2012年1月27日金曜日

『サラの鍵』〜Elle s'appelait Sarah

久しぶりに映画を観に行った。
折角還暦を過ぎてシニア料金になったのに、全然行っている間がない。

今回は以前から観たかった『サラの鍵』
  原題は"ELLE S'APPELAIT SARAH” 彼女はサラといいます

鑑賞中にきれいだなあ〜と印象に残ったシーンが、ポスターやパンフに使われていました。
『命に続く黄金の道なき道』みたいに金色に輝いていました。

1942年、ナチスの占領下のパリでこんなことがあったとは全く知りませんでした。フランス人によるユダヤ人検挙。
『ライフ・イズ・ビューティフル』とか『ソフィーの選択』とかホロコーストを扱った色々な作品を観たけれど、フランス人の間でもこういうことがあったのは初めて知りました。戦争の傷跡は本当に大きい。

一番の印象は、主人公のサラの子供時代の女の子 "メリジューヌ・マヤンス"の好演。本当に素晴らしかった。 検挙の当日、まだ小さな弟を守るために、直ぐに迎えに来れるものと思って、「私が来るまで絶対にここを出ては駄目よ」と約束をさせて、鍵をかけてクローゼットに隠すのだけれど、そのまま両親とともに検挙されてしまい、戻って来れなくなる。

サラはその鍵をずっと握りしめながら「弟を助けに行かなければ」その思いだけで時が流れていく。収容所で両親と離されてからも、とにかく弟を助けに行かなくちゃ、と脱走をする。
弟を助けるために必死で生きるのだけれど、たどり着いた時には結局弟はクローゼットの中で死んでいた。

私はずっと弟は生きていたのかもと思いながら希望を持っていたけれど、駄目だった。

取材しているクリスティン・スコット・トーマスの現在のパートには少々違和感があり、馴染めないとこともあったが、素晴らしい作品だった。

逃走中のサラを助けてくれた老夫婦の素晴らしさが忘れられない。あのおじいさん(ニエル・アレストリュプ)、いいなあ〜

あの時代に自分がいなくて良かったと思ったと同時に、今でも人々の心の中では戦争が絶えず、心の傷を負うことだらけなのだなあ、と特に夫の父親との確執を見ていてそう思う。
まるで現代版個人版ナチスだ。

私は平和がいい、食べるに困らず、強く、逞しく、優しく、弱く、もろく、人のせいにしない・・・そして温かく・・・仲良く

結婚は、結婚相手と自分の問題と思って結婚したが、やはりこの歳なので、まだ『家』に嫁ぐという感覚が強く残っている家に嫁いでしまった悲劇。自分は長い戦いの末、やっと意識が解放されたが、夫は未だ解放されてない。まだまだ戦いが続く。悪しきものは自分の手で断ち切らないと、子供たちまでそして、自分に責任がかかっている人々にまでが悲劇に巻き込まれる。

勇気が必要。
必死で弟のために走り続けるサラのように。たとえその先にあるものが惨い死だったとしても。
それをしない自分を許すことができないから・・・まだ生きているかもしれない限り


2012年1月14日土曜日

弱音を吐こう介護日誌(22)〜少し元気

昨年の暮れ、クリスマスイブに行った新潟の酵素温浴以来体が少し元気になったような気がする。

11月中から体を引きずるように生きて来た。生きるのがとても大変だった。
呼吸が苦しかった。
直ぐに疲れるし、気力がでないし、いつも発作が起きそうな違和感があった。
体中を痙攣が走った。

しかし、先週頃から体が普通になってきた。
掃除や洗濯などの家事が苦痛ではなくなったし、買い物にも行けるようになった。
自転車にも乗れるようになったし、walkingもできるようになった。久しぶりに自分の体が戻って来たのが分かる。

