッコリして「あらあら、市川さん、ありましたよ、ほら!ここに書いてある」と言いながら母と顔を見合わせる。
母驚き顔で一言「あったかねえ〜!」
その記述がほとんどないので、看護婦さんに「便秘でしょうか?」と相談したが、「もしかしたら、出ているのに日記の所へ移動する間に忘れてしまっているかもしれません。最近記憶障害が以前より進んでいる感じがします」と言われた。
「それは私も感じます、特に直前の記憶が・・」と頷くと、
「今以上のことはする手立てがありません。これからは見守るしかないかもしれませんね」と言われた。
メマリーとレミニール錠が効いていたせいか、模範生に近いくらい認知症の進行が止まっていた母だが、やはり来るときが近づいているのかもしれない。
今日は、また蚊帳みたいなカーディガンを羽織ってトイレから出て来た。これを着ているときは要注意だ。しかも先日私が買って行ったピンクの長い羽織りもののカーディガンの上にそれより小振りの蚊帳を羽織っているのだから、何ともみっともなかった。
「お母さん、このピンクのカーディガンは一番上に羽織るものだから、この蚊帳みたいなのを上に着なくてもいいんだよ」と言うと、素直に「変だわねえ〜」と頷いていた。
2時45分頃、どうもアクティヴィティのことが気になるらしく、「ちょっと行って来る」と言って出て行った。通常私が来ている時は、あまり参加したがらないのに変だな?と思ったが、「それは、いいことよ、行ってらっしゃい」と送った。
3時になっても戻らないので、向こうでお茶にしたのかな?と私は部屋で片付けをしていた。
母は、私が居る時は、迎えに来るか、お茶は向こうでしないで部屋で一緒にしようと戻って来る。稀にお茶とおやつをいただいてから大急ぎで部屋に戻ることもあるので、今日は私の嫌いな蚊帳を着ていたくらいだから後者かな?・・・と部屋で待った。
実は、私も前日の家のエアコン工事で疲れていたので、お年寄りと一緒に笑顔でお茶する気分にもなれなかったので、部屋で本を読んでいた。
ところが、3時半になっても戻らない。もう出て行ってから45分になる。いくらなんでもこれはない!こんなことは初めてだった。
『やれやれ、とうとう来たか! これは、私が来ていることを完璧に忘れている』と確信した。多分今日は部屋を出た途端に忘れてしまったに違いない。
実はもっと前にそう思ったのだが、それでも思い出すかも・・と微かな希望を胸に実験的に待ってみたのだった。
これ以上待つと折角来ている時間が無駄になってしまうので迎えに行った。
案の定、顔見知りの女性Kさんと話し込んでいる。
これはとてもとても有り難いことで、お話し相手がいるのだと心から嬉しかったのだが、母は私の顔を見てビックリしている。
ほとんどドッキリカメラ並みの驚き方だ。
「すっかり忘れていた。ソラちゃんいたのね」
お隣の女性もビックリ! そしてみんなであきれて大笑い!!
しかし、母は珍しく落ち込んで「こんなに来るのを待っているのに、一番楽しみにしているのに、それなのに忘れちゃうなんて・・・」としおらしく何度もぶつぶつ言っていた。
この事件も直ぐに忘れてしまうのだと思うけれど、本人に戦う意志があってもやはり海馬の萎縮にはかなわないのだろうか?こんな悔しさが脳に働いて踏ん張ってくれたりはしないのだろうか?
どんなに頑張っても、『グッド・ハーブ』の映画にあった、徐々にアルツハイマーが進行して行ってしまう植物学者のお母さんのように意志とは関係なく来る時が来てしまうのだろうか?
認知症を観察しつつ、見守りつつ、どうにかならないのかともがきつつ、自分のもがきが母の安らぎを奪わないようにと願いつつ、平常心で受け入れながらも、やはり何か自分にできることはないのだろうかと戦い続ける私だ。
認知症の病名をいただいているにもかかわらず、私には母はアルツハイマーではなく、ただの歳相応にボケたばあさんなだけなのではないだろうか?と思いたい気持ちは続いている。
ここのところ便の出が悪いらしく、日記帳に「うんちあり」の記録がほとんど無くなっている。
今までは几帳面な母は、排便後直ぐに必ず「ウンチあり」と書いていたのだ。
スタッフの方々も母が「今日はありません」と言っても、必ず母の日記帳をのぞく。そしてニッコリして「あらあら、市川さん、ありましたよ、ほら!ここに書いてある」と言いながら母と顔を見合わせる。
母驚き顔で一言「あったかねえ〜!」
その記述がほとんどないので、看護婦さんに「便秘でしょうか?」と相談したが、「もしかしたら、出ているのに日記の所へ移動する間に忘れてしまっているかもしれません。最近記憶障害が以前より進んでいる感じがします」と言われた。
「それは私も感じます、特に直前の記憶が・・」と頷くと、
「今以上のことはする手立てがありません。これからは見守るしかないかもしれませんね」と言われた。
メマリーとレミニール錠が効いていたせいか、模範生に近いくらい認知症の進行が止まっていた母だが、やはり来るときが近づいているのかもしれない。
今日は、また蚊帳みたいなカーディガンを羽織ってトイレから出て来た。これを着ているときは要注意だ。しかも先日私が買って行ったピンクの長い羽織りもののカーディガンの上にそれより小振りの蚊帳を羽織っているのだから、何ともみっともなかった。
「お母さん、このピンクのカーディガンは一番上に羽織るものだから、この蚊帳みたいなのを上に着なくてもいいんだよ」と言うと、素直に「変だわねえ〜」と頷いていた。
2時45分頃、どうもアクティヴィティのことが気になるらしく、「ちょっと行って来る」と言って出て行った。通常私が来ている時は、あまり参加したがらないのに変だな?と思ったが、「それは、いいことよ、行ってらっしゃい」と送った。
3時になっても戻らないので、向こうでお茶にしたのかな?と私は部屋で片付けをしていた。
母は、私が居る時は、迎えに来るか、お茶は向こうでしないで部屋で一緒にしようと戻って来る。稀にお茶とおやつをいただいてから大急ぎで部屋に戻ることもあるので、今日は私の嫌いな蚊帳を着ていたくらいだから後者かな?・・・と部屋で待った。
実は、私も前日の家のエアコン工事で疲れていたので、お年寄りと一緒に笑顔でお茶する気分にもなれなかったので、部屋で本を読んでいた。
ところが、3時半になっても戻らない。もう出て行ってから45分になる。いくらなんでもこれはない!こんなことは初めてだった。
『やれやれ、とうとう来たか! これは、私が来ていることを完璧に忘れている』と確信した。多分今日は部屋を出た途端に忘れてしまったに違いない。
実はもっと前にそう思ったのだが、それでも思い出すかも・・と微かな希望を胸に実験的に待ってみたのだった。
これ以上待つと折角来ている時間が無駄になってしまうので迎えに行った。
案の定、顔見知りの女性Kさんと話し込んでいる。
これはとてもとても有り難いことで、お話し相手がいるのだと心から嬉しかったのだが、母は私の顔を見てビックリしている。
ほとんどドッキリカメラ並みの驚き方だ。
「すっかり忘れていた。ソラちゃんいたのね」
お隣の女性もビックリ! そしてみんなであきれて大笑い!!
しかし、母は珍しく落ち込んで「こんなに来るのを待っているのに、一番楽しみにしているのに、それなのに忘れちゃうなんて・・・」としおらしく何度もぶつぶつ言っていた。
この事件も直ぐに忘れてしまうのだと思うけれど、本人に戦う意志があってもやはり海馬の萎縮にはかなわないのだろうか?こんな悔しさが脳に働いて踏ん張ってくれたりはしないのだろうか?
どんなに頑張っても、『グッド・ハーブ』の映画にあった、徐々にアルツハイマーが進行して行ってしまう植物学者のお母さんのように意志とは関係なく来る時が来てしまうのだろうか?
認知症を観察しつつ、見守りつつ、どうにかならないのかともがきつつ、自分のもがきが母の安らぎを奪わないようにと願いつつ、平常心で受け入れながらも、やはり何か自分にできることはないのだろうかと戦い続ける私だ。
2013年4月3日水曜日
認知症の特徴 〜被害妄想編〜
母の物忘れは大変激しいのだが、ある種の被害妄想だけは記憶として残っている。
入所当時、自分の物が人に盗まれるのではないかと心配で心配で、心をすり減らしていた。
洗濯物を持って行く人、コップの消毒に来る人、掃除に来る人などは全員容疑者だった。
雑巾用タオル一枚でも敵意むき出しだった。
何度も○○がなくなったと訴え、そのうちに架空の物まで無くなったと思い込むようになり、探すから洗濯室に連れて行けと訴え、まさに被害妄想の塊になった。
何かを持って行こうとすると、目を剥いて反対した。
『認知症の特徴 ~固執編~』や、『認知症の特徴 〜記憶力低下と無気力編〜』 でも書いたが、盗まれることに関しての母の不安は凶暴性こそ減ったが、まだまだ続いている。
長い間、私の持って行ったスカーフが見つからなかった。
首が汚いから隠したいと言うので、持って行ったものだ。
何処を探してもなく、事務所に届けた。もちろん、「多分本人がどこかにしまったのだと思うけれど、もしどこかで見かけたら母に戻して欲しい」とお願いしておいた。
今日、発見!
シルクのハンカチと供に、袋に入れて隠してあった。
本人は、『私に返さねばならない大切な物』と心に刻んだようで、大事にしまったのだろう。
「ここにあるものは全部お母さんの物だから、返す必要はないのよ。それより使ってね」と何度伝えても、次の時にはどこかに奥深く仕舞ってしまう。しかもどこに何を隠したか忘れてしまうので、探すのに時間がかかること・・・
『ま、またやられたー!!!のね』 で書いた、ローラアシュレイのプレゼントの生成りのカーデガンは、本日、ついに黒のマジックで表の裾に近いきれいな模様の上にかなり目立って漢字のフルネームで名前が書かれてしまった。
「お母さん、名前ちゃんと書いてあるのにどうしてこんな所に書いちゃうの?もうよそ行きに使えないよ。これで何枚目!!!」
さすがの私も腹が立ち、怒鳴った。
「だって、大事なものだから盗まれたら困るから・・・」
「盗まれる前に、着れなくなっちゃうでしょ?囚人じゃないんだから番号や名前をゼッケンみたいに大きくど真ん中に書く必要ないでしょ??違う?」
「お願いだから、土曜日に持って来た、二枚のきれいなカーデガンには名前書かないでね。もう、内側にきちんと書いてあるんだからね。あれはよそ行きになるんだから、絶対にマジックで台無しにしないでよ。」
「だって名前は目立った所に書かなくちゃ、私のだって分からないじゃない」
「・・・」(筋は通っている(泣))
「理由は何でも良いから、とにかく書かないで。今度書いたらもう私ここへ来ないよ」
「来ないなら、仕方がないわねえ」とご本人主張が続く。
「本当に来なくていいのね? 分かったわ」(くそばばあ!)
