2025年2月6日木曜日

1月2月は両親の誕生日と命日

1月、2月は両親の誕生日と命日があるので、何かと生きるとか死ぬとか考えさせられる時だ。二人はとても仲の良い夫婦で、二人とも1月生まれで2月に亡くなった。 年齢差は6歳だったけれど、父は70歳になった日の朝亡くなり、母は98歳まで長生きした。

父は肝硬変を伴った肝臓がんで、私が35歳の時。いきなり余命3ヶ月の宣告を受け、本当に3ヶ月足らずでこの世を去ってしまった。とても元気だったので信じられず当時の私にはすごい衝撃だった。私が小学2年生の時腎臓結石の大手術で使った輸血のせいで30年後に肝炎になったのが原因だった。当時はまだ輸血の血液の検査が十分に行われていなかったらしい。

母は98歳の大往生で当時入居していたホームで兄と私の2組の夫婦とホームのスタッフに温かく見守られて人生を全うした。最後の一呼吸まで大切にし尽くして、綺麗に静かに息を引き取った。私はすぐに70歳になろうとしていた頃なので母の世話に後悔はなく、父の死に比べて受け入れることができた。

父は若い頃から病気ばかりしていたので、幼い私に向かっても「お父さんは60歳までしか生きられないから〜」と常日頃から言っていた。10年寿命が伸びて良かったが、もっと生きてほしかった。いつも死が近くにあったせいかその分悔いが残らないように本当にできる限り生き切った人だと思う。働き者で旅行が大好き、好奇心旺盛な挑戦者ですごい苦労人なのに優しく親切、それなのに自由で、自然体で生きている、たくさんの人に好かれて語り草になるほどのいい人のお手本みたいな人だった。私が今まで生きてきた中でこんなにいい人はいない。

ここのところ自分の生きる気力が低下しているのを感じ、2月になったので両親のことを色々思い出してみた。彼らに恥ずかしくないように生きねば・・・。あの二人の娘で良かったと思うのだが、父には反発ばかりしていて、きつい娘だった。しかも親だからなんでも受け入れてもらえると疑いもせずにありのまま生きてきたような気がする。自分もそういうことを感じさせない親でありたいと思うのだ。

程よい距離感で心から子供達が悔いのない生き方ができるよう見守りたい。私は今でも両親に守られているのを感じる。そして私自身もいつまで経っても親であり、親の特権で見えなくてもよいから守っていたいと願いながら終活を始めている。

うちの親のような親でありたいと・・・そう思えるのはとても幸せなことだと思うのです。

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