もともと私はとても働き者なのだ。
運動も大好きだし、笑うのも大好きだ。

先日オババのホームで、母のお友達のおばあさんに、「あたくしね、あなたのお顔を見るとほっとするのよ。気持ちが和やかになって・・・」と言われ、とても嬉しかった。
多分自然にしているだけで人の気持ちを温かくしてあげられる余裕ができてきたのだと思う。

もっともっと元気になって、wkやkに元気をあげられるようになりたい。Kzさんやオババにも元気をあげたい。穏やかになるのが精一杯だろうけれど・・・

又、酵素ちゃんたちにお会いしてエネルギーをいただいて来よう。

2012年1月11日水曜日

弱音を吐こう介護日誌(21) 〜ちょっと可笑しかった

新年に入ってから、オババの所へあまり行けなかったのですが、今日はやっと久しぶりに行くことができました。

と言っても、2日と6日には行っているので、11日間に3回はそんなにひどいペースでもないと思うのですが・・・

今日はお正月に息子のKがKzさんの実家に挨拶に行った時に撮った写真を持って行きました。
おじいちゃまとおばあちゃま、私とKと丁度来ていた従兄弟のS郎君の5人が写っていました。

「これ、お正月に撮ったんだよ。Kが居るでしょ?」
オババは眼鏡をかけて、じっと見ている。
「この人とこの人は知っているよ」とおじいちゃまと私を指差しました。
「え〜!これは?これKちゃんだよ。孫の顔忘れちゃった?それにこちらはおばあちゃまよ、ベスト編んでくれた、あのおばあちゃま」
「ん〜〜・・顔が記憶にないねえ。Kちゃんはそういえばそんな気がしてきた。大きくなったねえ」

そしてもう一度、この人とこの人は知っている・・・と言う。
「こっちの人はケンちゃん、小さいときから知っているよ。幼稚園も小学校も同じでいつも一つ下の学年。大臣子であの町じゃ格が違ったの」
「その時は子供でしょ?だって、これおじいさんだよ。それでも分かるの?」
「同じ顔しているから分かる」

そこで、
「ところで、お母さん、このケンちゃんは、家のKzさんのお父さんなんだよ。私のお舅さん」
と言うと、オババ私の顔をじっと見て、絶句!
びっくりして声が出ない。
「え〜〜!ソラちゃんそんな大変な家へお嫁に行ったの?この人ダアダのお父さん?」
「私は行きたくなかったのに、ダアダが一生懸命でそうなっちゃったの。お母さんだって薦めたんだよ。だから私は今でも長男の嫁でとても苦労しているよ」

こうして、私は私がKzさんとの結婚に至る過程を話してあげたが・・・
自分の信州での幼なじみの息子のお嫁さんに、私が東京でなっているとは驚きだったようです。

こちらのほうが余程驚きなんだけど・・・やれやれ


2012年1月5日木曜日

新年です


明けましておめでとう!

今年のKzさんのお作、岡寺の菩薩半跏像です。
ここ数年、毎年お気に入りの仏像をスケッチして年賀状にしています。
今年はちょっこしピカソ風。

ちなみに去年は如意輪観音でした。

この仏像は奈良で見たのですが、小さなとても可愛いらしい穏やかなお顔をした胎内仏です。大きなご本尊の中に入れて納められるもので、時にはご本尊の本当の姿などを示していることもあるようです。

これは弥勒菩薩で、未来に現れて全てを救済してくれるそうですが、本当に救って下さるかもしれません。だってお顔を見ているだけで心が和みますから。人間の荒んだ心を温かく包んで下さると思います。
女優の、目が印象的な多部未華子さんに良く似ていて・・・思わず、ニコリ。

