2011年12月9日金曜日

いきなり雪!


夜中、いやに静かだと思ったら、やはり雪が降っていた。
朝起きると、ごらんの通り! きれいな雪景色だ。「軽井沢は冬が始まりました」とお便りをいただいたところだったけれど、そう、本当に冬だ。


Kzさんの円も健在!
朝陽があたっていい感じ。 今日の雪は溶けないかな?

隣の工事も順調に進んでいるらしい。朝早くから大工さんがやってきて、薄暗くなると帰って行く。
我が家のキッチンの窓からは丁度この真ん中あたりが見えると思うけれど、多分小さな窓くらいでお互いの干渉はあまりないのでは、と期待している。

今日は好き放題、何もしないことに決めて、『バナナフィッシュ』を読みふけった。漫画を一日中読むなどという贅沢は何年ぶりだろうか? 子宮筋腫で手術して入院した時以来かもしれない。そうしたら15年ぶりくらい? 

ここ何年もそういう時間がなかった。いつも何かしていなければいけないような習慣がついてしまい、本当に病気の時以外だらだらすることができなかった。
あまりにもストイックに生き過ぎたのかもしれない。自分が抱えていた罪の意識から、自分は贅沢はしてはいけないし、快楽も求めてはいけないと、常に何かしらやっている、働いている自分以外に受け付けなかった。

でも、そろそろそういう自分でいなくてもよいのかもしれない。
もっと自分のことを考えて、楽しいことも好きなことも何でもして良いのかもしれない。

私自身を解放しなければ、みんなも自由になれないのかもしれない。

2011年12月8日木曜日

遮光カーテン

軽井沢に冬が来た!
いよいよ私たちのシーズンの開始だ。

blogに書いたか覚えていないが、我が家の一つ奥にまるでギャラリーのような大きな家がある。
いつもジャガーが停まっていて、週末に家主が来る時はもう一台のジャガーに乗ってやって来る。
品川ナンバーのぞろ目だ。これって××さんに多いってどこかで読んだことがあるけれど・・・

その家が今年の5月から頻繁に週末になるとやってくるようになった。それはかまわないのだが、夕方から朝まで(初めは朝の10時まで)まるで、ステージのようなライトアップが行われ、ご自分の庭を照らし出す。
この光が一直線にするどい光となって数箇所から我が家を照らす。家の中に居ても眼を覆いたくなるほど眩しく、我が家の庭までライトアップされる始末だ。夜行性の動植物はさぞびっくりしていることだろう。

お隣とは、100mくらいは離れているような気がするから、しかもその間には林やブッシュもあるから、こもれび状態になるはずなのに、ひたすら腹立たしいほどに眩しい。まるで真夜中の撮影現場。

寝室では眠っていても眩しくて仕方ないし、トイレなんぞに行ったものなら、ドンチャン騒ぎのストロボ光線がやってきて、あまりの明るさに眼が覚めてしまい、完全に不眠症になってしまった。夏の間はかなり木々が茂っていたのでどうにか耐えられたが・・・

何か良い方法は無いものかと、厚いタオルケットをカーテンレールから吊るしたり、濃い色の厚地のバスタオルを被せたり、色々試したが、何をしても光を通してしまい成すすべなし!

ウィリアム・モーリスのお気に入りのカーテンなので、遮光カーテンに換えるのは嫌だし・・・高額になりそうだが今のカーテンを送って遮光の裏地をつけてもらおうと一大決心をし、スウェーデンハウスのインテリア部にお聞きしてみた。
この家を作ったときの担当者はもう辞めてしまったので、新しい人を紹介してもらった。
すると、なんのことはない、裏地を取り付けるだけで、別に縫い付けなくても大丈夫、ということで早速オーダーして作ってもらった。

今回持ってきて、今二階の寝室とファミリールームに早速取り付けてみた。
もともと薄地のカーテンだったのが、裏地の明るめのオリーブグリーンが映えて質感が良くなり、とても趣きが出た。
家が完成し、初めてカーテンを取り付けた部屋を見たときに、こんなに薄地だったかな?と少々期待と違って不満だったのが、それまで改善されて自分が思い描いていたカーテンになったので、何とラッキーな!
ああ、良かった!

今までは夜明けが早くて、日の出と同時に眼が覚めたが、明日から寝坊をしないようにしないと・・・

非常口のライトや、豆電球でもついていると眠れない私は、し・あ・わ・せ!!