私も認知症の御仁を相手に、本気になって大人げないが、
どうか、記憶に残って下さい「ソラちゃんが何だか怒っていたなあ」と。
帰りがけにクローゼットのドアをしめようと中を見たら、ハンガーにかかっている全部の洋服の袖がお隣同士お互いに結んでつないであった。
多分知恵をしぼった盗難防止策なのだ。だって、一つ取ろうと思ったら、芋づる式に全部つながって出て来てしまうもの・・。そこまで、心配でたまらないのだろうと思うとちょっと哀しい。
他のことは全部忘れてしまうのだから必死で頭を使っているということで、脳の為には良いことなのだろうか???
が、思わずうっかりと「おぬし、できるな・・・」と言ってしまうところだった。
入所当時、自分の物が人に盗まれるのではないかと心配で心配で、心をすり減らしていた。
洗濯物を持って行く人、コップの消毒に来る人、掃除に来る人などは全員容疑者だった。
雑巾用タオル一枚でも敵意むき出しだった。
何度も○○がなくなったと訴え、そのうちに架空の物まで無くなったと思い込むようになり、探すから洗濯室に連れて行けと訴え、まさに被害妄想の塊になった。
何かを持って行こうとすると、目を剥いて反対した。
『認知症の特徴 ~固執編~』や、『認知症の特徴 〜記憶力低下と無気力編〜』 でも書いたが、盗まれることに関しての母の不安は凶暴性こそ減ったが、まだまだ続いている。
長い間、私の持って行ったスカーフが見つからなかった。
首が汚いから隠したいと言うので、持って行ったものだ。
何処を探してもなく、事務所に届けた。もちろん、「多分本人がどこかにしまったのだと思うけれど、もしどこかで見かけたら母に戻して欲しい」とお願いしておいた。
今日、発見!
シルクのハンカチと供に、袋に入れて隠してあった。
本人は、『私に返さねばならない大切な物』と心に刻んだようで、大事にしまったのだろう。
「ここにあるものは全部お母さんの物だから、返す必要はないのよ。それより使ってね」と何度伝えても、次の時にはどこかに奥深く仕舞ってしまう。しかもどこに何を隠したか忘れてしまうので、探すのに時間がかかること・・・
『ま、またやられたー!!!のね』 で書いた、ローラアシュレイのプレゼントの生成りのカーデガンは、本日、ついに黒のマジックで表の裾に近いきれいな模様の上にかなり目立って漢字のフルネームで名前が書かれてしまった。
「お母さん、名前ちゃんと書いてあるのにどうしてこんな所に書いちゃうの?もうよそ行きに使えないよ。これで何枚目!!!」
さすがの私も腹が立ち、怒鳴った。
「だって、大事なものだから盗まれたら困るから・・・」
「盗まれる前に、着れなくなっちゃうでしょ?囚人じゃないんだから番号や名前をゼッケンみたいに大きくど真ん中に書く必要ないでしょ??違う?」
「お願いだから、土曜日に持って来た、二枚のきれいなカーデガンには名前書かないでね。もう、内側にきちんと書いてあるんだからね。あれはよそ行きになるんだから、絶対にマジックで台無しにしないでよ。」
「だって名前は目立った所に書かなくちゃ、私のだって分からないじゃない」
「・・・」(筋は通っている(泣))
「理由は何でも良いから、とにかく書かないで。今度書いたらもう私ここへ来ないよ」
「来ないなら、仕方がないわねえ」とご本人主張が続く。
「本当に来なくていいのね? 分かったわ」(くそばばあ!)
私も認知症の御仁を相手に、本気になって大人げないが、
どうか、記憶に残って下さい「ソラちゃんが何だか怒っていたなあ」と。
帰りがけにクローゼットのドアをしめようと中を見たら、ハンガーにかかっている全部の洋服の袖がお隣同士お互いに結んでつないであった。
多分知恵をしぼった盗難防止策なのだ。だって、一つ取ろうと思ったら、芋づる式に全部つながって出て来てしまうもの・・。そこまで、心配でたまらないのだろうと思うとちょっと哀しい。
他のことは全部忘れてしまうのだから必死で頭を使っているということで、脳の為には良いことなのだろうか???
が、思わずうっかりと「おぬし、できるな・・・」と言ってしまうところだった。
2013年3月21日木曜日
認知症の特徴 〜不可解な言動と怒りには必ず理由がある
昨夜、母からいきなり電話が来て随分な勢いで怒っている。
「ソラちゃん、私何も食べないで帰って来た。ここの管理は変だわ。あんなゴミみたいなものしか食べさせないで・・・」
「どうしたの? 夕飯が何かおかしかったの?」
「おかしいも何も、もう他へ移るから、引っ越す準備して」ととても大げさに大事件のようにまくしたてている。私にはどうしてこの発想になるのか、甚だ不可解。
「お母さん、ホームを変えても同じよ。もう少し待ってみようよ。明日の朝ご飯も、お昼も変でそれが1週間続いたら考えてみましょう」
「・・・・」
「それにホーム変えたら、又1千万払わないとならないよ。もうお金ないよ」と言いながら、先日のSさんとの会話を思い出していた。あの数日前にも、ちょうど同じような声のトーンで怒りの電話がかかってきて同じようなことをまくし立てていたのだった。
これで3回目。しかも訴える内容が酷似している。
今までのパターンから、母はあまり根拠のないことでは怒らない。誤解にしろ何か小さな手がかりがあるはずだ。そう思わせる共通のメニューとか・・よく飲み込めない人の食事が出て、細かく刻んであったとか・・・
そこで仲良しの看護婦さんのMさんに
「昨日の夕飯のメニュー何でした?実はカクカクシカジカの訴えが合って、これで3回目。すごい怒り方で、こちらがビックリしてしまい。。。共通する何かがないかと悩んでいるところである〜〜」と相談してみた。
Mさんが言われるには、一度お食事が終わって、お部屋に戻り何らかの理由で再び食堂に戻って来られることがあり、その時に食堂へ入った途端に「今、食事に来たところ」とスイッチが入ってしまい、それなのにスタッフは無視して食事を出してくれない、薬もくれない・・・だから私は何も食べずに戻って来た!という現実に突き当たることになる。
みんなは母がすでに食事を済ませていることを知っているので、無視して一生懸命働いているから、「私の食事は?」と聞いても相手にしていられない。お薬も二度は出してくれないのは当然だ。
そこで彼女はプライドが傷つきカンカンに怒ってしまう。
だって、本人にしてみるとまだ『食べてない』のだから。
「それだ!!」私は妙に納得!
母の言動をつなぎ合わせると、つくづく思い当たってしまう。
ついに認知症が次のステージに行き、幻覚とか被害妄想の世界に突入かと思ったが、ただ『一瞬にしてお食事が済んでいることを忘れてしまった』だけと解釈しようと思う。
食事を待っているのに出してくれなかったら、怒るに決まっているから。
認知症とはそういうものだから・・・理由が分かって、気持ちをシェアしてあげられて良かった!と思う私でした。
余程おおらかな気持ちにならないと、自分の母親のこういう変化はつらいものです。
「ソラちゃん、私何も食べないで帰って来た。ここの管理は変だわ。あんなゴミみたいなものしか食べさせないで・・・」
「どうしたの? 夕飯が何かおかしかったの?」
「おかしいも何も、もう他へ移るから、引っ越す準備して」ととても大げさに大事件のようにまくしたてている。私にはどうしてこの発想になるのか、甚だ不可解。
「お母さん、ホームを変えても同じよ。もう少し待ってみようよ。明日の朝ご飯も、お昼も変でそれが1週間続いたら考えてみましょう」
「・・・・」
「それにホーム変えたら、又1千万払わないとならないよ。もうお金ないよ」と言いながら、先日のSさんとの会話を思い出していた。あの数日前にも、ちょうど同じような声のトーンで怒りの電話がかかってきて同じようなことをまくし立てていたのだった。
これで3回目。しかも訴える内容が酷似している。
今までのパターンから、母はあまり根拠のないことでは怒らない。誤解にしろ何か小さな手がかりがあるはずだ。そう思わせる共通のメニューとか・・よく飲み込めない人の食事が出て、細かく刻んであったとか・・・
そこで仲良しの看護婦さんのMさんに
「昨日の夕飯のメニュー何でした?実はカクカクシカジカの訴えが合って、これで3回目。すごい怒り方で、こちらがビックリしてしまい。。。共通する何かがないかと悩んでいるところである〜〜」と相談してみた。
Mさんが言われるには、一度お食事が終わって、お部屋に戻り何らかの理由で再び食堂に戻って来られることがあり、その時に食堂へ入った途端に「今、食事に来たところ」とスイッチが入ってしまい、それなのにスタッフは無視して食事を出してくれない、薬もくれない・・・だから私は何も食べずに戻って来た!という現実に突き当たることになる。
みんなは母がすでに食事を済ませていることを知っているので、無視して一生懸命働いているから、「私の食事は?」と聞いても相手にしていられない。お薬も二度は出してくれないのは当然だ。
そこで彼女はプライドが傷つきカンカンに怒ってしまう。
だって、本人にしてみるとまだ『食べてない』のだから。
「それだ!!」私は妙に納得!
母の言動をつなぎ合わせると、つくづく思い当たってしまう。
ついに認知症が次のステージに行き、幻覚とか被害妄想の世界に突入かと思ったが、ただ『一瞬にしてお食事が済んでいることを忘れてしまった』だけと解釈しようと思う。
食事を待っているのに出してくれなかったら、怒るに決まっているから。
認知症とはそういうものだから・・・理由が分かって、気持ちをシェアしてあげられて良かった!と思う私でした。
余程おおらかな気持ちにならないと、自分の母親のこういう変化はつらいものです。
2013年2月28日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(39) 〜ある日の老人ホームの風景 〜お友だちとの軽妙な会話、これでも認知症?