今年はスタートからとても疲れていました。

今日はKzさんのお仕事の都合で、軽井沢から新幹線で戻りましたが、最近スピードの速い乗り物に乗ると妙に疲れます。

Kzさんが朝6時前に出発したので、思ったより早く用事が済み、混むといけないからと指定席を取っておいたのを変更して一つ早い列車にしました。
PCを切ろうとしたら、更新が手間取り、10分待っても終わらないのでそのままにして出ましたが、駅の近くに来て携帯を忘れたことに気づきました。戻ろうか迷いましたが、取りあえず駅の駐車場に止めて、チケットを一つ遅いのに変更してから家に取りに行こうと思いましたが、長蛇の列、携帯を取りに戻るのはあきらめて、改めて公共の駐車場に停めに行き急いで列車に乗りました。

改札を通ろうとすると通過できません。
駅員さんに聞いたら、乗車券をダブって買ってあると言われ。。。確かに二枚ありました。「もう手続きをしている時間がないから、東京に着いてから事情を説明すれば大丈夫ですよ。」と言われ、直ぐに乗り込みました。

少しの時間に急な判断が続いたので、疲れましたが、目が落ち凹むばかり・・・居眠りもできません。
東京駅では、改札から窓口へ行くように言われ、次に並んで自分の番が来たら、これは三鷹でやりなさいと言われ・・・三鷹では、キャンセル料がかかると言われ、領収書も見せ、同時に買ったのが分かっているのに、軽井沢に問い合わせないと駄目だと言われ、もう面倒なので言う通りにしました。大したキャンセル料じゃないけれど、明らかなミスなのでそのまま払い戻してくれると言ったのであえてただでやってもらうことにしたけれど・・手続きののろいこと、たかがこれだけのことにどうして? お役所仕事にびっくりでした。

「軽井沢でやればこんな面倒なことないのでしょ?」と聞くとそうだと言います。
その駅を離れちゃったから証明書がいるのだと・・・
そこでソラさん、「あの〜、私明日も軽井沢へ行かなければならないの、この二重になっちゃった切符、逆方向へ変更できない?」そう聞いたら一回ならできるというので、それに変更してもらいました。そうすれば面倒な書類をわざわざ取り寄せなくても済むし、これ以上待たなくてもいいし・・・

と、そんなことをしていたら睡眠不足やKzさんを暗い雪道駅まで送った緊張感もあって、疲れていたのがどっと体をおそいました。
でも家に戻ったら山のようなアイロンがけ、それをしないと後が大変。

新年早々、どじでした。
今年は変更はやめましょう!

アイロンがけの合間、気分転換にブログ更新していたら、少し疲れがとれてきました。
今年は、気分転換を上手にしましょう!

さて、アイロンがけの続きをして、食事の用意、そして明日はオババの所へ行ってから軽井沢です。週末は少しのんびりして、明日への英気を養いたいけれど、又大変なことが起きそうです。
やれやれ・・・

弥彦神社では、去年は大変だったけれど、今年は報われて上昇気運とありましたが、如何に??

それにしても、携帯がないということはこんなにも不便なものかと・・・そんなに使っている人間ではないのに、これだけ不便を感じるとは意外でした。
家電があるのだからどうにかなるとは思いましたが、便利さにすっかりなれてしまった自分が見えます。


2011年12月28日水曜日

キッチンのブラインド 〜我が家の世代交代②カーテン



15年間使ったお気に入りのローマンシェードが油汚れで汚くなったので、木製のブラインドに取り替えました。最終的に写真のように収まったのですが・・・
ここに行き着くまでには随分トラブルがありまして、年末に悪戦苦闘でした。
最初の木綿の生成りシェードがとても素敵だったので、ガッカリしてしまったのです。



というのも、最初は手違いで上記(三枚目)のブラインドが届きました。
スカンジナビアンという色で、とても素敵だったのですが、色目がサンプルと大きく違ったのと、光線の加減で木製ではなく、プラスチックのように見えてしまうのが気になりました。
私は羽が幅広(5cm)でもっと枚数が少ない物を注文したのでした。サイズも窓枠に合わせたのですが、枠より7cmほど大きすぎ、そのために中心とバランスがかなりズレてしまっていました。

