ここのところ忙しくて、全くblogを更新できなかった。
書きたいことはたくさんあるのだが、何となく自分の転換期が訪れているようなそんな気がしている。
この5年ほど次々に起きる色々なことは、まるで小説の世界。『半沢直樹』の世界もあれば、『華麗なる一族』の世界もあった。そこに老人介護や認知症の問題まで加わるから、全く退屈しなかった。
2014年7月2日水曜日
2014年3月20日木曜日
¡Ay, Carmela! 〜アイ、カルメーラ!(歌姫カルメーラ)
2014年スペイン語の冬講座は、スペイン映画 "Ay, Carmela!" (日本語のタイトルは『歌姫カルメーラ』というらしい)1990年の作品。
監督は『カラスの飼育』のカルロス・サウラ、主演が『ボルベール』であの幽霊おかあさんをやった、カルメン・マウラ。
前回は『蝶の舌』で1936年、内戦が始まる直前が舞台だったが、今回は1938年、内戦の真っ最中、時代的には、前作の続きになる。そしてその後フランコの独裁政治の時代に突入する。
クラスではそこに当時の芸術家たちがどんなだったかを織り交ぜてまたまた素晴らしい授業になった。
監督は『カラスの飼育』のカルロス・サウラ、主演が『ボルベール』であの幽霊おかあさんをやった、カルメン・マウラ。
前回は『蝶の舌』で1936年、内戦が始まる直前が舞台だったが、今回は1938年、内戦の真っ最中、時代的には、前作の続きになる。そしてその後フランコの独裁政治の時代に突入する。
クラスではそこに当時の芸術家たちがどんなだったかを織り交ぜてまたまた素晴らしい授業になった。
2014年1月18日土曜日
ありえないことが起きた 〜でも、さよならは言わない
ありえないことは、決してありえなくないのだ。
今日の訃報はショックの度合いが超えていた。
何の予感もなかったし、夢も観なかった。
多分ご本人もあれこれ考える間がなかったのだと思う。先週のクラスではとてもお元気だったということだから・・・。
そして、今もまだ信じられない。
老人が天寿を全うするのとは違い、まだ若い先生が突然居なくなった。
いつでも戻れると思っていたのに、もう私のホームがなくなってしまった。あの授業が受けられない。
今日の訃報はショックの度合いが超えていた。
何の予感もなかったし、夢も観なかった。
多分ご本人もあれこれ考える間がなかったのだと思う。先週のクラスではとてもお元気だったということだから・・・。
そして、今もまだ信じられない。
老人が天寿を全うするのとは違い、まだ若い先生が突然居なくなった。
いつでも戻れると思っていたのに、もう私のホームがなくなってしまった。あの授業が受けられない。
2013年9月18日水曜日
『蝶の舌』 〜何故 "La lengua de las mariposas" なのか?
2013年のスペイン語夏講座は『蝶の舌』でした。
大好きな作品で、原作の短編も読んであったので、とても興味深く楽しい8回の授業でした。
原作者のマニュエル・リバスはスペイン、ガリシア地方の作家で詩人でもジャーナリストでもあります。映画監督のホセ・ルイス・クエルダは彼の3つの短編を作品に織り込み(紡ぎ)見事な作品に仕上げました。
ガリシアの美しさ、1936年以前の平和、そしてそれ以後の世界への不安の暗示を子供と老教師というイノセントな組み合わせの中に、美しく、哀しく、強く、優しく、描き出しています。アントニオ・マチャードの詩の響きとともに心に深く浸透してきます。
そこに、映像の美しさと音楽の競演が又作品に命を吹き込み更に忘れられないものに仕上げています。何と音楽はあのアレハンドロ・アメナバル(『海を飛ぶ夢』の監督)です。
大好きな作品で、原作の短編も読んであったので、とても興味深く楽しい8回の授業でした。
原作者のマニュエル・リバスはスペイン、ガリシア地方の作家で詩人でもジャーナリストでもあります。映画監督のホセ・ルイス・クエルダは彼の3つの短編を作品に織り込み(紡ぎ)見事な作品に仕上げました。
ガリシアの美しさ、1936年以前の平和、そしてそれ以後の世界への不安の暗示を子供と老教師というイノセントな組み合わせの中に、美しく、哀しく、強く、優しく、描き出しています。アントニオ・マチャードの詩の響きとともに心に深く浸透してきます。
そこに、映像の美しさと音楽の競演が又作品に命を吹き込み更に忘れられないものに仕上げています。何と音楽はあのアレハンドロ・アメナバル(『海を飛ぶ夢』の監督)です。
2013年4月8日月曜日
紺碧賞 〜早稲田大学オープンカレッジ
賞には全く興味はないのだが、先日4月5日に早稲田大学オープンカレッジの開講式があった。
その会場で150単位以上取得した修了生に紺碧賞という賞を下さるというので友だちの薦めもあって出席してきた。
早稲田の社会人のための講座では、76単位を修了した人は修了生となる。
ここが一つの節目になり、色々特権が与えられるのだが、修了後も勉強を続ける人はたくさんいらっしゃるので、更に150単位取得者には紺碧賞が与えられるということらしい。(今回の出席者、修了生105人、紺碧賞29人)
私は1997年から早稲田での勉強が始まった。もう16年勉強を続けているということなのだ・・いや、驚いた!