オババが珍しく絵手紙をやるというので、ダイニングへ連れて行った。
まあまあの仕事ぶりだが、マジ劣等生だ。
久しぶりにお茶の時間にSさんにお会いした。車椅子でやって来て、挨拶したら私たちのテーブルにつけて下さったので、おしゃべりをした。
Sさんは母がただ一人親しくなった人で、母より3歳上だったような気がする。
以前は杖だったが、今は移動はすっかり車椅子に変わった。
一度病気をされたことがあり、それから急に老けて、髪が薄くなって地肌が見えたりしたので、母は気が重くなるから・・と挨拶をするだけで近寄らなかった。
私は見かけると必ず近くへ行ってお話をしていたが。
今日は薄手の帽子を冠っていたので、地肌が見えない。とても似合ってキュートだ。元々小柄で目が大きく愛嬌のある可愛らしい人なのだ。
そこで口の悪いオババは、
「あんた、その帽子いいじゃない。よく似合っているわよ。ハゲが見えているよりよっぽどいいわ」
ときた。
私は『おいおい、オババ、そう来るか』と冷や汗をかきながら慌てて、
「すみません、口が悪くて・・・自分だってかなり薄くなっているのに」
と謝ったが、Sさん、
「大丈夫よ、本当のことだから」とニコニコしている。
「この人はいつもこんなだから、全然気にならないわよ。私、もう腹が決まって、何も気にしないでいいことばかり考えることにしているの。マイナス志向なし。
ここが気に入って、ここが安心で、誰にも迷惑をかけないでしょ。他の場所はないのだから、ここを精一杯楽しむのよ。」
と、とても良いことを言ってくれる。
オババは、マイナス志向の意味も分からないのだと思うけれど、
「私はもうここがつまらないから、他に移ろうと思って」と思いがけないことを平気で言う。
「あら、あなた、それはやめたほうがいいわよ。どこへ行っても同じよ。だったら慣れた場所が安全だし、いいでしょ?最初からやり直すの大変よ」
と実に筋の通ったことを言う。可愛い94歳!
以前お話したときより、バージョンアップしているSさんだ。
オババは真面目に
「そうかしらねえ〜」と深刻な顔。
今度はSさんの逆襲だ。
「あなた、そのしかめっ面止めた方がいいわよ。いつも額にしわ作ってその顔しているけれど、つまらないより楽しい方がいいのよ。笑えばとっても可愛いのに」
と、来た。
私は面白くなって、ニコニコして見ていた。
ちょっと口をはさんで、
「そうなんですよ、いつも愚痴ばっかり、しかもこの顔して。」
と、又しかめっ面に戻ってしまった母を指差して、みんなで大笑い。
他のテーブルの人たちは何が盛り上がっているのだろう?と思っていたに違いない。
けれど、笑いが足りないホームでの、私たちの笑い声はみんなを和やかにしていたような気がする。
だって席を立ったとき、みんな笑顔で私と母を送ってくれたから。
まあまあの仕事ぶりだが、マジ劣等生だ。
久しぶりにお茶の時間にSさんにお会いした。車椅子でやって来て、挨拶したら私たちのテーブルにつけて下さったので、おしゃべりをした。
Sさんは母がただ一人親しくなった人で、母より3歳上だったような気がする。
以前は杖だったが、今は移動はすっかり車椅子に変わった。
一度病気をされたことがあり、それから急に老けて、髪が薄くなって地肌が見えたりしたので、母は気が重くなるから・・と挨拶をするだけで近寄らなかった。
私は見かけると必ず近くへ行ってお話をしていたが。
今日は薄手の帽子を冠っていたので、地肌が見えない。とても似合ってキュートだ。元々小柄で目が大きく愛嬌のある可愛らしい人なのだ。
そこで口の悪いオババは、
「あんた、その帽子いいじゃない。よく似合っているわよ。ハゲが見えているよりよっぽどいいわ」
ときた。
私は『おいおい、オババ、そう来るか』と冷や汗をかきながら慌てて、
「すみません、口が悪くて・・・自分だってかなり薄くなっているのに」
と謝ったが、Sさん、
「大丈夫よ、本当のことだから」とニコニコしている。
「この人はいつもこんなだから、全然気にならないわよ。私、もう腹が決まって、何も気にしないでいいことばかり考えることにしているの。マイナス志向なし。
ここが気に入って、ここが安心で、誰にも迷惑をかけないでしょ。他の場所はないのだから、ここを精一杯楽しむのよ。」
と、とても良いことを言ってくれる。
オババは、マイナス志向の意味も分からないのだと思うけれど、
「私はもうここがつまらないから、他に移ろうと思って」と思いがけないことを平気で言う。
「あら、あなた、それはやめたほうがいいわよ。どこへ行っても同じよ。だったら慣れた場所が安全だし、いいでしょ?最初からやり直すの大変よ」
と実に筋の通ったことを言う。可愛い94歳!
以前お話したときより、バージョンアップしているSさんだ。
オババは真面目に
「そうかしらねえ〜」と深刻な顔。
今度はSさんの逆襲だ。
「あなた、そのしかめっ面止めた方がいいわよ。いつも額にしわ作ってその顔しているけれど、つまらないより楽しい方がいいのよ。笑えばとっても可愛いのに」
と、来た。
私は面白くなって、ニコニコして見ていた。
ちょっと口をはさんで、
「そうなんですよ、いつも愚痴ばっかり、しかもこの顔して。」
と、又しかめっ面に戻ってしまった母を指差して、みんなで大笑い。
他のテーブルの人たちは何が盛り上がっているのだろう?と思っていたに違いない。
けれど、笑いが足りないホームでの、私たちの笑い声はみんなを和やかにしていたような気がする。
だって席を立ったとき、みんな笑顔で私と母を送ってくれたから。
2013年2月21日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(38) 〜マイナス志向真っ只中 〜穴の開いたスリッパ
昨日、今日とおばあさんは呆けが進んで、言っていることがしっちゃかめっちゃかの上、マイナス志向一直線。
死にたい、死にたいの一点張り。
目の前の人が分からなくなるのも、時間の問題か・・・。
私は聞き流すしかない。
昨日は、その重さをどうにかかわそうと、家に戻って数ヶ月ぶりのウォーキングに。
今日は、いなげやに寄って買い物。
しかし矛先はどっしりと重く、自分が責め立てられているかのように被害妄想的にのしかかる。『何かしてあげられるだろうか?? 自分にできることがあるだろうか??』 いつもその自問自答。
おしゃべりだけは得意だったオババだが、まず会話が成り立たない。
スリッパのかかとが穴が開いてしまったので、新しいスリッパを持って行ったが、穴のあいたスリッパを絶対に処分させてくれない。
一秒経てば何でも忘れるのに、何分経っても、何時間経っても
「さっきのスリッパは?」
と聞いて来る。又、聞く。 そして又・・・。
以前に捨てようと思ってどうしても駄目だと言ったスリッパを指差して、「だって、あれもあるのだから、いらないでしょ?」と言うと、
「あんなもの、いらないわ」と言うので、しめしめ、この時とばかりにそちらをゴミ袋にいれてわたしのカバンに入れてしまった。どうせ使わないのだから。
ゴミ箱に入れると、絶対に又取り出してしまうから。
そして、それがあった場所に、穴の開いたスリッパを置いて来た。
いつも、捨てた箱はどんな物でも次ぎに行くと必ず取り出してある。ポッキーの箱でさえも・・・。やれやれ、憂鬱だ。
「じゃあ、又来るからね」
一緒に玄関まで来ると言うので、
「じゃあ、靴に履き替えないとね」お部屋を出る時はスリッパでは危ないので、靴を履かないといけないから。いつも必ずそうしている。
「そんなもの履いたことない。スリッパでいい」と言いはりながら、足下を見る。
はっと気が付いて、
「そう言えば、こんなの履いていたわ」
と靴に履き替えました。
スイッチ、on!
こんな感じでこれからも正気に戻ってくれるといいけれど・・。
こうして私は、時々心臓がえぐられるような気持ちになるのです。
死にたい、死にたいの一点張り。
目の前の人が分からなくなるのも、時間の問題か・・・。
私は聞き流すしかない。
昨日は、その重さをどうにかかわそうと、家に戻って数ヶ月ぶりのウォーキングに。
今日は、いなげやに寄って買い物。
しかし矛先はどっしりと重く、自分が責め立てられているかのように被害妄想的にのしかかる。『何かしてあげられるだろうか?? 自分にできることがあるだろうか??』 いつもその自問自答。
おしゃべりだけは得意だったオババだが、まず会話が成り立たない。
スリッパのかかとが穴が開いてしまったので、新しいスリッパを持って行ったが、穴のあいたスリッパを絶対に処分させてくれない。
一秒経てば何でも忘れるのに、何分経っても、何時間経っても
「さっきのスリッパは?」
と聞いて来る。又、聞く。 そして又・・・。
以前に捨てようと思ってどうしても駄目だと言ったスリッパを指差して、「だって、あれもあるのだから、いらないでしょ?」と言うと、
「あんなもの、いらないわ」と言うので、しめしめ、この時とばかりにそちらをゴミ袋にいれてわたしのカバンに入れてしまった。どうせ使わないのだから。
ゴミ箱に入れると、絶対に又取り出してしまうから。
そして、それがあった場所に、穴の開いたスリッパを置いて来た。
いつも、捨てた箱はどんな物でも次ぎに行くと必ず取り出してある。ポッキーの箱でさえも・・・。やれやれ、憂鬱だ。
「じゃあ、又来るからね」
一緒に玄関まで来ると言うので、
「じゃあ、靴に履き替えないとね」お部屋を出る時はスリッパでは危ないので、靴を履かないといけないから。いつも必ずそうしている。
「そんなもの履いたことない。スリッパでいい」と言いはりながら、足下を見る。
はっと気が付いて、
「そう言えば、こんなの履いていたわ」
と靴に履き替えました。
スイッチ、on!