しかもポイントになる3つの窓が独立した3枚の絵になるようにと思っていたのですが、間がくっつき過ぎて、3つが一つのブラインドのようで、とても重くうっとおしくなってしまったのでした。いつ見ても、何度見ても馴染まないので、思い切って替えていただくことにしました。

そこで上記(一・二枚目)のように、幅を窓枠にぴったり合わせていただき、中心もそろえていただき、上のボックスもこじんまりし、うまく収まったので何だかほっとした年末となりました。

来年はもっと良い年になりますように。
トラブルはこれで終わりますように。

2011年12月26日月曜日

酵素温浴と琉球温熱療法 〜岩室温泉付き〜

年末、クリスマスの3連休はとても珍しいことに新潟へ行って来た。
オババは先週は1回しか行けなかったので寂しい思いをしていると思うが、思い切って行って来た。

というもの、以前からKzさんがオババを連れて行ってあげたいと思っていた酵素温浴という珍しいものが私の体調に合っているのではないかと、連れて行く機会を狙っていたのだった。
母はこんなことになってしまい、長野からさらに離れてしまったので、少々行くのは困難になったが、私は今回の度重なる出来事や体調の変化があったので、思い切って行く事にした。

Kzさんはこちらへ行って帰ってくる度にとても生き生きして戻るので、多分何らかの効果はあるのだと思っていたし、私より先に会社の欝になってしまった社員の方をお連れして効果があったこともあった。
少々遠いし、あまり便利な場所でもないので簡単に行けないし、費用も時間もかかる。
今回は3連休でもあるので思い切って温泉つきで行かせてもらった。というもの雪嵐が来る日だったし、終わる時間が夕方になってしまうので、東京や軽井沢に猛吹雪の中を戻るのは危険すぎたからだ。

案の定行きは高速でも山越えは大変な吹雪の中を1車線ののろのろ運転でチェーン規制の中を行くことになった。私たちは雪道のこういう運転は何度もしているのでそんなに不安はなかったが・・・

たっぷり時間を取って行ったが、やはり雪のため時間が随分取られた、が、少し時間があったので弥彦神社を参拝してお昼におうどんをいただいてから出かけた。

場所はヘリオトロープ。
スタッフの方々は大雪の中の東京からの到着とあって、とても心配してくださっていた。
その心配しながら待っていてくださった温かみが、初めての私の警戒心を解き、すっかり打ち解けてしまった。
酵素温浴は酵素の中に寝転んで、すっぽりと酵素さんたちに包まれて、というより抱かれて15分ほど過ごすもので、その酵素の中は酵素が自分で発酵する熱のせいで心地よい温度を保っている。
私は階段から落ちたうち身の跡が、飛び上がるほど痛く、大丈夫かしら?と思ったけれど、直ぐに馴染んで心地よくなった。サウナが息苦しくなって駄目なのでどうかと思ったけれど、やはり相手は生きているもの、呼吸しているものなので、大丈夫だった。

体調の悪いところは冷めてくる。右肩、お腹、胸は直ぐに冷えてきた。
酵素をかき混ぜてあげると又、酸素が供給されて温かくなる。ぬかみそみたいだと思った。
毎日手を入れてあげないとすぐに死んでしまう米ぬか・・・

体中がぽかぽかしてきて、汗もかいてきた。
低体温の私は温まるのに時間がかかる。顔だけは汗はかくけれど、身体はなかなか温まらないのだ。
それでもぽかぽかになった。

そのあと琉球温熱療法というのをしていただいた。
これは丁寧にやっていただくので、時間がかかった。体中やりのこすことなくやってもらえる。体の冷えを取り除くことと、老廃物を排出するらしい。こてのようなものをあててリンパに沿って当てて行くのだが、その施術師のTさんは、私の悪い場所を何も言わなくても感じ取り、そこを何度も繰り返してやってくれるのだ。
「こんなに背中が詰まって、筋肉が縮んでいてはつらいですね」、と言われた。松下先生も同じ事をおっしゃるから、私の背中はひどいものらしい。
内臓も弱っているし、肩こりもすごい、右側に偏って血流が停まっているらしい。
大変血流やエネルギーの流れがわるいらしくて・・・先日の松下先生と同じ診断がなされた。
やれやれ・・・相変わらすの身体だ。