小林先生の『女性と文学』とエリザベス・キリタニのシェークスピアシリーズから始まり、キリタニ先生がエクステンションから去られた後、青山南先生の『原文で読むアメリカ短編』に移った。
それと平行して、スペイン語、フランス語、英語を続けていたが、途中から母の介護で長野へ通うようになり、時間の余裕がなくなり、いつの間にかスペイン語だけになってしまった。
けれど、16年間分溜りに溜って150単位を超えたようだ。一科目一年間取って4単位なのだから、随分勉強したことになる。
回りを見ると、若干私は若い感じがした。
皆さま70歳代から80歳の感じだったからだ。
生涯学習は余裕が出てから始める人と、余裕はないけれどどうにか続けたい人とあると思う。途中で姿を消す人、また戻って来る人・・・
今回の授賞式では、スペイン語の友だちが紺碧賞で3人、修了生で4人受賞していた。
みんな良く知っている方々で、早稲田での長い在籍を感じた。
そして、ここにも私の場所があることを思ってとても嬉しかった。
もっときょろきょろしたら、他のクラスで出会った方々ともお会いできたかもしれないけれど、スペイン語の仲間がドバッと目に入り、そこでおしゃべりが始まってしまったので、他を見る余裕がなかった。何と言ってもみんな人懐っこい!のだから。
大学院の学生であった夫とアメリカで暮らしていた頃、私はオープンカレッジに通いながら、日本にもこういうのできないかなあ〜と思っていたが、帰国後友だちから早稲田の存在を知った時の喜びはとても大きかった。
生涯学習の場があるというのは私のような人間には本当に幸せだ。
母の介護とともに、ボチボチ続けていこうと思う。そう言えば、誰かが言っていた、
「今度は300単位かな?」って!
その会場で150単位以上取得した修了生に紺碧賞という賞を下さるというので友だちの薦めもあって出席してきた。
早稲田の社会人のための講座では、76単位を修了した人は修了生となる。
ここが一つの節目になり、色々特権が与えられるのだが、修了後も勉強を続ける人はたくさんいらっしゃるので、更に150単位取得者には紺碧賞が与えられるということらしい。(今回の出席者、修了生105人、紺碧賞29人)
私は1997年から早稲田での勉強が始まった。もう16年勉強を続けているということなのだ・・いや、驚いた!
小林先生の『女性と文学』とエリザベス・キリタニのシェークスピアシリーズから始まり、キリタニ先生がエクステンションから去られた後、青山南先生の『原文で読むアメリカ短編』に移った。
それと平行して、スペイン語、フランス語、英語を続けていたが、途中から母の介護で長野へ通うようになり、時間の余裕がなくなり、いつの間にかスペイン語だけになってしまった。
けれど、16年間分溜りに溜って150単位を超えたようだ。一科目一年間取って4単位なのだから、随分勉強したことになる。
回りを見ると、若干私は若い感じがした。
皆さま70歳代から80歳の感じだったからだ。
生涯学習は余裕が出てから始める人と、余裕はないけれどどうにか続けたい人とあると思う。途中で姿を消す人、また戻って来る人・・・
今回の授賞式では、スペイン語の友だちが紺碧賞で3人、修了生で4人受賞していた。
みんな良く知っている方々で、早稲田での長い在籍を感じた。
そして、ここにも私の場所があることを思ってとても嬉しかった。
もっときょろきょろしたら、他のクラスで出会った方々ともお会いできたかもしれないけれど、スペイン語の仲間がドバッと目に入り、そこでおしゃべりが始まってしまったので、他を見る余裕がなかった。何と言ってもみんな人懐っこい!のだから。
大学院の学生であった夫とアメリカで暮らしていた頃、私はオープンカレッジに通いながら、日本にもこういうのできないかなあ〜と思っていたが、帰国後友だちから早稲田の存在を知った時の喜びはとても大きかった。
生涯学習の場があるというのは私のような人間には本当に幸せだ。
母の介護とともに、ボチボチ続けていこうと思う。そう言えば、誰かが言っていた、
「今度は300単位かな?」って!