こんな感じでこれからも正気に戻ってくれるといいけれど・・。
こうして私は、時々心臓がえぐられるような気持ちになるのです。
2013年2月7日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(37) 〜認知症でもやはり、母は母
珍しく、認知症のオババが
「ソラちゃん、あんまり具合良くないの?」と聞いた。
この人はそういうことに特に最近はあまり気がつかないことがほとんどなので、ビックリした。
「そうなんだ、昨日もめまいがひどくて吐き気がして立っていられなかった、、、、何だか分からないけど、具合悪くて・・・めまいの薬飲んだんだけどね。今日も頭の位置が変わると何だかクラクラ、ムカムカ・・・」
今日は顔色が悪いと思って元気に見えるように赤系の洋服を着て行ったのだけれど・・・ばれてしまった。
「どこか変?」と聞くと
「何だか痩せたみたいな、やつれたみたいな感じだよ」
親とはありがたいものだ。
姑には具合悪いのに笑顔で頑張ったって、気付いてさえもらえない。最近こんなこと言われたことなかったので、妙に嬉しかった。
辛い時に、誰かが気にかけてくれるってこんなに嬉しいことだったのだ!
無邪気な認知症の母が、自分のことで精一杯の母が、こころのこもった一言を発してくれた事実は何と心温まることだろう。本能で気が付いてくれることのありがたさ、理屈抜きの肉親の情は背負っているものを担ってもらったような感じがして、心が軽くなった。
ホームのスタッフが母を好きなのも、こんな本能的な一言があるからかもしれない。
「市川さんにこんな声をかけてもらった」と何人かの人から言われたもの。
オババ、頑張れ!
「ソラちゃん、あんまり具合良くないの?」と聞いた。
この人はそういうことに特に最近はあまり気がつかないことがほとんどなので、ビックリした。
「そうなんだ、昨日もめまいがひどくて吐き気がして立っていられなかった、、、、何だか分からないけど、具合悪くて・・・めまいの薬飲んだんだけどね。今日も頭の位置が変わると何だかクラクラ、ムカムカ・・・」
今日は顔色が悪いと思って元気に見えるように赤系の洋服を着て行ったのだけれど・・・ばれてしまった。
「どこか変?」と聞くと
「何だか痩せたみたいな、やつれたみたいな感じだよ」
親とはありがたいものだ。
姑には具合悪いのに笑顔で頑張ったって、気付いてさえもらえない。最近こんなこと言われたことなかったので、妙に嬉しかった。
辛い時に、誰かが気にかけてくれるってこんなに嬉しいことだったのだ!
無邪気な認知症の母が、自分のことで精一杯の母が、こころのこもった一言を発してくれた事実は何と心温まることだろう。本能で気が付いてくれることのありがたさ、理屈抜きの肉親の情は背負っているものを担ってもらったような感じがして、心が軽くなった。
ホームのスタッフが母を好きなのも、こんな本能的な一言があるからかもしれない。
「市川さんにこんな声をかけてもらった」と何人かの人から言われたもの。
オババ、頑張れ!
2013年1月24日木曜日
予防接種した人もインフルエンザにかかる
ここ三年間、毎年タミフルのお世話になっている。
もっとも最初の二年は夫のインフル(最初は新型で大騒ぎだった頃の新型、次は予防接種したにもかかわらずA型)で、主治医が私の特異体質を心配して絶対に移っているからということで予防的に飲んだので、あの体調の悪さは経験してない。
今年は、全く心構えなしにやってきた私自身のインフルエンザ。
覚悟してなかったので隙をつかれた形になった。
数日前の夕方、突然主人の母からの電話で
「ソラちゃん、普通の具合悪さじゃない。体中痛くて・・・家に一つも風邪薬ないから何か持って来て」
と言われ、家捜ししてみつけたベンザブロックを届けた時だった。
ほんの小一時間滞在して簡単な食事の準備と様子のチェックと、薬を飲ませて帰って来ただけなのに、多分強力な感染力だったのだろう2日後の夜から喉の右側だけが妙に痛くなり始め、いきなりひどい咳が出始めた。熱はない。
それまで風邪っぽさが全くなかったので、妙な気持ち。
しかし義母がインフルエンザと判明したこともあって、『もしかしたら移っちゃったかな?』という気持ちはあった。
しかし咳だけで熱が出ない。せいぜい微熱。
調子の悪さは尋常ではない。
『いきなり40度近くの高熱が出るのがインフルエンザ』と思っていたから判断に迷った。
翌日の夜、体中が痛いのなんのって、帯状疱疹を思い出す痛みで、頭が割れそうだった。一晩中苦しんだ。それでも37度8分・・・主人の母のこともあるので、病院へ行った。
判定:「A型インフルエンザ陽性です。」
今年は実家の母の介護の問題があるので予防接種をしてあったのだが、去年のKzさん同様それでもかかってしまった。これは接種前から言われていることなので仕方ない。
しかし高熱にならなかったのは多分予防接種のお陰で、症状も幾分軽いのだと思う。
けれど、いきなり高熱にならないから判断に迷うし、37度台では普通の風邪と思って人に移してしまうこともありうると思った。
念のためネットで「高熱にならないインフルエンザ」も存在するのか調べてみたらこれが結構あるので、ホームの母に移したら大変!と思って病院へ行く決心がついたのだが・・・
急に高い熱の方が分かりやすいし、身体が戦ってウイルスが死ぬ可能性も大きいような気がするが・・・人に感染させる可能性などを考えると、予防接種が良いのか考えてしまう。接種のコメント欄に、『接種をした人は高熱にならないインフルエンザが発症する可能性もあります』、と書いておいて欲しい気がします。
しかし、久しぶりに体験したこの具合悪さは普通ではないし、老人はこれで命を落とす可能性も大きいと思う。それを思うとやはりお年寄りは多少リスクがあっても予防接種をしておいたほうがよいだろう。
うちの母もいつも副作用で本物の風邪を引いてしまって、結構体調を崩すのだが、今年はホームで集団生活のこともあり、それでもやっておこうということで接種した。数日後から相変わらず、鼻水出して咳をしていたが、重くはならなかった。
本物にかかるよりは・・・とつい思ってしまう。本当につらいから。
風邪の季節をどう乗り切るか〜?
今まではあまり気にならなかったが母の介護の問題を考えると、今週行けないことで又どんな影響があるか悩ましいところだ。
もっとも最初の二年は夫のインフル(最初は新型で大騒ぎだった頃の新型、次は予防接種したにもかかわらずA型)で、主治医が私の特異体質を心配して絶対に移っているからということで予防的に飲んだので、あの体調の悪さは経験してない。
今年は、全く心構えなしにやってきた私自身のインフルエンザ。
覚悟してなかったので隙をつかれた形になった。
数日前の夕方、突然主人の母からの電話で
「ソラちゃん、普通の具合悪さじゃない。体中痛くて・・・家に一つも風邪薬ないから何か持って来て」
と言われ、家捜ししてみつけたベンザブロックを届けた時だった。
ほんの小一時間滞在して簡単な食事の準備と様子のチェックと、薬を飲ませて帰って来ただけなのに、多分強力な感染力だったのだろう2日後の夜から喉の右側だけが妙に痛くなり始め、いきなりひどい咳が出始めた。熱はない。
それまで風邪っぽさが全くなかったので、妙な気持ち。
しかし義母がインフルエンザと判明したこともあって、『もしかしたら移っちゃったかな?』という気持ちはあった。
しかし咳だけで熱が出ない。せいぜい微熱。
調子の悪さは尋常ではない。
『いきなり40度近くの高熱が出るのがインフルエンザ』と思っていたから判断に迷った。
翌日の夜、体中が痛いのなんのって、帯状疱疹を思い出す痛みで、頭が割れそうだった。一晩中苦しんだ。それでも37度8分・・・主人の母のこともあるので、病院へ行った。
判定:「A型インフルエンザ陽性です。」
今年は実家の母の介護の問題があるので予防接種をしてあったのだが、去年のKzさん同様それでもかかってしまった。これは接種前から言われていることなので仕方ない。
しかし高熱にならなかったのは多分予防接種のお陰で、症状も幾分軽いのだと思う。
けれど、いきなり高熱にならないから判断に迷うし、37度台では普通の風邪と思って人に移してしまうこともありうると思った。
念のためネットで「高熱にならないインフルエンザ」も存在するのか調べてみたらこれが結構あるので、ホームの母に移したら大変!と思って病院へ行く決心がついたのだが・・・
急に高い熱の方が分かりやすいし、身体が戦ってウイルスが死ぬ可能性も大きいような気がするが・・・人に感染させる可能性などを考えると、予防接種が良いのか考えてしまう。接種のコメント欄に、『接種をした人は高熱にならないインフルエンザが発症する可能性もあります』、と書いておいて欲しい気がします。
しかし、久しぶりに体験したこの具合悪さは普通ではないし、老人はこれで命を落とす可能性も大きいと思う。それを思うとやはりお年寄りは多少リスクがあっても予防接種をしておいたほうがよいだろう。
うちの母もいつも副作用で本物の風邪を引いてしまって、結構体調を崩すのだが、今年はホームで集団生活のこともあり、それでもやっておこうということで接種した。数日後から相変わらず、鼻水出して咳をしていたが、重くはならなかった。
本物にかかるよりは・・・とつい思ってしまう。本当につらいから。
風邪の季節をどう乗り切るか〜?
今まではあまり気にならなかったが母の介護の問題を考えると、今週行けないことで又どんな影響があるか悩ましいところだ。
2013年1月9日水曜日
認知症の特徴 〜寂しさとプライドコントロール〜
久しぶりにオババが爆発した。
ここのところ穏やかだったのだが・・・
今日のお昼近く、
「ソラちゃん、直ぐ来て。私、具合悪くて。こんなに具合悪いのにお風呂に入れって言うの。自分の身体は自分が一番よく分かるから入れないって言ってやった」
すごい勢いで怒鳴り散らしている。
どうも大げんかをした雰囲気だ。
でも声は出ているし、しゃべれるからまだ大丈夫とみた。
「うん、今日はもう少ししたら行くよ。これからお昼食べて直ぐ行くから待っていてね」
「え〜、直ぐ来てくれないの。具合悪くて・・・」
「看護婦さんに言ったの?」
「あんな看護婦だめよ、何も看てくれない。お風呂に入れなんて、とんでもない」と言いながら咳こむ。(実際はきちんと看てくれている)
が、かなり痰がからんだ深い咳をしている。
正月早々喘息の兆候が出て、大騒ぎ。
5日の夜にホームから電話が来たので、翌朝行ってみるとゼロゼロ言っているが、まあ持ち堪えそうだ。対処が早かったので多分ひどくならないで発作の手前で済みそうだった。
そして今日は9日。
すっかり鼻声になって風邪が併発しているようだから、なかなか全快しない。
多分体調が悪いから虫の居所が悪く少し気が立っているのと、車椅子などがもどかしくてストレスになって仕方ないのだろう。タンスの洋服をいじったと怒りながら、お風呂のことで看護婦さんと大げんかして、困らせて、興奮して咳込みながらあまり具合悪いと言うので、先生を呼んだらしい。
まあ、私に言わせるとけんかするくらいの元気があれば大丈夫!