まずは深呼吸からだそうだ。
リラックスして気持ちの良かったことを頭の中に描いて、深呼吸。深い深い深呼吸。
無理やりストレッチなどをすると筋肉を傷めるからと言われた。体の硬さが普通ではないみたいのなので、無理の無い呼吸からということらしい。

Kzさんよりずっと時間がかかったので、本当に丁寧にやっていただいた。

体がぽかぽか。ほっぺは真っ赤っかゆで蛸みたいだった。
その後も何時間も暖かさが続いた。

Tさんは、「私とKzさんとでとても素敵な共通点がありますよ。」と言われた。
何だと思いますか?と聞かれましたが、良く分からなかったので分からないと答えたら、
「柔らかさです。柔軟性」 お二人とも本当に心が柔らかいです。
これはとても大事なことなんですよ。

と褒められた。私は照れくさいので
「身体は硬いのにね」と言ったら、真面目に「心の柔らかさがあれば大丈夫」と言われた。
体の硬さは長い間の物なので、無理やり急いでほぐさないほうがいいですよ。自然で行きましょうとおっしゃっていました。

とにかくその場所は別世界で、温かく、Tさんのおっしゃる「お母さんに抱かれているような気持ちになって欲しい」そんな場所になれるところでした。
いつもお母さんをやっていると、自分はなかなかお母さんをしてもらえないので、こんな場所で幸せになるのもとても良いことかもしれません。
スタッフの方々とも仲良しになり、又の来訪をお約束して、岩室温泉へ行きました。

もう暗くなって、6時近くだったので、到着は6:30を回っていました。
この温泉は高島屋という旅館を選んだのですが、古い庄屋さんの家だったところらしく、良寛さんとも縁のある宿で、good choice でした。
建物は古いけれど、コーテシー、というか、礼儀の洗練さと温かさと素朴さが一緒になって、とても感じの良い旅館でした。
将棋の大きな戦いは何度も会場になっているようです。

お料理も良かった。
欲を言うと、お風呂が温泉に少し足しているのかな?というような質で大沢温泉や、藤井荘のお湯の質にはかなわないなあ~という思いを強くさせました。

大雪にもかかわらず、とても素敵な二日間を過ごすことができました、と言いたいのですが、Kzさんの実家かからひっきりなしに電話がかかり、色々面倒な事件が起き、寛げないことも事実でした。
でも酵素温浴のお陰か、落ち込んだり暗い気持ちにならずに、嫌なことに流されずに過ごせ、効果バッチリです。

2011年12月22日木曜日

四川亭

先週に続き、Kzさんのお仕事で又軽井沢に来ている。
今日は早朝からKzさんはお仕事に出かけたので、のんびりすることにした。

食料がないと困るので、昼ごろつるやへ行き、色々仕入れた。
明日は新潟へ出かけるので買い過ぎないように気をつけた。又日曜日に買いに来ればよいから。

帰りに四川亭の前を通ったので、寄ってお昼を食べていくことにした。
ハルニレの希須林へ行こうと思ったが、線路が工事中で道順が良くないのと、パンもいらないので行く必要性がなかった。

四川亭のサンラーメンが好きで時々一人で行っている。今日のランチメニューは中華丼、辛い奴と普通の奴と二種類あるので、ご飯には優しい味のほうが良いと思い普通のにした。ここの辛いのは本当に辛いのだ。でもとても美味しい。
ジャパナイズされてないのが本当に良い。内装まで日本的ではない。

美味しい! 私好みなのだ。
たっぷりの中華丼に、サラダとおかず一品と漬物、そしてスープがどんぶりに入って出てくる。
最後にデザートかコーヒーを選べる。それで785円!
とても寒かったのに、たっぷり頂いて満足して、ぽかぽかになって帰ってきた。
幸せ!