2013年2月14日木曜日
El Principíto (星の王子さま)〜蛇はamiga?それともmala?
スペイン語のパトリシア先生との勉強会で"El Principíto"(星の王子さま)をやった。
(原文のフランス語に近い言語で読んでみよう!)
2章と21と26章を中心にやったのだが、結局全部読んでしまった。
日本人ほど、この作品が好きな人種はいないのだそうだ。
高校生の頃、英語で読んだ。そして我が家には、フランス語、英語、そしてスペイン語の王子さまがあり(日本語もあったはずなのだが・・・どこ?)、更に、サンテグジュペリに関する本は山のようにある。(ちょっとオオゲサかも・・小山くらいかな?)
勉強会で色々あったうちの面白い論点が、「蛇は友だち(amiga)か、それとも悪者(mala)か?」だった。
先生が "serpienteはもうdomesticadoされてる?それともprincipítoを騙しているだけ?さあ、みんなで話し合ってみて!"
我々のグループは、女性5人、男性1名。
女性陣が友だち、あるいは少なくても悪い奴じゃないという意見、
男性が一人頑張る、
「蛇は悪い奴に決まっている、昔からそういうものだ」などと言いながらmalaに一票!
「蛇は狡猾のイメージがあるかもしれないけれど、知恵があって賢いとも言えるわ〜」
と、ロマンチストとリアリストに分かれた。
蛇は王子さまが地球に降り立った時、最初に出会った生き物だ。(17章)
人っ子一人居ない、砂漠のど真ん中で、地面を這っている見たこともない奇妙な生き物に向かって、王子さまが「何にもなくて寂しいね」、と言うと、
「たくさんの人と居たって寂しいよ」と、なかなか意味深いことを言う。多分今までの経験から、そんな答えが出たのだろう。蛇は一人ぽっちだった。
『ただの人』と、『関係を持った関わったことのある人』との違いだ。
serpienteとprincipítoはこの章で、ちょっと関わりを持ったのだ。蛇にとって、王子さまとの出会いは、その他の『たくさんの人と居る』だけの意味合いとは少し違う『関わり』があったのではないだろうか? それは王子さまが何かを求めて語りかけるから・・・その蛇に聞いているから。
キツネに言わせると、domesticado(飼いならすと訳されているけれど)の意味は、"crear lazos" (絆を作る)ということなのだそうだから。時間と労力をかけたそこの過程を通り過ぎないとamigoはできない。
だから26章で、毒を持った蛇が王子さまに噛み付いて魂をバラが待つ彼のplanetaに戻してあげる手伝いをしたのは、少なくとも悪意からではなく、静かなクールな好意からだと私は思った。
さて、どうしても引っかかったのは、domesticadoという言葉。
原書でも、"apprivoiser" という単語が使われています。
意味は同様に、飼いならす、従順にする、手なずける、慣れる・・・。
そして、キツネが言う飼いならすことの意味は、créer des liens..
でも、私にとっては、飼いならすという言葉からは、むしろか家畜化したり、上下、あるいは主従の関係があるような響きがあって、馴染めません。飼いならした後に、上下関係ができてしまうような気がするからです。
英語でも、 "tame"という単語が使われています。
言語の違いなのでしょうか?(日本語で今回は読んでないので、どう訳されているかは確認してありませんが・・)
サンテグジュペリさんにお聞きしてみたいです。
*
「友だちが欲しかったら、まず、ボクを手なずけてごらん!」
el zorro(キツネ)になったつもりで言ってみると、心の中で『おまえにできるものならやってみろよ』と思いながら、手なずけられる方が挑戦している感じでむしろ上から目線、そして王子さまが手なずけたらそこで上下が逆転するのではなく、『対等』になるのだとしたら、domesticadoも悪くないのか・・・
自分がキツネになってみたら、サンテグジュペリさんにお聞きする前に納得しました。
ああ、楽しかった!