人間本当に具合悪ければけんかなんかできないのだから。
先生にステロイド系の薬を処方してもらい、面目は保たれた。それに恐れ多くも、先生がわざわざ往診して下さったということで、大事になってしまい、きまり悪く思ったらしい。すっかり愁傷な顔をしている。
今回の喘息騒動は、多分無意識に寂しさが影響していたのだと思う。
昔から辛かったり我慢することがあると必ず喘息の発作の出る人だったから・・。
もしかしたら自分で発作を起こしているの?と疑いたいこともあった程だ。
と言うのも、元旦に新年と誕生日の挨拶にオババを訪問し、翌日の夜遅くには主人の一家が軽井沢で年越しをしているので、私たちも合流し挨拶に行かねばならなかった。何しろ旧家の長男だから大変なのだ。
よって、毎週水・木と必ず母を訪問していたのに、火曜日に訪問したきり、4日間誰も行けなかったことになる。一日待てば兄たちが来るのだが、そこまでの知恵がない。
多分このように日にちが開くことはまずないので、寂しくて仕方なかったのだろう。無意識のうちにそれがストレスになって発作の前兆が出たのだと思う。
この人はこういう人なのだ。
だから私は何をおいても、水・木は訪問するリズムを壊さないようにしていたのだが・・・
「いいよ、ソラちゃん。年末年始は何かと忙しいからね〜お客さんもあるし・・・」と快く応じてくれたのを真に受けた私が迂闊だったか?
みなさんに、「ソラちゃんが来ない、ソラちゃん来ない」と訴えていたらしい。
ノートを見たスタッフが
「ソラさん、軽井沢って書いてありますよ」と言ってくれ、納得していたらしいが。
ここで、認知症の人の、心の落着きを保つためには:
1.できるだけ規則正しいリズムを作ってあげて、それを崩さないこと。
*それによって、曜日とか時間に興味を持たなかった人にある種の時間の単位が生まれることになり、それは正常に生きる為にとても大切なものになる。
*習慣化することにより、決まった動作ができるようになったり、待ったり、楽しみにしたりする感情が生まれる。
2.感情を傷付けたりプライドを傷つけたりしないで相手を尊重すること。そして、時々誉めてあげること。
*信頼関係がうまれ、これが母には一番大切な接し方だと思う。自分を良く思っていない人や口先だけの人に対する反応は鋭くて、ビックリ!直ぐに見抜く。
3.正直に接し、間違っていることはきちんと説明してあげて正してあげること。
*これによって、母は自分が道にはずれていないことを認識して、胸を張って存在できることになる。プライドが高いので間違ったことはしていないという自信を持っていたいのだ。入居当時と比べて、むしろ正常な判断ができるようになっているような気がする。
ホームの人は、母の状態が記憶は別にして、認知症的にはむしろ快方に向かっているような気すらする、と言って下さるのだが、とても珍しい例のようだ。
私も悪化しているとは思えないのだ。
ホームの人々の母の尊厳を守って下さる接し方と、家族がいつも訪問し寂しい思いをさせないことが効果を上げているように思える。
あるいは、うるさい娘のソラさんがしょっちゅう行ってみんなに挨拶して仲良しになっているせいかも・・・なんて思ったりしている。
ここのところ穏やかだったのだが・・・
今日のお昼近く、
「ソラちゃん、直ぐ来て。私、具合悪くて。こんなに具合悪いのにお風呂に入れって言うの。自分の身体は自分が一番よく分かるから入れないって言ってやった」
すごい勢いで怒鳴り散らしている。
どうも大げんかをした雰囲気だ。
でも声は出ているし、しゃべれるからまだ大丈夫とみた。
「うん、今日はもう少ししたら行くよ。これからお昼食べて直ぐ行くから待っていてね」
「え〜、直ぐ来てくれないの。具合悪くて・・・」
「看護婦さんに言ったの?」
「あんな看護婦だめよ、何も看てくれない。お風呂に入れなんて、とんでもない」と言いながら咳こむ。(実際はきちんと看てくれている)
が、かなり痰がからんだ深い咳をしている。
正月早々喘息の兆候が出て、大騒ぎ。
5日の夜にホームから電話が来たので、翌朝行ってみるとゼロゼロ言っているが、まあ持ち堪えそうだ。対処が早かったので多分ひどくならないで発作の手前で済みそうだった。
そして今日は9日。
すっかり鼻声になって風邪が併発しているようだから、なかなか全快しない。
多分体調が悪いから虫の居所が悪く少し気が立っているのと、車椅子などがもどかしくてストレスになって仕方ないのだろう。タンスの洋服をいじったと怒りながら、お風呂のことで看護婦さんと大げんかして、困らせて、興奮して咳込みながらあまり具合悪いと言うので、先生を呼んだらしい。
まあ、私に言わせるとけんかするくらいの元気があれば大丈夫!
人間本当に具合悪ければけんかなんかできないのだから。
先生にステロイド系の薬を処方してもらい、面目は保たれた。それに恐れ多くも、先生がわざわざ往診して下さったということで、大事になってしまい、きまり悪く思ったらしい。すっかり愁傷な顔をしている。
今回の喘息騒動は、多分無意識に寂しさが影響していたのだと思う。
昔から辛かったり我慢することがあると必ず喘息の発作の出る人だったから・・。
もしかしたら自分で発作を起こしているの?と疑いたいこともあった程だ。
と言うのも、元旦に新年と誕生日の挨拶にオババを訪問し、翌日の夜遅くには主人の一家が軽井沢で年越しをしているので、私たちも合流し挨拶に行かねばならなかった。何しろ旧家の長男だから大変なのだ。
よって、毎週水・木と必ず母を訪問していたのに、火曜日に訪問したきり、4日間誰も行けなかったことになる。一日待てば兄たちが来るのだが、そこまでの知恵がない。
多分このように日にちが開くことはまずないので、寂しくて仕方なかったのだろう。無意識のうちにそれがストレスになって発作の前兆が出たのだと思う。
この人はこういう人なのだ。
だから私は何をおいても、水・木は訪問するリズムを壊さないようにしていたのだが・・・
「いいよ、ソラちゃん。年末年始は何かと忙しいからね〜お客さんもあるし・・・」と快く応じてくれたのを真に受けた私が迂闊だったか?
みなさんに、「ソラちゃんが来ない、ソラちゃん来ない」と訴えていたらしい。
ノートを見たスタッフが
「ソラさん、軽井沢って書いてありますよ」と言ってくれ、納得していたらしいが。
ここで、認知症の人の、心の落着きを保つためには:
1.できるだけ規則正しいリズムを作ってあげて、それを崩さないこと。
*それによって、曜日とか時間に興味を持たなかった人にある種の時間の単位が生まれることになり、それは正常に生きる為にとても大切なものになる。
*習慣化することにより、決まった動作ができるようになったり、待ったり、楽しみにしたりする感情が生まれる。
2.感情を傷付けたりプライドを傷つけたりしないで相手を尊重すること。そして、時々誉めてあげること。
*信頼関係がうまれ、これが母には一番大切な接し方だと思う。自分を良く思っていない人や口先だけの人に対する反応は鋭くて、ビックリ!直ぐに見抜く。
3.正直に接し、間違っていることはきちんと説明してあげて正してあげること。
*これによって、母は自分が道にはずれていないことを認識して、胸を張って存在できることになる。プライドが高いので間違ったことはしていないという自信を持っていたいのだ。入居当時と比べて、むしろ正常な判断ができるようになっているような気がする。
ホームの人は、母の状態が記憶は別にして、認知症的にはむしろ快方に向かっているような気すらする、と言って下さるのだが、とても珍しい例のようだ。
私も悪化しているとは思えないのだ。
ホームの人々の母の尊厳を守って下さる接し方と、家族がいつも訪問し寂しい思いをさせないことが効果を上げているように思える。
あるいは、うるさい娘のソラさんがしょっちゅう行ってみんなに挨拶して仲良しになっているせいかも・・・なんて思ったりしている。
2013年1月7日月曜日
『母の遺産』新聞小説 〜水村美苗
目の回るような年末年始の日々の合間、軽井沢で前述のダイヤモンドダストを見ながらホッと一息した時に読んだ作品。
この作品は、読売新聞で2010年の1月から2011年4月まで連載されたものである。
私が、信州に住む母の様子に色々な変化が生じたため、頻繁に長野を訪れるようになった頃から、最悪の状態になった母を東京の私の家の近くのホームに迎えて慣れるまでの間、必死で認知症の亡霊と格闘している頃までが丁度その時期に当たった。
何しろ母を迎えて11日後に大きな地震があったのだから・・・。一人で長野に置いておかなくて良かった、と心底思った瞬間だ。本人は「そのまま向こうにおいておいてくれれば死ねたかもしれないのに」と憎まれ口を言う。
印象的な最後の章の安堵感が自分に重なる。
読売新聞を購読している友人の何人かが、疲れきった私の顔を見ては、この作品の切り抜きを手渡してくれたり、出版されてからは、何人かの友人に薦められた本である。
買おうか借りようか迷ったが、とうとう買ってしまい、ついには一気に読み終えた。
面白く思ったのは、彼女(作者)と私の符合する点が多いこと、「これは何?」と思って調べたら同じ歳だった。背景、起きていることが重なっても同世代なのだから不思議ではない。
ただ、一つ違うことは、私は今までに一度も『ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?』とは思わなかったことだ。『くそばばあ!!!』とは何度思って叫んだか分からないが・・・。
いくら子供の頃からの恨みがあっても、本人の状態がひどいことになって罵られても、そうは思わなかったのは、多分自分の母親の性格がいくら我が儘であっても紀子さんとは違っていたせいであろう。そして同様に私の性格も水村さんとは違うのだろう。
母親同士、生い立ちも苦労の度合いも、性格のきつさも勝ち気さも我が儘度合いも甲乙つけがたいが、私の母は本来質素で人に迷惑をかけたくない気持ちで一杯の人なので、そのけなげさのせいで尊さの方が勝ってしまうのだろう。
これから何度も死にそうになっては生きながらえて、認知症が悪化して罵りの言葉が繰り返されることになるかもしれない。その度にはらはらし、「もうやだ!」と思うだろう。そして、ぐったり疲れ果てた自分にどんな思いが生じるのかはその時になってみないと分からない。
私もついには水村さん、いや美津紀さんと同じことを思い、そう言葉を発することになるかもしれない。
幸い私には夫の浮気騒動はないが、ある意味もっと大変なことが自分のまわりで起きている。実際現実は小説よりずっと大変だ。
美津紀が本当の意味で過去を清算して自立し、一歩踏み出す終わり方は後味が良い。多分意識の上では励まされる女性がたくさん居ると思う、が現実はもっと厳しい。
『母の遺産』は金銭だけではなく、『母親の生きざまを見たこと』と『この自立に踏み出せたこと』もそうなのだろう。
娘が母からもらうものは良きにつけ悪しきにつけたくさんある。
しかし、なにはともあれ美津紀はとてもラッキーなのだ。
世の中、金銭的『母の遺産』がない人がほとんどなのだから。
母親の介護を母親自身が残したお金ですることができるというのはすごいことなのです。娘に金銭的負担をかけていないということはそれだけで親としたらとても立派なことで、、、、介護をする人にとったら、そんな幸せなことはない。
自分の生活費を削ってあんな贅沢をさせてあげることはできないのだから。
それだけでも親に感謝して良いと思う。
それから人生において女性として自立してどうにかやっていける基盤を作ってくれたのもやはり親であることを忘れてはいけない。姉との差別はあったにしても、彼女が親の援助の元でフランスに留学できたということは、それだけで十分に恵まれていて、恨み言など言わずに感謝すべきことではないだろうか?