前回はぎっくり背中に階段から転落で、大変不調だったが、少し元気になってきた。
まわりは工事の現場だらけ。うちの後ろの家が工事と思っていたら、通りをはさんで向こう側の家も工事を始めた。スウェーデンハウスのお陰で家の中にいると雑音がしないが、外へ出ると「へえ~!こんなにうるさかったの??」というほどうるさい。とんちんかんちん!どんどん!だだだだー!!色々な音がする。

川を渡った所にある家もそろそろ完成だ。ガラス張りの家。

急に太陽が顔をだした。
青空が広がり~・・・でもまた直ぐに雲に覆われるのかな?
変わりやすい軽井沢の気候、この気まぐれさがいかにも自由で大好きだ。
今日はゆっくり休もう。ここへ来るからと東京で働きすぎた。

2011年12月15日木曜日

チャクラ大ズレ!

体中が反乱をおこしているみたいに、危機感を感じていた。
階段から落ちた直後からは特にそうだったが、その前から体がバラバラで、極度の鉄欠乏性貧血だった時の症状にとても良く似ていた。

至る所で痙攣が起き、疲れやすく怒りっぽく根気がない。
ふくらはぎがだるくてのこぎりでぎごぎご切りたい気持ちになる・・・背中が痛い、肩が痛い、腕が痛い・・・痛い痛いできりがない。

昨日M先生にサイマの施療をしていただいたら、症状が本当に楽になった。
エネルギーの流れが正常になった感じが呼吸の正常化を伴って伝わってくる。
神様、M先生、ピーターさま、ありがとう!!
生き返り、自分の体がやっと戻って来たようです。

今日先日の府中でやった心筋シンチの結果を新宿まで聞きに行ったら、心臓そのものは心配いりません元気ですと言われ、本当に嬉しかった。
最近の不調は、もしかしたら心臓のせいかもしれないと思っていたから。
心臓はOK! 冠動脈も詰まりがない。
これでニトロさえ持っていれば、安心して、コレステロールが高くても、血圧が高くても狭心症の発作とともに存在していられる。
もうカテーテルはしたくないし、コレステロールを下げる薬も副作用がひどくて二度と飲みたくない。

ストレスをためないことと、運動をしなさいと言われました。毎日一時間早足で歩きなさいと。
それは無理だ〜〜!
そこで私:「先生取りあえず、30分から始めます。」
でも、最悪の相性のカテーテルや、造影剤を使ってアレルギーでぐったりの嫌な検査や、コレステロールの薬を飲んで副作用に苦しむことを思ったら、それくらいは努力しないといけないと、今回はつくずく思いました。命にかかわることだから・・・

サイマのM先生は心臓は大丈夫だが、心臓のエネルギーを取り込む口の位置がこれ以上離れたら危険というところまでズレていて、心臓にエネルギーが行かない状態になっているとおっしゃった。左にズレているぶにはいいが、これだけ右にズレていると取り込めないのだそうだ。だから体中が酸欠状態に陥っていたらしい。
昨日調整に行かなかったら危なかったと言っておられた。
自分でもいっぱいいっぱいで、本当に自分の体を移動させるだけでもしんどかった。
足が前に出ず、ほとんど泣きべそ状態だった。

心臓は元気でも、チャクラのズレのせいで、エネルギーが取り込めないなんて、西洋医学の観点から言ったらありえないのかもしれないが、私には良く分かります。
その症状を実感できるから。
だから病人は病名がもらえずに苦しむのです。

ところで、昨日M先生の所では突然2時間後に来て下さいと言われ途方に暮れ、今日も新宿の病院でT先生の到着が30分程遅れて、又待たされた。ここのところ私はついていない。
そもそも発端は日本に二台しかない、冠動脈スキャンの機械が私を切り刻んでいる時に故障した時ではないだろうか?
階段からは落ちるし、アクシデントの連続だ。
年内で収まってくれるといいなあ〜と思う。