2012年9月11日火曜日
¡Qué agradable! 〜ha terminado la clase
"La casa de los espíritus"の映画のクラスが今日で終わった。
すごい迫力だった。同じ大作でも、こういう奥深い作品は大好きだ。
それに、ラテン系の作品ならではのマヒコの世界の面白さもふんだんだ。
私は、原書と、木村榮一さんの日本語訳の『精霊たちの家』とスペイン語の映画とスクリプトの四本立てで行ったが、本当に充実したクラスだった。
スクリプトから原書にある部分を拾って読み進めて行くと、映画のストーリーが出来上がる。ブランカとアルバがくっつき、ペドロとミゲルがくっついたが、決してもとの作品を損なうことなく、うまく仕上がっていた。
イサベル・アジェンデの処女作ということだが、そのスケールの大きさに改めて感動した。彼女の背後に実話があり、チリの歴史があり、大統領サルバドール・アジェンデの親族で亡命せざるをえない状況であったがゆえの苦しみの末に書けた作品だと思う。この作品は彼女以外には書けないのだから。
改革派が長年続いた保守派を倒し、アジェンデ政権が誕生し、その後クーデターでピノチェトに倒されるという、激動の時代だ。
エステバンは野心家で、自分の思う通りに生きてきたが、その強さの為に多くの罪を犯した。そしてその罪により生じた恨みから来る復讐の連鎖が、復讐心が復讐を産み、自分に返ってくるのではなく、家族や自分の周りの大切な人々に及び、それが孫の代まで続くという事実に直面する。
しかし、その間娘のブランカもやはり自分の生き方を貫く為に父親と対立し続ける。逆に考えると彼女の行動が同様に父親を苦しめているということにも通じる。
結局、家族を失い、権力を失ったエステバンは自分が犯した罪の大きさに気づき、心から悔い、苦しみ、娘をどうにか救ってあげたいとプライドを捨て頭を下げ、奔走することになる。
娘のブランカも精霊になった母のクラーラの助けを借りながら戦い抜き、父のせいで自分にふりかかった非常に痛ましい復讐の連鎖を勇気を持って断ち切るのだが、、、そう、誰かが勇気を持って恨む事をやめないと、一生戦いが続く事になる。
死ぬまで夫に口をきかなかったクラーラが、絶望のブランカに向かって「憎んではいけないわ、あなたのお父様は決して根っから悪い人間なのではなく、エネルギーがありすぎる(demasiada energía)だけなのよ。だから私は今でも愛しているのよ。」と言う場面が忘れられない。
メリル・ストリープのクラーラはとても素敵だ。特に精霊になってからの彼女の存在感は私たちの心まで包んでくれる。「死ぬということは、産まれることと同じなのだ」と。
"憎んではいけない" 、これは日常の小さなことでも同じだと思う。
私たちの心の中にチリの国家の小さくなった部分が存在しているのではないだろうか?
そしてみんな自分のところで、その "la cadena de venganza " (復讐の連鎖)を断ち切って行かねばならないのだと。だってブランカが受けた仕打ちに比べたら、自分の心の中での仕打ちはまだまだ打ち勝てるものかもしれないのだから・・・。
キャスティングは本当に見事だった。いや〜な人は、私の憎しみが移るくらい嫌でぞっとしたし、アルバの清楚さには心が浄化された。ペドロの父親は心から信頼できたし、クラーラとフェルーラには脱帽だ。
そして、エステバン役の、ジェレミー・アイアンズは若い頃の彼を見るとビックリしてひっくり返りそうになるほど見事に演じきった。
パトリシア先生、¡Muchas gracias!
すごい迫力だった。同じ大作でも、こういう奥深い作品は大好きだ。
それに、ラテン系の作品ならではのマヒコの世界の面白さもふんだんだ。
私は、原書と、木村榮一さんの日本語訳の『精霊たちの家』とスペイン語の映画とスクリプトの四本立てで行ったが、本当に充実したクラスだった。
スクリプトから原書にある部分を拾って読み進めて行くと、映画のストーリーが出来上がる。ブランカとアルバがくっつき、ペドロとミゲルがくっついたが、決してもとの作品を損なうことなく、うまく仕上がっていた。
イサベル・アジェンデの処女作ということだが、そのスケールの大きさに改めて感動した。彼女の背後に実話があり、チリの歴史があり、大統領サルバドール・アジェンデの親族で亡命せざるをえない状況であったがゆえの苦しみの末に書けた作品だと思う。この作品は彼女以外には書けないのだから。
改革派が長年続いた保守派を倒し、アジェンデ政権が誕生し、その後クーデターでピノチェトに倒されるという、激動の時代だ。
エステバンは野心家で、自分の思う通りに生きてきたが、その強さの為に多くの罪を犯した。そしてその罪により生じた恨みから来る復讐の連鎖が、復讐心が復讐を産み、自分に返ってくるのではなく、家族や自分の周りの大切な人々に及び、それが孫の代まで続くという事実に直面する。
しかし、その間娘のブランカもやはり自分の生き方を貫く為に父親と対立し続ける。逆に考えると彼女の行動が同様に父親を苦しめているということにも通じる。
結局、家族を失い、権力を失ったエステバンは自分が犯した罪の大きさに気づき、心から悔い、苦しみ、娘をどうにか救ってあげたいとプライドを捨て頭を下げ、奔走することになる。
娘のブランカも精霊になった母のクラーラの助けを借りながら戦い抜き、父のせいで自分にふりかかった非常に痛ましい復讐の連鎖を勇気を持って断ち切るのだが、、、そう、誰かが勇気を持って恨む事をやめないと、一生戦いが続く事になる。
死ぬまで夫に口をきかなかったクラーラが、絶望のブランカに向かって「憎んではいけないわ、あなたのお父様は決して根っから悪い人間なのではなく、エネルギーがありすぎる(demasiada energía)だけなのよ。だから私は今でも愛しているのよ。」と言う場面が忘れられない。
メリル・ストリープのクラーラはとても素敵だ。特に精霊になってからの彼女の存在感は私たちの心まで包んでくれる。「死ぬということは、産まれることと同じなのだ」と。
"憎んではいけない" 、これは日常の小さなことでも同じだと思う。
私たちの心の中にチリの国家の小さくなった部分が存在しているのではないだろうか?