何故ならばそれを基盤に彼女は職を得ている訳だから、離婚を選択できるのもある意味そのお陰でもあるのだから。
もしかしたら美津紀は親になったことがないから、子供として与えられることばかりに目が行って、時には自分が無償で与えることをしなければならないこともあるということを見逃しているのではないだろうか?
読み終わって何か腑に落ちない感じを持ったのは、美津紀のそんな姿勢(甘え?)を感じたせいかもしれない。
2012年12月20日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(36) 〜ま、またやられたー!!!のね
昨日は、オババに早めのクリスマスプレゼントと言おうか誕生日プレゼントと言おうか・・・とにかく、吟味吟味の上ローラアシュレイの生成りのカーディガンを持って行った。
今までの学習の結果:無地は下着である、木綿は下着である、模様がないと洋服ではない、厚いと駄目、ヒラヒラしている物が好き、露出狂の気あり、、、、と、私が持って行ったものはチュニックもTシャツも全部下着と化しているので、切なる願いを込めて持って行った。
最近オババはホームの事務所に入り浸りで、自分の指定席まで用意していただいている身分になった。なってしまったから仕方ない。職員室に居座った駄目生徒みたいな勘ありだが、これ又居心地が良いのだから仕方ない。
寂しい日々に訪れる所があるのはとても幸せなことで、快く受け入れて下さっているホームのスタッフの方々には感謝の言葉しかない。
多分母の精神状態も安定して、認知症の進行も少し治まっているのではないかと、良い効果を感じている。
時々私の到着時にも指定席で居眠りをしているオババを発見する。
するとどうも何となく支度がみすぼらしい。真冬に初夏の格好とでも言おうか、長袖こそ着ていてもどこかちぐはぐなひらひらした薄着で、私は赤面だ。たくさん洋服があるのに・・・
そこで、事務所にいてもあまり感じの悪くない、何か清潔感のある洋服をプレゼントしたいと思っていた。
オババには、模様の重ね着の傾向があるから、下に柄のものを着ていてもけんかしないようにできるだけ無地に近い感じで、でも透かし模様みたいなのが入っていて下着には見えないように、チクチクするのが嫌いなので、けれど木綿じゃ下着と勘違いするからカシミヤ入りコットンで、薄手だけれど、上から羽織れるように柔らかく温かいものを・・と悩んだ。
グレーやベージュは汚れた布にしか見えないから白に見えるくらいの生成りの前身ごろだけ複雑な数種類の編み目模様を組み合わせたレース風で・・・とても清楚で肌触りの良いカーディガンを見つけた。
記憶に残るようにきちんとプレゼント仕様にして持って行って、渡したら大喜びした。
「良かった!これで行けるかな?」とすら思った私だ。
ミントグリーンのオフタートル(私のお古だが、色が合うのでお気に入りを仕方なしに持っていった)の上に羽織ったらお世辞抜きでとても素敵だった。
これなら、事務所に居ても、お客様は逃げ出さない!「このホーム品があって悪くない」って思って下さるだろう・・・と自己満足していた。
と・こ・ろ・が・・・本日私が発見したオババは!!!
私の願いを込めたプレゼントのローラアシュレイのカーディガンを、上に羽織れるようにとたっぷりめのLサイズの素敵なカーディガンを、
ハイネックのピッタリした細身のニットの下に全部のボタンをしっかり留めて、裾をズボンの中にパンパンに詰め込んで、まさに下着として着ていたのだったー!!!!
又、やられたー!!
と言うか、今日はむしろ悲しくて、全身の力が抜けて、泣きたくなった。
大きな字でど真ん中にマジックで『市川』って書いてなかっただけ増しだったかな・・・
カシミヤ入りの下着は温かく軽く、さぞかし快適だったことでしょう。
PS/
たった一日で、私が持って行ったことも、プレゼントであることも、カーディガンであることも全て忘れ去っておりました。試練は続く。
物によって忘れる度合いを使い分ける、偉大なる認知症です。
今までの学習の結果:無地は下着である、木綿は下着である、模様がないと洋服ではない、厚いと駄目、ヒラヒラしている物が好き、露出狂の気あり、、、、と、私が持って行ったものはチュニックもTシャツも全部下着と化しているので、切なる願いを込めて持って行った。
最近オババはホームの事務所に入り浸りで、自分の指定席まで用意していただいている身分になった。なってしまったから仕方ない。職員室に居座った駄目生徒みたいな勘ありだが、これ又居心地が良いのだから仕方ない。
寂しい日々に訪れる所があるのはとても幸せなことで、快く受け入れて下さっているホームのスタッフの方々には感謝の言葉しかない。
多分母の精神状態も安定して、認知症の進行も少し治まっているのではないかと、良い効果を感じている。
時々私の到着時にも指定席で居眠りをしているオババを発見する。
するとどうも何となく支度がみすぼらしい。真冬に初夏の格好とでも言おうか、長袖こそ着ていてもどこかちぐはぐなひらひらした薄着で、私は赤面だ。たくさん洋服があるのに・・・
そこで、事務所にいてもあまり感じの悪くない、何か清潔感のある洋服をプレゼントしたいと思っていた。
オババには、模様の重ね着の傾向があるから、下に柄のものを着ていてもけんかしないようにできるだけ無地に近い感じで、でも透かし模様みたいなのが入っていて下着には見えないように、チクチクするのが嫌いなので、けれど木綿じゃ下着と勘違いするからカシミヤ入りコットンで、薄手だけれど、上から羽織れるように柔らかく温かいものを・・と悩んだ。
グレーやベージュは汚れた布にしか見えないから白に見えるくらいの生成りの前身ごろだけ複雑な数種類の編み目模様を組み合わせたレース風で・・・とても清楚で肌触りの良いカーディガンを見つけた。
記憶に残るようにきちんとプレゼント仕様にして持って行って、渡したら大喜びした。
「良かった!これで行けるかな?」とすら思った私だ。
ミントグリーンのオフタートル(私のお古だが、色が合うのでお気に入りを仕方なしに持っていった)の上に羽織ったらお世辞抜きでとても素敵だった。
これなら、事務所に居ても、お客様は逃げ出さない!「このホーム品があって悪くない」って思って下さるだろう・・・と自己満足していた。
と・こ・ろ・が・・・本日私が発見したオババは!!!
私の願いを込めたプレゼントのローラアシュレイのカーディガンを、上に羽織れるようにとたっぷりめのLサイズの素敵なカーディガンを、
ハイネックのピッタリした細身のニットの下に全部のボタンをしっかり留めて、裾をズボンの中にパンパンに詰め込んで、まさに下着として着ていたのだったー!!!!
又、やられたー!!
と言うか、今日はむしろ悲しくて、全身の力が抜けて、泣きたくなった。
大きな字でど真ん中にマジックで『市川』って書いてなかっただけ増しだったかな・・・
カシミヤ入りの下着は温かく軽く、さぞかし快適だったことでしょう。
PS/
たった一日で、私が持って行ったことも、プレゼントであることも、カーディガンであることも全て忘れ去っておりました。試練は続く。
物によって忘れる度合いを使い分ける、偉大なる認知症です。
2012年11月30日金曜日
弱音を吐こう介護日誌(35)〜初めての絵手紙 〜認知症も悪くないかも・・
初めて絵手紙を描きました:
母はお習字は好きでアクティビティに休まず参加しています。でも、絵は全く駄目で絵の具を見ただけで逃げ出します。でも、これ初作品にしては悪くないですよね? なかなか味があって、私好きです。
この日母は、筆と墨を見てすっかりお習字と勘違いして、うっかりテーブルについてしまいました。そこに私が到着したものですから、、、
「ソラちゃん、これ何?」
「絵手紙っていうのよ」
「えっ?!絵??? えらいこと始めちゃったわ、私帰るわ」と立ち上がる。
「まあまあ、そんなこと言わずに、一回だけ描いてみたら?お習字あんなに上手なんだから(本当は大したことない)、同じ筆を使ってちょっと絵を描いて、字も書くんだよ。楽しいかもよ〜」
と、手伝いながらやらせてみるが、本当にひどい。ものを観察するということが不可能に近いのだ。
おまけに
「私柿なんか大嫌いだし・・・」(ボケてもこれは覚えているのか!)
と文句たらたら。
先生に、「全く初めての参加で、絵を描くのも初めてなので宜しくお願いします。」と耳打ちして私がちょっと席をはずして隠れて眺めていたら、甘える相手がいないので、仕方なしに先生のご指導を得ている。この辺は子育てと同じだ。
それで出来上がったのが上の絵手紙。
柿が美味しそうで、結構いい感じ。オババやったね!
ここからが書きたかったことで:
文字を書く時に、
「なんて書いたらいいの?」と言うので、
「初めて書いたんだから、柿を初めて描きました、とでも書いてみたら?」といい加減なことを言うと、手抜きの冴えたるところで考えるのが面倒なのでその通りに書き始めた。
柿を、で手が止まり、
「ソラちゃん、はじめてってどんな字だったっけ〜?」と聞くので、
「ほら、初日の出とか、最初とか・・・衣偏書いて・・・」と言っているうちに、『始』を書き始めたのでそれでもいいか〜と思っていたら何と『好』と書いてしまったではないか!!
