2013年4月22日月曜日

『シャンタラム』上・中・下巻 by グレゴリー・ディヴィッド・ロバーツ

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)



"Shantaram"  by Gregory David Roberts

大変な本にはまってしまった!
3冊を幾日で読んだのだろう? 止まらなかった。

『風の影』を読んだ時にも止まらなくて困ったが、あれは『これからどうなるのだろう?』とハラハラドキドキしながら物語の筋を追っていたのに対して、この作品はもちろんストーリーもそうなのだが、一行一行、会話の一言一言にこめられた心の奥に訴えかけてくるもの、そう、今まで抱え込んで来た自分自身の苦しみに語りかけて来る声のような感覚を通して伝わってくるものがたまらなかった。

孤独、愛、闇、飢え、憎しみ、許し、善悪、痛み、後悔、笑顔、まごころ、無感情、宗教・・・人間は生まれ変われる・・・



この作品は、主人公が犯罪者だ。
オーストラリアで武装強盗をして、20年の服役中、2年目に脱獄してインドのボンベイに逃亡した男の話だ。

犯罪者を主人公にして、どうやって決着をつけるつもりだろう?と思いながら読み進んだが・・。

脱獄の話にしろ、逃亡、拷問、刑務所の生活、ヘロイン中毒、インドのこと、スラムのこと、マフィアのことアフガニスタンのゲリラのこと・・・何を読んでいても目の前で起こっていることのように、空気を感じ、臭いまでしてきた。一片の薄っぺらさも感じることがなかった。

作り物っぽくない、大げさではない、度迫力且つ写実的でいながらそこに生身の心が一振り入っている、こんな文章を彼が書けるのは、作者が本当に体験したことだったからだ。
本当に体験してなければ、あんな描写はできないと思う。

原書で読んでないので、彼がどんなスタイルで文章を書いていたのかまだ知らないが、翻訳でも素晴らしかった。

罪を犯した者が一生背負わなければならない罪悪感、これはたとえ犯した罪が犯罪ではなくても、日常生活の中で起きたことでも同じような傷を負わせることがある。
罪の大小、軽重ではない、誰でも持っている後悔の念や心の傷に共通した痛みが伝わってくる。すべては人と人とのことだから。

主人公のリンババ、つまりシャンタラムは、ボンベイに着いた途端、ガイドのプラバカルに出会うのだが、インドでは到着したばかりの旅行者が最も慎重にならなければならない色々な選択を、彼は直観の好き嫌いでやっていくところに最初に惹かれた。
彼はプラブの笑顔が気に入って、こいつをガイドに雇おうと思う、そしてその後生涯の友になるのだ。
プラブが手を引いてリンを物語の世界に導いて行く・・・

その『好きだから』の選択は、最後まで続くのだが、彼は理性や分析で選ぶのではなく、感覚で直観で判断しながら何度もある大事な極限の選択をして行く。
中には、「直観はこうしろと言っている、分かっているけれど、こちらを選ぶ」ということもあるのだが、そして、もちろんそんな時はとんでもないことに巻き込まれて行くのだが、覚悟しているから後悔はしない。
私はそこがたまらなく好きだ。

それが間違った方向であろうが、選択であろうが、あとにとんでもない災難につながろうが・・・好きだからあんたを助けるんだ、好きだからあんたに付いて行くんだ・・・と。

私はインドは全く知らない。
アメリカのオレゴンに居た時に、大学のクラスで初めてできた友だちがローズ・カマドリというインド人の主婦の女性だった。私はアカデミックリスナーで単位は取らなかったが、彼女はちゃんと単位を取って自立しようとしていた。

スペインのサラマンカに短期留学した時に、出会ったリツという女性は夫がテロで殺されたので資格が必要で子供を置いて来たと言っていた。
二人ともインド国外でもいつもサリーを着ていた美しい既婚の女性だった。
接点はそれしかない。

この作品は主にはインドが舞台。

外国人であるリンがこの地でやってこれた理由の一つが言葉。
彼はインドで使われている言葉をいくつか習得した、見事に。そしてその社会に入り、受け入れられる。

次に、とけ込む為にインドの人々を尊重し理解しようと観察する。各階級による違いもあるし、価値観も全く違う。絶対に妥協したくないこともあるけれど、彼は自分を主張しつつも好きになることでとことん受け入れてなじんで行く。
先進国の高飛車な外国人ではなかった。

豊かで知的なマフィアの策謀の世界とスラムの貧しくて汚くてけれど素朴で愛に満ちた世界のどちらにも属するリンの心の動きがテーマだと私は思う。
どちらも生と死の線上にいるような世界だけれど、一方は戦争、殺人、他方は病気や飢えからの死という違いがある。

長い話なので、多くは語れない。
ただ、心の中に封印していた色々なことを考えた。

けれど、最後の場面は目頭が熱くなってきて困った。
温かくて・・・涙が止まらない。


[追記]
最後に『シャンタラム』の意味だが、
プラバカルのホームはインドのド田舎で外国人を見るのは初めてだから当然のことながら言葉も通じないし電気もないし、水も大変な貴重品・・そんな所だ。
そこに招かれ村の人々と何ヶ月か一緒に暮らしたリンは、プラブの母ルクマバイから『シャンタラム・キシャン・カレ』と名付けてをもらう。

『平和を愛する人』あるいは『神の平和を愛する人』の意味で、犯罪者であるリンを疑うこともなく、感じた通りの彼を見て、とても穏やかな人だと言う。
そのことからもらった名前なのだが、その名をもらったことが彼に新しい自分に生まれ変わるチャンスを与えることになる。

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