そしてみんな自分のところで、その "la cadena de venganza " (復讐の連鎖)を断ち切って行かねばならないのだと。だってブランカが受けた仕打ちに比べたら、自分の心の中での仕打ちはまだまだ打ち勝てるものかもしれないのだから・・・。
キャスティングは本当に見事だった。いや〜な人は、私の憎しみが移るくらい嫌でぞっとしたし、アルバの清楚さには心が浄化された。ペドロの父親は心から信頼できたし、クラーラとフェルーラには脱帽だ。
そして、エステバン役の、ジェレミー・アイアンズは若い頃の彼を見るとビックリしてひっくり返りそうになるほど見事に演じきった。
パトリシア先生、¡Muchas gracias!
2012年8月27日月曜日
夏講座:La casa de los espíritus 〜精霊たちの家(映画)
スペイン語の夏講座はイサベル・アジェンデの『精霊たちの家』の映画です(邦題『愛と精霊の家』)。本もとても面白かったですが、映画もとても良くできています。
もう10年越しで勉強を続けている、"La tregua"の翻訳仲間たちと一緒にパトリシア先生に是非又映画をやって欲しいと、頼み込みました。そして今年の夏はそれが叶ったのでみんな大喜びです。
『カテリーナ』、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、"Lista de espera" (邦題は『バスを待ちながら』)に続く4作目が "La casa de los espíritus" です。
今までやってきたどの作品も素晴らしく、とにかくクラスが楽しく、みんな自分からすすんでとても良く勉強するので、その充実感は最高です。
まず、前の週の終わりに観て、配られたスクリプトの場面の再チェックです。
ポイントになる言葉やわからない言葉の意味、使い方などをチエックしながら、映画の内容や、バックグラウンドになる文化や文法や・・・とにかく盛りだくさんの内容をこなします。息を継ぐ間もないほど、機関銃のように次から次へとプリントや考えた事やディスカッションが続きます。
はっと気が付くともう2時間が終わりそう! あわてて次回の場面を観ます。後、先生が起こしてくれた翌週の場面のスクリプトが配られます。
2時間20分近くある映画を8回で終わらせようとしているのだから、のんびりしてはいられません。2時間が3時間分くらいの濃い内容の感じがします。
その上、欲張りにもチリの文化や政治のことまで勉強して行くので、頭がフル回転、授業が終わった時にはクタクタです。
最後に配られたスクリプトを使って次の週までに言葉の意味を調べたり聞き取れなかった箇所を掘り下げたり・・you tube を使って繰り返し場面を観て耳を慣れさせたり・・・と準備をしてきます。
すると、次の授業では聞き取りがとてもスムーズにできるので、ビックリです。一週間でスペイン語が上達したような錯覚に陥ります。
しかも、原書を持っている人もたくさんいるので、映画と合わせながら頑張って読み進めています。作品のポイントがもっと深く分かります。
この映画は、特に人物構成は原作をかなり改造してあるのですが、内容的にはとても上手に改造してあると思います。原作と一緒に読んで行くとエピソードの入れ方などに違和感がないのが不思議です。
何しろ女性三代にわたるファミリーの歴史を背負った作品なのでそのまま描いていたら大河ドラマなみ、イタリア映画の『輝ける青春』みたいに6時間も7時間もかかっても終わらないことになるので、映画としては質を維持しつつうまくまとめていると思います。
クララ(メリル・ストリープ)の最初の場面は無理若でしたが、今は丁度良い感じで素敵に歳を重ねています。トゥルエバ(ジェレミー・アイアンズ)の演技が光っています。
そして妹のフェルーラ役のグレン・クロースがいい味を出しています。
クラスも後半に入り、あと3回です。
楽しみ、楽しみ!
