2023年5月29日月曜日

『街とその不確かな壁』by 村上春樹 〜力作です 影は何?


 

村上春樹『騎士団長殺し』以来6年ぶりの新刊を読み終えた。前作があまり好きではなかったのでピークを過ぎてしまったのかと心配していたが、今回は完成度が高くとても良かった。

壁に囲まれた街の描写の時は頭の中の世界に現実味を与えるために簡単な地図を描いて地形を頭に入れながら読み進めた。少しずつ地図が出来上がって行った。時系列をつかむために季節や年齢に関してメモを作りながら・・。


その街は東西に川が流れていて、北門が外の世界との唯一の出入り口で、単角獣が出入りし門衛がいる。東門は塞がれている。南の端に溜まりがあり、石灰岩の洞窟がある。街の人々にとってこの場所は恐ろしい場所なのだ。東橋からここへ辿り着くのは数々の難所があって大変だ。

一回読んだだけではリアルの世界と壁の街の時系列がよくつかめず、読み直しながらメモを作った。去年の夏に知り合いになった影のきみとリアルのぼくは16歳と17歳。壁の街のことをきみから知った。そこには影はないけれど本当のきみがいるらしい。秋になってきみからの連絡が途絶え、12月に長文の最後の手紙を受け取る。

連絡が途絶えたままぼくは東京の大学生になり、5年かけて卒業し、書籍取次会社に就職する。その間きみのことは頭から離れない。ずっと探し求めていた。

23年経ち40歳になり、45歳の誕生日を過ぎた頃穴に落ちる。壁の街の北門近くの穴だ。自分の意思で街に入ることを承諾し、門衛に影を引き離され、眼を傷め、壁の街の図書館で夢読みを始める。そこには本物のきみがいる。もちろんぼくのことは知らない。

壁の街に住み始めた頃、影のない本物のきみはまだ16歳のままで、影を失ったぼくははるか年上の男性。おそらく45歳くらい。

秋から冬になり、引き離された影がだいぶ弱ってきたので、影から街を出ないかと誘いの申し出がある。影と合体すれば影は元気になり存続できる。ぼくは街を出る決心をして、影とともに南の端の溜まりに行くのだがそこで別の決心をし、影だけが脱出してぼくは街に残ったらしい。あるいはぼくが二つに分かれてしまい、半分は影と一緒にリアルの世界に行き、半分が影なしのまま残ったのかもしれない。その辺は謎のままだ。この間、壁の街での滞在は秋冬のみ。

リアルの世界ではぼくは会社をやめ、東北の田舎の不思議な図書館の館長さんになる。影もあるので脱出成功したのだと思ったのだが、まだ壁の街にはぼくが残っているらしい。

そこで少し頭の中がこんがらがる。リアルの世界のぼくは、最初に出会ったきみのように影のぼくなのだろうと思いながら読んでいた。しかし、このぼくは街での暮らしのことを知っている。記憶があるのだ。もちろん戻ってきてからの街のことはわからない。影だけのぼくではなく、リアルのぼくの意識のようなものが共にこちらでも存在しているような感じがする。いずれにせよ影と街に残ったリアルのぼくは、パラレルに、あるいは時々交差して進んでいるみたいだ。もっとも一方は時間のない世界だが・・

リアルの世界のイエローサブマリンのパーカーを着た男の子の失踪事件とぼくの耳が噛まれた時がほぼ同時進行しているので、やはり何らかの意思が働き、時間が入り乱れ、時空が捩れるような感覚が生じている。壁の街とリアルの世界が共有する接点を持つ。深い意識の中で。両者に起きたかじられた耳の痛みと共に。

少年はパジャマのまま何も持たずにまるで神隠しにあったように家から消えたのだが、壁の街に現れた時にはやはりその子のアイデンティティーであるイエローサブマリンのパーカーを着ていた。あの深い森の夢の中で木彫りの影にパーカーを残してきたのだが・・・何か意味があるのだろうか?

あちら側とこちら側の時の流れが頭に入り、ずいぶんスッキリした。一回目に読んだ時の読み落とした部分がつながり疑問に思っていたことが解決し、しっかりした骨組みになった。

春の訪れと共に、春の野原に出た若い兎や自由に空を飛んでゆく鳥のように、閉じこもっていたぼくの内側から出てくる力につき動かされ、バラバラだった意識と心が合体してぼくは壁の街から本当の世界に向かって飛び立つ。そうしたいと思ったから。その原動力になったのは、リアルの世界の影のぼくとコーヒーショップの彼女との出会いも関係していると思う。影のきみへの思いから解放され新しいつながりが心のバランスを取ったのだろう。

イエローサブマリンのパーカーの少年の助けを借りて。影とコーヒーショップの彼女が待つリアルの世界へ。そしてついに実体を伴った自分自身になる。


毎朝ウォーキングをしているのだが、太陽を背に受けて自分の影と共に歩くことになる。急に影のことが気になり、影を見るたびにこの作品を思い浮かべて不思議な気持ちになる。確かに影がある。私より遥かに大きく長細い影だ。一緒に動く。私には体があって生きているのだろう。でも語りかけても答えてくれない。前に行ったり後ろに回ったり消えたりしながら、ひたすら連れ添ってくれるだけだ。



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