「お母さん、それ好きって字だよ」って言うと、
「あら、嫌だ、あたしゃ柿なんか大嫌いなのに・・どうしよう!!」と・・・先生と私、周りの人は大笑い、でも本人はパニック状態。
「こんな素敵な絵を描いたんだから、『好きになりました』にしちゃったら?」と言ったら、手抜きの極意!
「本当は好きじゃないんだけどね〜」と言いながら、出来上がりました。その辺は悩まないので大助かりの私。
先日この葉書を壁に貼ってあげたら、
「ソラちゃん、最近の柿は美味しくなったのね。この間食べたら美味しかった!」と言う。
「うん、本当に美味しいんだよ、私も大好き」
「これを書いたとき、私はこの頃の柿が美味しいとつくづく思って感激してこう書いたの」 ン?? あれ、まあ〜と思いながら、
「そうだったの?良かったね」と私はお腹の中でクスクス笑っていた。
認知症も悪いことばかりではないかも。
もっとも、何が真実か分からないところが問題だけど。。。
母はお習字は好きでアクティビティに休まず参加しています。でも、絵は全く駄目で絵の具を見ただけで逃げ出します。でも、これ初作品にしては悪くないですよね? なかなか味があって、私好きです。
この日母は、筆と墨を見てすっかりお習字と勘違いして、うっかりテーブルについてしまいました。そこに私が到着したものですから、、、
「ソラちゃん、これ何?」
「絵手紙っていうのよ」
「えっ?!絵??? えらいこと始めちゃったわ、私帰るわ」と立ち上がる。
「まあまあ、そんなこと言わずに、一回だけ描いてみたら?お習字あんなに上手なんだから(本当は大したことない)、同じ筆を使ってちょっと絵を描いて、字も書くんだよ。楽しいかもよ〜」
と、手伝いながらやらせてみるが、本当にひどい。ものを観察するということが不可能に近いのだ。
おまけに
「私柿なんか大嫌いだし・・・」(ボケてもこれは覚えているのか!)
と文句たらたら。
先生に、「全く初めての参加で、絵を描くのも初めてなので宜しくお願いします。」と耳打ちして私がちょっと席をはずして隠れて眺めていたら、甘える相手がいないので、仕方なしに先生のご指導を得ている。この辺は子育てと同じだ。
それで出来上がったのが上の絵手紙。
柿が美味しそうで、結構いい感じ。オババやったね!
ここからが書きたかったことで:
文字を書く時に、
「なんて書いたらいいの?」と言うので、
「初めて書いたんだから、柿を初めて描きました、とでも書いてみたら?」といい加減なことを言うと、手抜きの冴えたるところで考えるのが面倒なのでその通りに書き始めた。
柿を、で手が止まり、
「ソラちゃん、はじめてってどんな字だったっけ〜?」と聞くので、
「ほら、初日の出とか、最初とか・・・衣偏書いて・・・」と言っているうちに、『始』を書き始めたのでそれでもいいか〜と思っていたら何と『好』と書いてしまったではないか!!
「お母さん、それ好きって字だよ」って言うと、
「あら、嫌だ、あたしゃ柿なんか大嫌いなのに・・どうしよう!!」と・・・先生と私、周りの人は大笑い、でも本人はパニック状態。
「こんな素敵な絵を描いたんだから、『好きになりました』にしちゃったら?」と言ったら、手抜きの極意!
「本当は好きじゃないんだけどね〜」と言いながら、出来上がりました。その辺は悩まないので大助かりの私。
先日この葉書を壁に貼ってあげたら、
「ソラちゃん、最近の柿は美味しくなったのね。この間食べたら美味しかった!」と言う。
「うん、本当に美味しいんだよ、私も大好き」
「これを書いたとき、私はこの頃の柿が美味しいとつくづく思って感激してこう書いたの」 ン?? あれ、まあ〜と思いながら、
「そうだったの?良かったね」と私はお腹の中でクスクス笑っていた。
認知症も悪いことばかりではないかも。
もっとも、何が真実か分からないところが問題だけど。。。
2012年11月2日金曜日
『不敵雑記 たしなみなし』 by 佐藤愛子
佐藤愛子さんの作品との出会いは、信州で一人で暮らしている母に何か良い本はないかしら?と模索していた時に発売になったばかりの一冊の本(エッセイ)の書評を目にし、読んだら面白かったので直ぐに母に送ったことにある。
今ではその本のタイトルも忘れてしまったが、やっていることが母生き写しで可笑しかった。
まず、年齢が母に近かったこと、そして性格というか気質がその時の母を励ますにはピッタリだったことが理由だ。
当時の母は、「まるで自分を見ているみたい」と、その後彼女の本を何冊か自分でも買っていたような気がする。
田辺聖子さんと同様に母にフィットした。(田辺さんは何となく顔まで似ているのだ、本人曰く「あの人ひょうきんな顔をしてて私みたい」だと。)
昨年の暮れに、『これでおしまい ーー我が老後』を懐かしく思って母に贈ったが、もう彼女のことを忘れてしまったみたいだった。それでもホームのテーブルの上に置いてあるから、時々読んでいるのだろう。
気にしても仕方ないが、ほぼ同じ年齢で、、、ちょっぴり寂しい。
この『不敵雑記』はスペイン語の友人から借りたもので、彼女の方が私より10歳程年上なのでより切実に共感できるらしく、「いちいち、そうそうって言いながら読めるわよ」と言って渡してくださったが、やはり私でもいちいちうなづいてしまった。
これは年齢に関係なくやはり気質というか気っ風の問題だ。裏表のないさばさばした人間にフィットするのだろう。
佐藤さんも自然体なのだと思う。あのずけずけ言う姿から正直なのが良く分かる。苦労人がユーモラスなのはたまらない!
これからの自分の在り方に勇気をもらえる気がする。
うちのおばばさんももう少し頑張ろう!お迎えが来るまではね。
たまにはこんなエッセイもいい。
2012年8月8日水曜日
弱音を吐こう介護日誌(33) 〜いやあ、参った!この不機嫌は?
自分へのご褒美に自分であげた二日間の夏休みが明け、心が少し軽くなって元気を出してオババの所へ行ってきた。
昨夜はサッカーのメキシコ戦を観たので、眠い。その前の夜中はなでしこのフランス戦だったから、二日続けて徹夜だもんな。
でも、ちょっぴり何かから解き放たれた気分で行ったのだが、着いた途端に暗い空気に圧倒される。ここのところこの人はどうしてこんなに猛烈なパワーで暗いのか。
しかも言っていることが全く以てしっちゃかめっちゃかもいいところだ。
私、もう負けそう・・・(半べそ)
映画『グッドハーブ』の植物学者のお母さんが少しずつアルツハイマーに侵されて行くように認知症が次の段階へ進み始めているのだろうか? そしてこれから急激に進むのだろうか?
過程が似ていて恐くなった。頭の中の混乱から生じるうろたえ方がソックリなのだもの。それなのに、私は彼女の自尊心を傷つけるような台詞を言った。
本人も何か異変が起き始めているのを感じてイライラしているのだと思う。
本能で。
そして娘である私に一番そのイライラはぶっつけ安いのだろう。
「認知症なのだからもっと優しく」そう言い聞かせても、私へのあの際限のない我が儘さと絶え間ない理不尽な要求を受けていると自分がつぶされそうになってどんどん覚めて来て、「いいよ、それ以上言うなら私帰るから」と部屋を飛び出したい衝動にかられる。
相手は分かっているのか、何なのか?
いくら説明しても通じない繰り返し繰り返しの同じ訴えには疲れ果てた。はぐらかして誤摩化せば良いのだろうか?
相手が親だとそんな心のないことができない。
だって、よそのおばさんではないのだから。
もうホームの人に任せて、私が行くのはよそうか・・・と思ってしまった。
私は弱虫だから、そういう母の姿を見届けることに耐えられないかもしれない。
神様は、耐えられない試練はお与えにならない、とヘリオトロープのTさんがおっしゃっていたが・・・ほんとうに?
昨夜はサッカーのメキシコ戦を観たので、眠い。その前の夜中はなでしこのフランス戦だったから、二日続けて徹夜だもんな。
でも、ちょっぴり何かから解き放たれた気分で行ったのだが、着いた途端に暗い空気に圧倒される。ここのところこの人はどうしてこんなに猛烈なパワーで暗いのか。
しかも言っていることが全く以てしっちゃかめっちゃかもいいところだ。
私、もう負けそう・・・(半べそ)
映画『グッドハーブ』の植物学者のお母さんが少しずつアルツハイマーに侵されて行くように認知症が次の段階へ進み始めているのだろうか? そしてこれから急激に進むのだろうか?
過程が似ていて恐くなった。頭の中の混乱から生じるうろたえ方がソックリなのだもの。それなのに、私は彼女の自尊心を傷つけるような台詞を言った。
本人も何か異変が起き始めているのを感じてイライラしているのだと思う。
本能で。
そして娘である私に一番そのイライラはぶっつけ安いのだろう。
「認知症なのだからもっと優しく」そう言い聞かせても、私へのあの際限のない我が儘さと絶え間ない理不尽な要求を受けていると自分がつぶされそうになってどんどん覚めて来て、「いいよ、それ以上言うなら私帰るから」と部屋を飛び出したい衝動にかられる。
相手は分かっているのか、何なのか?
いくら説明しても通じない繰り返し繰り返しの同じ訴えには疲れ果てた。はぐらかして誤摩化せば良いのだろうか?
相手が親だとそんな心のないことができない。
だって、よそのおばさんではないのだから。
もうホームの人に任せて、私が行くのはよそうか・・・と思ってしまった。
私は弱虫だから、そういう母の姿を見届けることに耐えられないかもしれない。
神様は、耐えられない試練はお与えにならない、とヘリオトロープのTさんがおっしゃっていたが・・・ほんとうに?
2012年8月1日水曜日
記憶容量いっぱいかな?
今日のオババはお部屋が近くなるにつれ、部屋から負のオーラが流れ出ていた。
顔には生気がなく、目はうつろ・・・いよいよボケが進んだかな?と思わせる空気。やれやれ、やばいぞ!