もう10年越しで勉強を続けている、"La tregua"の翻訳仲間たちと一緒にパトリシア先生に是非又映画をやって欲しいと、頼み込みました。そして今年の夏はそれが叶ったのでみんな大喜びです。
『カテリーナ』、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、"Lista de espera" (邦題は『バスを待ちながら』)に続く4作目が "La casa de los espíritus" です。
今までやってきたどの作品も素晴らしく、とにかくクラスが楽しく、みんな自分からすすんでとても良く勉強するので、その充実感は最高です。
まず、前の週の終わりに観て、配られたスクリプトの場面の再チェックです。
ポイントになる言葉やわからない言葉の意味、使い方などをチエックしながら、映画の内容や、バックグラウンドになる文化や文法や・・・とにかく盛りだくさんの内容をこなします。息を継ぐ間もないほど、機関銃のように次から次へとプリントや考えた事やディスカッションが続きます。
はっと気が付くともう2時間が終わりそう! あわてて次回の場面を観ます。後、先生が起こしてくれた翌週の場面のスクリプトが配られます。
2時間20分近くある映画を8回で終わらせようとしているのだから、のんびりしてはいられません。2時間が3時間分くらいの濃い内容の感じがします。
その上、欲張りにもチリの文化や政治のことまで勉強して行くので、頭がフル回転、授業が終わった時にはクタクタです。
最後に配られたスクリプトを使って次の週までに言葉の意味を調べたり聞き取れなかった箇所を掘り下げたり・・you tube を使って繰り返し場面を観て耳を慣れさせたり・・・と準備をしてきます。
すると、次の授業では聞き取りがとてもスムーズにできるので、ビックリです。一週間でスペイン語が上達したような錯覚に陥ります。
しかも、原書を持っている人もたくさんいるので、映画と合わせながら頑張って読み進めています。作品のポイントがもっと深く分かります。
この映画は、特に人物構成は原作をかなり改造してあるのですが、内容的にはとても上手に改造してあると思います。原作と一緒に読んで行くとエピソードの入れ方などに違和感がないのが不思議です。
何しろ女性三代にわたるファミリーの歴史を背負った作品なのでそのまま描いていたら大河ドラマなみ、イタリア映画の『輝ける青春』みたいに6時間も7時間もかかっても終わらないことになるので、映画としては質を維持しつつうまくまとめていると思います。
クララ(メリル・ストリープ)の最初の場面は無理若でしたが、今は丁度良い感じで素敵に歳を重ねています。トゥルエバ(ジェレミー・アイアンズ)の演技が光っています。
そして妹のフェルーラ役のグレン・クロースがいい味を出しています。
クラスも後半に入り、あと3回です。
楽しみ、楽しみ!
2012年6月17日日曜日
一番の元気印だったのに!
友だちが亡くなったのは高校の時以来だ。
今朝、私の携帯に登録してない人から電話がかかって来た時、何となく分かった。
そして相手がお名前をおっしゃった時、訃報だと感じた。
ご主人とは面識がなく全く初めてお話したが、奥様が亡くなられたばかりなのにとても落着いていらして、配慮のある感じの良いご主人だった。
いつも彼女から話しを聞いていたから、何となく親しみを感じた。
そして、私もとても落着いて事実を受け留めたのだが、、、理解はできたのだけれど、信じられなかった。
彼女は稀にみるマイペースの女性で、上智のKevinのクラスで13年おつきあいした女性だった。初めてクラスに参加したときの同期が男性2、女性2人の計4人いたのだが、そのうちの一人だった。4人ともその後もずっとクラスを取っていたし、それ以前から取っていた友だちもそのクラスで出会った人々は今でもとても仲が良い。
どんと構えていて何にも動じず、いつも少しずつズレていてむしろかなり鈍感に見えるのだが、意外にもとても鋭い感性を持っていて、人を見抜いたり、その時の落とし穴を指摘する能力はなかなかだった。(興味あることに偏ってはいたが)
13年前の最初のクラスの映画は『フライド・グリーン・トマト』。今までのベストと言える程面白いクラスだった。
何故か彼女は私になついていて、(私より年上)いつも授業の後に「あそこのあれね、こういうことよね?」「あれはこういう意味でしょ?」必ず私をつかまえて聞くのだが、合っている試しがなかった。あまりズレているので少々うっとおしくもないではなかったが、いつの間にか無言の信頼関係のある10年を超える付き合いになってしまった。
人のことなど全く気にすることなく、いつものびのびマイペースで、辛口の発言も平気だった。
私があまり率直に物を言うので、その裏表のなさが気に入ったのか、「ソラさんの居ないクラスは、つまらない・・」と私が講座を取らないといつもキャンセルしていたほどだ。
