2012年4月17日火曜日

弱音を吐こう介護日誌(26) 〜お兄さん? 弟?

私の兄は私より四歳年上で、しかも老け顔だったので以前は母と歩いていると、よく夫婦に間違われたものだ。母は小柄で童顔、しかも若々しい華やかな色彩の洋服を好んで着ていたので、とても若く見られた。

でも、もう90歳の母は、すっかりおばあちゃんで、今ホームで暮らしている。
長男の兄ではなく、私が保証人になっているので、ホームの人にはその辺りの関係が良く分からなかったのかもしれない。

ある日ホームの事務所の前で訪問者の記入をしていると、
「昨日は、弟さんがみえて・・・・」と言う。
私が怪訝な顔で、しかし笑い(仕方なしに苦笑いするしかない)ながら「兄なんですけれどぉー、弟はないですよ〜、あれは兄!・・・」と訂正すると、『エッ?』というような顔をして、でも全く悪びれるふうもなく、ああそうなんですか?みたいな顔をしてニコニコしている。

いくらなんでも、この私があの兄のお姉さんだなんて、ありえない!
私はその日はこの上なくガッカリして、『そういえばこの一年、ほんとうにハードな日々だった。だからすっかりわたしはやつれちゃったのね。よりによってお兄さんを弟さん〜とは、どう考えてもひどい!』とマジで悄気込んだ。

というのも、昔手術をした時にとても病んで、病院のお掃除のおばさんに「息子さんがみえいていますよ」と言われて、現れたのは夫のKzさんだったことがあり、あの地獄の再現を又味わってしまった。
その時は追い打ちで、「奥さん、昭和一桁生まれですか?」と来たので、言葉無しだった。

この日曜日はおばあちゃんを囲んでのお食事会だった。
兄たちが母を連れて来てくれる。

そこで、ホームを出る時の弟の話がでた。
あの恐怖の弟事件はまだ続いていて、この日もひと騒動あったらしいのだ。
そして判明した。
弟とはーーうちのオババが惚けて、しばしば兄を弟の郁夫さんと間違えて呼ぶことがある。
私と話していても、「郁夫が、弟の郁夫がと言うので、お兄ちゃんでしょ?ヒロオ、ヒ・ロ・オさん、お兄ちゃんよ」と私が訂正することばしばしばだった。
多分ホームの人々に向かって「弟が、弟が・・」と言うことがよくあったのだろう。

そこで、ホームのスタッフは、兄を母の弟と勘違いしたらしい、義姉が説明して「なんだ〜、そうだったんですか〜??」と、みんな納得したというが〜〜

もちろん、その話を聞いて一番喜んだのは、言うまでもない、この私である。
人には言わなかったが、本気で落ち込んでいた。あの兄のお姉さんだよ、この私が。オババと夫婦に思われるお兄さんのお姉さん??この私が・・・もう介護はやめよう!
やつれるだけの介護なんかクソクラエだ!!内心そう決心していたのだった。


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