2015年7月25日土曜日

叔父のこと 〜偕成社の少女世界文学全集

母は93歳、いささかボケながらもホームで元気に暮らしている。
昨日、母の弟が亡くなって、叔母から訃報をもらった。つまり私の叔父だ。












母とは10歳近く離れていたので、若い叔父がよく信州の我が家にやってきたのを覚えている。
最近は核家族化のせいで自分の家族の密接なつながりに比べ、叔父伯母や従兄弟などはあまりコンタクトが無くなってきているが、私の若い頃は、父の性格のせいもあったが、親戚付き合いがとても盛んだった。いつももみくちゃになって土手を走りまわって従兄弟たちと遊んでいた。
そういえば、年頃の仲間は全員男の子で、一番年下の私はいつも男の子にくっついて遊んでいたものだ。

それに比べ、母方は静かで親戚同士の付き合いはそれほど盛んではなかった。母には弟が二人、父は12人兄姉の末っ子だった。
父の家はがさつなお人好し、いわゆる庶民で、母の家は教師などが多い田舎の旧家の出だった。

多くの両叔父叔母の中で、この叔父だけが、インテリジェントで学術的な教養分野の風を我が家に運んできてくれた。叔父は工学部出身だったので、部屋には工学系の本がいつも積まれていた。
まるで漱石の世界の書生さんみたいだった。

私は文学少女だった。
一人の時はいつも本を読んでいるような女の子で、勉強が好きだった。
叔父はよく病気をしたので、母は入院中の看病に行ったり、色々世話をしていたので我が家を訪問する機会も多かった。

そんな時、叔父は来る度に、私に本を一冊必ず持ってきてくれた。当時田舎の親戚はお菓子や取りたて野菜のお土産がせいぜい、そんな中でまだ小さな小学生だった女の子の私にとって、叔父のお土産はちょっと大人びていて印象的だった。

来る前に必ず書店で本を一冊選んで買ってきてくれるのだ。
それが偕成社の少女世界文学全集だった。

若草物語、あしながおじさん、少女パレアナ、ジェーン・エア、嵐が丘、春の嵐・車輪の下、沼の家の娘、スペードの女王、レベッカ、母の曲、風車小屋便り・・・まだまだある。家の書棚にずらりと並んで、白地に赤い文字のかたまりが私の成長とともに少しずつ増えて行った。

叔父が東京に勤め、結婚して本は来なくなったけれど、私の本好きはそのまま残った。

大人になってもその知識欲の旺盛さと本好きの基礎を築いてくれた叔父からの素晴らしい贈り物だった。

正二おじさん、ありがとうございました。



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