73歳の今、コロナ禍を通して色々考えた時、記憶というものがいかに頼りないか思い知った。「私は記憶力だけは自信がある・・・」などと思っていた時もあったが、最近は記憶が前後左右し、入れ違ったりミックスしてしまったり、消えてしまったり・・思いがけない体験をし、ショックだった。何が本当なのかわからなくなる。人に聞いてもその人の記憶も怪しいので、記録してなければ永遠にわからないものになってしまうだろう。
まあ、ほとんどのことはそれでもいいのだが・・・困ることもある。
久しぶりに以前書いておいた旅行記を読み直してみた。パリの一人旅と銀婚式の年に当たる夫とのヨーロッパの旅の話である。
「うわあ〜、楽しい!!もう一度旅をしているみたいだ」「この時の空気が伝わってくる。匂いまで蘇る・・」
記憶が怪しくなることを実感し始めたこの歳になると、旅行記の中には写真だけでは味わえない宝物のような世界があり、完璧な旅のやり直しをしてしまった。文字の持つ力は侮れない。記憶が新しいうちにもっと書いておけば良かったとつくづく思うのだった。旅行記はまさに『記憶の宝庫』だ。
結婚したばかりの数年のアメリカ生活はまだパソコンが普及されていないので、原稿用紙に収まっている。これは大変な作業になるけれどパソコンに打ち直したいと思っている。
パソコンの中に残っているのはパリの話からだ。まだ古いタイプのパソコンだったのでバックアップをとるのが大変でとったフロッピーも新しいパソコンで使えなかったりして保存に大変苦労した。今は残す方法はいくらでもあるから心配いらない。
パリ以後の旅行記は全行程詳しく書かれているものと宿泊先と日程だけのものがあるが、たとえそんなメモみたいなものでも大切な思い出を引っ張り出すのに役立ってくれる。
上記のパリとヨーロッパの旅はどちらも本当に詳しく書かれており夢中になって世界に入り込んでしまい、もう一度旅をしてしまった。旅行記は記憶の新しいうちに書き上げよう!
悲しいかな、本当に記憶は失われていく。どんなに大切な思い出でも薄くなっていき、もしこれから認知症になったら、母のようにすっかり消えてしまうかもしれない。それはとても寂しいことだけれど・・。
でも大切なことは書いておいたら少しでも取り出すことができるのではないだろうか?とふと思った。今のうちに記憶の書庫を増やしておくとするか。
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