今年は波乱の年でした。
来年はどうか良い年になりますように。


2011年12月10日土曜日

『バナナフィッシュ』

何年ぶりだろう? バナナフィッシュを読み直した。
随分忘れてしまっている。 丁寧に読んだ。

マックスとアッシュとのつながりやショーター、シン、タオそしてユーシスとの複雑な関係が記憶の中でリセットされた。
そしてゴルツィネとユーシスの心の中で起きる嫉妬が物語を運んでいき、ショーターの愛が、周りを包み、エイジやブランカを通してシンに受け継がれ、やがては大きな罪の根源であるユーシスへの救いにつながっていく。


これは人間の孤独から来る『愛を求める』物語、つまりは心の中で起きる様々な葛藤、特に色々な形で生じる嫉妬との戦いの物語だ。
この嫉妬との戦いは、人間に心がある限り、人々が苦しむ限り、繰り返し永遠に続く戦いでもあると思う。
それに欲望や野心が加わり更に複雑な戦いが生じてくる。
現実のこの世界でも、私の周りで進行中だ。

最後のアッシュの死は、余韻が『あしたのジョー』を読み終えたときのなんとも言えない雰囲気と重なり、永遠の眠りについたのに、強烈な印象を人々の心に焼き付け、それを受けたものの心の中で永遠に生き続けるという結末に行き着く。後味は悪くなく、むしろとても静かで寂しく、悲しく・・・それでも何か温かい優しさでアッシュが包まれる幸福感みたいなものがあるので救われる。

私の愛読書の一つだ。
『出直しておいで』とともに年齢がいくつになっても読み続けて、心が洗われる作品だ。

それにしても、アッシュの最初の顔と終りの顔では全く違うではないか。吉田さんも平気で顔を変えて行くのだから困ったもんだ、とは言いながら本当に素敵になって行くので、うっとりで何とも言えない。
確かにリヴァー・フェニックスにそっくりだけれど、やはり完全に別人格の完成されたアッシュの顔だ。

人生の途中で一呼吸

そして、いつになってもショーターが心の奥深く残ってたまらない。
ショーターの心が鍵を握り、残されたシンやエイジにつながっていく。

2011年12月9日金曜日

いきなり雪!


夜中、いやに静かだと思ったら、やはり雪が降っていた。
朝起きると、ごらんの通り! きれいな雪景色だ。「軽井沢は冬が始まりました」とお便りをいただいたところだったけれど、そう、本当に冬だ。


Kzさんの円も健在!
朝陽があたっていい感じ。 今日の雪は溶けないかな?

隣の工事も順調に進んでいるらしい。朝早くから大工さんがやってきて、薄暗くなると帰って行く。
我が家のキッチンの窓からは丁度この真ん中あたりが見えると思うけれど、多分小さな窓くらいでお互いの干渉はあまりないのでは、と期待している。

今日は好き放題、何もしないことに決めて、『バナナフィッシュ』を読みふけった。漫画を一日中読むなどという贅沢は何年ぶりだろうか? 子宮筋腫で手術して入院した時以来かもしれない。そうしたら15年ぶりくらい? 

ここ何年もそういう時間がなかった。いつも何かしていなければいけないような習慣がついてしまい、本当に病気の時以外だらだらすることができなかった。
あまりにもストイックに生き過ぎたのかもしれない。自分が抱えていた罪の意識から、自分は贅沢はしてはいけないし、快楽も求めてはいけないと、常に何かしらやっている、働いている自分以外に受け付けなかった。

でも、そろそろそういう自分でいなくてもよいのかもしれない。
もっと自分のことを考えて、楽しいことも好きなことも何でもして良いのかもしれない。

私自身を解放しなければ、みんなも自由になれないのかもしれない。