今年の4月、私は母のことがあるので今回もクラスを取ることができなかった。
ある日珍しくまぶしいほど鮮明に彼女の夢を観たので、すぐにメールした。
「あなたの夢をみました。とてもお元気そうで・・・・・・今回もおやすみします〜」と、しかし返事が来なかった。
彼女は気まぐれだからそんな時もあるのだが、少し遅れても必ず返事はくれたし、講座の合間には必ず連絡をくれていたから、へんだなあ〜と思っていた。
いつも楽天的で、「なに、あの3畳一間って、しょぼくれた世界ねえ。あたくし嫌だわ」とかぐや姫の神田川や赤ちょうちんの歌のことをすか〜〜んと文句言っていた。あれはわれわれ世代のバイブルみたいな曲なのに、彼女には全く縁がなかった。
「それに、何よ銭湯なんて、とんでもない!貧乏臭くて嫌!」
あの夢の中の思いっきり元気な彼女が、最後に私が見た彼女になってしまった。とびきり生き生きしていて私にはっぱかける。イメージがまだ鮮明に刻まれている。
「ソラさん、野菜ばっかり食べているから、直ぐ捻挫するのよ。かまぼこお食べなさい!」
「大丈夫、息子さんは絶対大丈夫よ!お嬢さんもね」
「なんで私にだけ言わないのさ?」と一度大事な報告を彼女の口から直接聞かなかった時に文句言ったことがある。
彼女の答えはこうだった、「そんなこと恥ずかしくて言えないわよ、そういうことは一番大事な人には最後でいいの、しかもどこかの誰かからそれとなく耳に入ればね。」
F子さま、本当にもういないの?
今朝、私の携帯に登録してない人から電話がかかって来た時、何となく分かった。
そして相手がお名前をおっしゃった時、訃報だと感じた。
ご主人とは面識がなく全く初めてお話したが、奥様が亡くなられたばかりなのにとても落着いていらして、配慮のある感じの良いご主人だった。
いつも彼女から話しを聞いていたから、何となく親しみを感じた。
そして、私もとても落着いて事実を受け留めたのだが、、、理解はできたのだけれど、信じられなかった。
彼女は稀にみるマイペースの女性で、上智のKevinのクラスで13年おつきあいした女性だった。初めてクラスに参加したときの同期が男性2、女性2人の計4人いたのだが、そのうちの一人だった。4人ともその後もずっとクラスを取っていたし、それ以前から取っていた友だちもそのクラスで出会った人々は今でもとても仲が良い。
どんと構えていて何にも動じず、いつも少しずつズレていてむしろかなり鈍感に見えるのだが、意外にもとても鋭い感性を持っていて、人を見抜いたり、その時の落とし穴を指摘する能力はなかなかだった。(興味あることに偏ってはいたが)
13年前の最初のクラスの映画は『フライド・グリーン・トマト』。今までのベストと言える程面白いクラスだった。
何故か彼女は私になついていて、(私より年上)いつも授業の後に「あそこのあれね、こういうことよね?」「あれはこういう意味でしょ?」必ず私をつかまえて聞くのだが、合っている試しがなかった。あまりズレているので少々うっとおしくもないではなかったが、いつの間にか無言の信頼関係のある10年を超える付き合いになってしまった。
人のことなど全く気にすることなく、いつものびのびマイペースで、辛口の発言も平気だった。
私があまり率直に物を言うので、その裏表のなさが気に入ったのか、「ソラさんの居ないクラスは、つまらない・・」と私が講座を取らないといつもキャンセルしていたほどだ。
今年の4月、私は母のことがあるので今回もクラスを取ることができなかった。
ある日珍しくまぶしいほど鮮明に彼女の夢を観たので、すぐにメールした。
「あなたの夢をみました。とてもお元気そうで・・・・・・今回もおやすみします〜」と、しかし返事が来なかった。
彼女は気まぐれだからそんな時もあるのだが、少し遅れても必ず返事はくれたし、講座の合間には必ず連絡をくれていたから、へんだなあ〜と思っていた。
いつも楽天的で、「なに、あの3畳一間って、しょぼくれた世界ねえ。あたくし嫌だわ」とかぐや姫の神田川や赤ちょうちんの歌のことをすか〜〜んと文句言っていた。あれはわれわれ世代のバイブルみたいな曲なのに、彼女には全く縁がなかった。
「それに、何よ銭湯なんて、とんでもない!貧乏臭くて嫌!」
あの夢の中の思いっきり元気な彼女が、最後に私が見た彼女になってしまった。とびきり生き生きしていて私にはっぱかける。イメージがまだ鮮明に刻まれている。
「ソラさん、野菜ばっかり食べているから、直ぐ捻挫するのよ。かまぼこお食べなさい!」
「大丈夫、息子さんは絶対大丈夫よ!お嬢さんもね」
「なんで私にだけ言わないのさ?」と一度大事な報告を彼女の口から直接聞かなかった時に文句言ったことがある。
彼女の答えはこうだった、「そんなこと恥ずかしくて言えないわよ、そういうことは一番大事な人には最後でいいの、しかもどこかの誰かからそれとなく耳に入ればね。」
F子さま、本当にもういないの?