というのも、私は足がブヨに4カ所も噛まれ、左足がパンパンに腫れて熱を持っている。毒素が身体に回っているのか、全体に熱っぽっくて朦朧としているので全く元気がでないで困っていたからだ。
自分の元気が勝っていない時はだいたいやられる!
ホームの近くの皮膚科に行こうと思ったら今日は休診日。明日夏休みでなければいいけれど・・・朝電話をしてみよう。ドアの所になにかかかっていたから、もしかしたら夏休みかもしれない。
前回の越路吹雪さんの曲をプリントアウトして、もう一つ、『ラストダンスは私に』も書き出して準備したが、歌う元気が私にはない。
まずは持って行った桃をむいてあげた。
「あら、今頃桃があるの?」
「う・・・」(今なくて何時あると言うのだ??もう8月だぜい!)
それでもと思って、日記帳を開いて、サントワマミーの歌詞を指差し「お母さん、この曲練習した?歌ってみた?この前上手だったねえ〜」と聞いたが、全く忘れている。一緒に歌ったことも忘れているし、日記帳に書いてあげたことも完全に抜けている。
『ラスト〜』は歌ってあげたが、記憶につながらなかった。やはりサントワマミーだけしか定着していないらしい。あんなに好きだった曲なのに。
まあ一曲でもあるから良しとしよう!
テレビでマドリッドの特集をしていたので、
「ここはKちゃんが住んでいたんだよ」というと、
「Kちゃんなにしてたの?働いていたの?」と聞く。
「大学生だったんだよ。私も行ったことあるよ、この町。」
「へえ〜、なかなかいい感じの町だね」
「うん、いい町だよ。人も親切で明るい」
「Kちゃん、働いていたの?」
「ううん、大学生。勉強していたの、ここで卒業したのよ。だあだと卒業式にも行ったのよ」
「何年いたの?」
「3年くらい」
「へえ〜そんなに・・、Kちゃん働いていたの?」
「んっ・・・、大学生!だいがくせい〜!!」
やれやれ・・・今日も暑かった。
がっくし。
顔には生気がなく、目はうつろ・・・いよいよボケが進んだかな?と思わせる空気。やれやれ、やばいぞ!
というのも、私は足がブヨに4カ所も噛まれ、左足がパンパンに腫れて熱を持っている。毒素が身体に回っているのか、全体に熱っぽっくて朦朧としているので全く元気がでないで困っていたからだ。
自分の元気が勝っていない時はだいたいやられる!
ホームの近くの皮膚科に行こうと思ったら今日は休診日。明日夏休みでなければいいけれど・・・朝電話をしてみよう。ドアの所になにかかかっていたから、もしかしたら夏休みかもしれない。
前回の越路吹雪さんの曲をプリントアウトして、もう一つ、『ラストダンスは私に』も書き出して準備したが、歌う元気が私にはない。
まずは持って行った桃をむいてあげた。
「あら、今頃桃があるの?」
「う・・・」(今なくて何時あると言うのだ??もう8月だぜい!)
それでもと思って、日記帳を開いて、サントワマミーの歌詞を指差し「お母さん、この曲練習した?歌ってみた?この前上手だったねえ〜」と聞いたが、全く忘れている。一緒に歌ったことも忘れているし、日記帳に書いてあげたことも完全に抜けている。
『ラスト〜』は歌ってあげたが、記憶につながらなかった。やはりサントワマミーだけしか定着していないらしい。あんなに好きだった曲なのに。
まあ一曲でもあるから良しとしよう!
テレビでマドリッドの特集をしていたので、
「ここはKちゃんが住んでいたんだよ」というと、
「Kちゃんなにしてたの?働いていたの?」と聞く。
「大学生だったんだよ。私も行ったことあるよ、この町。」
「へえ〜、なかなかいい感じの町だね」
「うん、いい町だよ。人も親切で明るい」
「Kちゃん、働いていたの?」
「ううん、大学生。勉強していたの、ここで卒業したのよ。だあだと卒業式にも行ったのよ」
「何年いたの?」
「3年くらい」
「へえ〜そんなに・・、Kちゃん働いていたの?」
「んっ・・・、大学生!だいがくせい〜!!」
やれやれ・・・今日も暑かった。
がっくし。
2012年7月26日木曜日
弱音を吐こう介護日誌(32)〜驚異の記憶力! 〜メルシー、越路吹雪さん♪
今日のオババのアクティヴィティはカラオケ大会だった。
オババは歌が結構好きなので、「行ってみたら?」と薦めてホールへ。
進行があまりにも下手で、老人たちが知っている曲が全くない!つまらないので私だけそっと部屋に戻って来た。
すると、少ししてオババも戻って来た。
「歌おうと思っても知っている曲が一つもないよ〜」と残念がっている。
「あれは進行係の勘が悪すぎるよ、選曲がなってない!みんなを何歳と思っているのかしら?」
そこで消化不良のオババの為に何か昔歌っていた歌がないかなあ〜?と必死で思い出した。
お皿を洗っていると鼻歌が聞こえて来たなあ・・・ムムム・・・「そうだ、サン・トワ・マミーだ!」いつも歌っていた。
記憶が全てすっ飛んでいるけれど、歌は歌詞を見ると歌えるから、試してみよう!
「ふたりの恋は〜終わったのねえ〜♪」私が歌い出すと
「ゆるしてさえ〜〜くーれないあなたあ〜〜」と気持ち良さそうに続く。
「ええっ!!お母さん歌詞覚えているの?」
オババがポカンと嬉しそう。
「どうして歌えるのかしら?でも音がはずれてるし声も出ないけど・・・不思議ねえ」
メロディーはともかく歌詞が出て来るとは思わなかった。脳のどの部分なのだろう?同じ記憶でも壊れているところと壊れてないところがあるの?
私は脳の専門家ではないから分からないが、専門家に聞いてみたい気がする。
ホームの精神科のドクターはまじひどかった。全くひどい診断だったから頼る気にもなれなかった。日本の精神科の医療のレベルはまだ低いのだなあと思ったが、、、
これから何かを引き出して、彼女の失ってしまった記憶を取り戻す手がかりにならないものだろうか? 浜田先生〜〜!! 先生がいらっしゃったら相談したい。
母は越路吹雪の歌が大好きだったので、愛の讃歌、誰もいない海、と歌うと所々歌詞を思い出して付いて来る。
しかし何よりも「サン・トワ・マミーだ!」歌詞はメチャメチャだし一杯抜けているけれど嬉しそう、これで勝負をかけよう!!
正しい歌詞をiphoneで調べて、日記帳に書き出す。
一緒に歌う。
ちょっと変な所は直してあげると、直ぐ直る。
次は一人で歌って!
「パーフェクト!」直したところが完璧に直っている。昔教えた時よりずっと覚えがいい。
ホーム長さんのお名前を何度言っても直ぐに忘れてしまうのに、今持って行ったばかりのゼリーのことは直ぐ忘れてしまうのに、歌詞とメロディーは覚えている、定着する。
何だか二人で涙出しながら喜んだ。
少しでも記憶が残っているって!!教えた所が記憶として残るなんて!!!
こういうのを希望っていうのかもしれない。
理論的に脳の○○分野だから〜〜云々なんて言われるかもしれないけれど、どうでもいい。彼女の脳に歌が定着した。歌詞が定着した。何も覚えられなかった母が歌詞を覚えた、それだけで最高に嬉しい!
merci beaucoup! 越路吹雪さん!
次は『ラストダンスは私と』だな。
オババは歌が結構好きなので、「行ってみたら?」と薦めてホールへ。
進行があまりにも下手で、老人たちが知っている曲が全くない!つまらないので私だけそっと部屋に戻って来た。
すると、少ししてオババも戻って来た。
「歌おうと思っても知っている曲が一つもないよ〜」と残念がっている。
「あれは進行係の勘が悪すぎるよ、選曲がなってない!みんなを何歳と思っているのかしら?」
そこで消化不良のオババの為に何か昔歌っていた歌がないかなあ〜?と必死で思い出した。
お皿を洗っていると鼻歌が聞こえて来たなあ・・・ムムム・・・「そうだ、サン・トワ・マミーだ!」いつも歌っていた。
記憶が全てすっ飛んでいるけれど、歌は歌詞を見ると歌えるから、試してみよう!
「ふたりの恋は〜終わったのねえ〜♪」私が歌い出すと
「ゆるしてさえ〜〜くーれないあなたあ〜〜」と気持ち良さそうに続く。
「ええっ!!お母さん歌詞覚えているの?」
オババがポカンと嬉しそう。
「どうして歌えるのかしら?でも音がはずれてるし声も出ないけど・・・不思議ねえ」
メロディーはともかく歌詞が出て来るとは思わなかった。脳のどの部分なのだろう?同じ記憶でも壊れているところと壊れてないところがあるの?
私は脳の専門家ではないから分からないが、専門家に聞いてみたい気がする。
ホームの精神科のドクターはまじひどかった。全くひどい診断だったから頼る気にもなれなかった。日本の精神科の医療のレベルはまだ低いのだなあと思ったが、、、
これから何かを引き出して、彼女の失ってしまった記憶を取り戻す手がかりにならないものだろうか? 浜田先生〜〜!! 先生がいらっしゃったら相談したい。
母は越路吹雪の歌が大好きだったので、愛の讃歌、誰もいない海、と歌うと所々歌詞を思い出して付いて来る。
しかし何よりも「サン・トワ・マミーだ!」歌詞はメチャメチャだし一杯抜けているけれど嬉しそう、これで勝負をかけよう!!
正しい歌詞をiphoneで調べて、日記帳に書き出す。
一緒に歌う。
ちょっと変な所は直してあげると、直ぐ直る。
次は一人で歌って!
「パーフェクト!」直したところが完璧に直っている。昔教えた時よりずっと覚えがいい。
ホーム長さんのお名前を何度言っても直ぐに忘れてしまうのに、今持って行ったばかりのゼリーのことは直ぐ忘れてしまうのに、歌詞とメロディーは覚えている、定着する。
何だか二人で涙出しながら喜んだ。
少しでも記憶が残っているって!!教えた所が記憶として残るなんて!!!
こういうのを希望っていうのかもしれない。
理論的に脳の○○分野だから〜〜云々なんて言われるかもしれないけれど、どうでもいい。彼女の脳に歌が定着した。歌詞が定着した。何も覚えられなかった母が歌詞を覚えた、それだけで最高に嬉しい!
merci beaucoup! 越路吹雪さん!
次は『ラストダンスは私と』だな。
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