2012年2月8日水曜日
豊かな人材
1997年からW大学のエクステンションの講座を取っている。
もう15年になるということか・・・
これまでに、随分色々な方々にお会いして来た。そして講座毎にタイプがあったり、馴染んだり駄目だったり・・・色々だったが、豊富な人材に恵まれている。
2000年からスペイン語を学んでいる。そしてスペイン語で出会った方々が一番気だてが良くて明るく、人懐っこくて自分に取っては馴染める方々が多かった。
昨日、久しぶりに皆さまと先生抜きでお会いして思った。
『何と個性的な方々が多いのだろう?』あまりアグレッシブな人には出会わなかった。どちらかというと人のために尽くし献身的な人が多かった。
しかも楽天的で明るい!
そして可笑しいのは、あのクラスで出会ったのに、このクラスのあの人が知っていて、だから友達の友だちで又友だちになってしまい、どんどん人の輪が広がって行った。
よって、クラスは違ってもみんな友だち!
不思議と嫌な人がいない。そしてみんな可笑しいくらい個性的!性格もそうだが、やってることがなかなか面白い。鳥博士、語学の達人、お菓子作りの名人、87歳の技術者、学者負けの洞察力の元商社マン、プロの翻訳家なみの素人翻訳家、ダンサー、フラメンコのカンタータ、染織家、画家、できる限りどこへでも応援に行く西武ライオンズのファン、元商社マンの中学の校長先生、、、あげていると切りがない。
だから楽しい。
私もその豊かな人材の仲間入りをしたいのだが、どんな風に形容したら良いのだろう?
『何の取り柄もないけど、居るとクラスが面白くなる人』『居ないと何となく寂しい人』
こんなところかな?
2011年1月11日火曜日
スペイン語冬講座開始! ¡Vamos a estudiar!
今日から冬講座がスタートした。
私たちの本来の先生、パトリシア先生の講座だ。
久しぶりの仲間との再会、何と寛げるメンバーたちだろう。元気を一杯もらえる。
そして、いっぱい笑える。
勉強できる喜びを噛みしめて、今年も頑張ろうと思う。
すらすらディベートできるようになるといいけれど、まだ頭がオバババージョンだ。 やれやれ・・・
私たちの本来の先生、パトリシア先生の講座だ。
久しぶりの仲間との再会、何と寛げるメンバーたちだろう。元気を一杯もらえる。
そして、いっぱい笑える。
勉強できる喜びを噛みしめて、今年も頑張ろうと思う。
すらすらディベートできるようになるといいけれど、まだ頭がオバババージョンだ。 やれやれ・・・
2010年9月28日火曜日
秋講座スタート ~vamos a estudiar~
夏休みも終わり、いよいよ今日から秋講座が始まった。
スペイン語だ。もう10年もやっている。
いつも夏講座も取っているのに、この夏はあまりにも色々あって、取れなかった。
そして、むしろ取らなくて良かったと思う。
が、、、しかしなのだ、頭の中が空っぽ!
『オズの魔法使い』のかかしさん状態、つまり "cabeza vacía" だ。
まるでスペイン語が出てこない。
しかしフランシスコも英語が混じっていたから、まっ、いいか!
クラスメイトの面々も元気なお顔を見せてくれた。すぐにいつものペースになる。
プロフェソーラ・ジーナの元気なパワーに久々のご対面!やっぱど迫力!!
夏の疲れも吹っ飛んで、又大笑いして過ごせるだろう。
元気をいっぱいもらって、踏ん張ろう。人生の踏ん張り時なのだから。
うんしょ、うんしょ!
スペイン語だ。もう10年もやっている。
いつも夏講座も取っているのに、この夏はあまりにも色々あって、取れなかった。
そして、むしろ取らなくて良かったと思う。
が、、、しかしなのだ、頭の中が空っぽ!
『オズの魔法使い』のかかしさん状態、つまり "cabeza vacía" だ。
まるでスペイン語が出てこない。
しかしフランシスコも英語が混じっていたから、まっ、いいか!
クラスメイトの面々も元気なお顔を見せてくれた。すぐにいつものペースになる。
プロフェソーラ・ジーナの元気なパワーに久々のご対面!やっぱど迫力!!
夏の疲れも吹っ飛んで、又大笑いして過ごせるだろう。
元気をいっぱいもらって、踏ん張ろう。人生の踏ん張り時なのだから。
うんしょ、うんしょ!
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