2011年12月6日火曜日

追い打ち! 『ギックリ背中』

背中が痛くてふんぞり返っている以外に何もできない。

朝、突然ギックリ背中になった。以前に一度やっているので、「やばい、又来た!」という感じで慌てずに済んだが、痛い。
姿勢が・・・何しろ一つの姿勢しか受け付けてくれないので、つまり背中を伸ばして、そう、公園の背筋伸ばしみたいな格好・・・あれしか駄目なので辛い。
それ以外の格好をしようとすると背中に激痛が走る、まるで筋肉が引き裂かれるような痙攣性の痛み。憐れなソラさん!
安静が一番ということで静かにしていたが、これからどうなるのかな?

ここ数日、年末準備で換気装置の分解掃除とか、天井や棚の掃除(我が家は天井がとても高い)、つまり高いとことに腕を伸ばして磨くようなことばかりしたので、筋肉にきてしまったのか?

いずれにせよ、私の体、特に筋肉はかなりガタガタということか。もっと鍛えないと。

今日は大事なスペイン語の最終日だったのに、欠席せざるをえず、とても悲しい。
このメンバーで授業を受けられるのは最後かもしれないので、とても残念だった。
私の人生ってこんなもんかな?

2011年12月5日月曜日

『出直しておいで!』 by 一色まこと

どうも体中痛くて調子悪いので、「少し休みなさい」って神様がおっしゃって下さっていると勘違いして、、、何年ぶりかで昼間っぱらから漫画なんかを読んでいる。

何とストイックな生活をしていたのだろう。
掃除なんかすっぽかして映画だって観ればいいし、漫画だって読めばいい。けれど、余程余裕がなければそれができないのが私。やらねばならないことを片付けて・・・と思っていると結局何年経ってもその時間は持てないということか・・・

大好きな『出直しておいで!』を読み始めたら、じわ〜〜っと幸せで肩の凝りや体の痛みが半減するような気がする。やっぱ、いいわ。
森下茜ちゃんが大好きなのだ。彼女はいつも私に元気をくれる。
土屋との関係は私の理想だ。

どうしてこの漫画があんなにも好きだったのか還暦を迎えたこの歳になって読んでも良く分かる。私は要するに子供のままということか・・・

嫁いでから窮屈で息の詰まるような生活だった。
そしてここ数年は特に、周りの俗っぽさの中で起きるドロドロとした数々の事件のせいで気の休まることのない日々を過ごしていて、いかに自分らしくない空気の中にいたことか。
何だか違う土俵で生きているみたいだ。

ずっと流されて、自分の意志は意識の下に置き、周りの流れのなかでそれでもできるだけ自分らしく、受け身の生活をしてきたが、その姿勢はあまり変わらないと思うけれど、そろそろただ流されているのは止めにしても良いのではと最近思い始めた。
ちょっと自分の意志を入れて、やりたいこと、し残したことをやり始めようと。

今の私は、何だってやろうと思えばできるのだ。まだ、できる。
自分らしくいたい。真っ直ぐに、おおらかに、明るく、正直に・・・
茜ちゃんみたいに不器用に。

閃輝暗点と冠攣縮性狭心症

スーパーまで行って来たら、早速 閃輝暗点到来。
あんなに光っていては邪魔で困る。
レジでお金払うっていったって、イルミネーションの中にいるみたいで何とも・・・
おまけに、昨日は狭心症の発作が出てニトロのお世話になるし・・・

両方とも血管の収縮や痙攣から起きるみたいだが、こう頻繁では嫌になる。
先日のシンチグラフィの結果はどうだったのだろう?

狭心症の方は命にかかわる場合もあるみたいだから厄介だ。
私自身はあまり死への恐怖はないが、急にぽっくり行ってしまったら、残された人たちは覚悟している間がないから寂しいかもしれない。

それにしても厄介な体だ。
今日も朝から天井や棚の掃除なんかしたからいけないのかもしれない。
発作の後は少しリラックスして過ごさないといけないかな・・・貧乏性な私。
この体とはつきあって行かないといけないから、いつ召されても「あの人は何だか温かかったね」って言ってもらえるよう、せめてほわ〜〜んと明るく生きよう。

2011年12月2日金曜日

心筋シンチグラフィ

11月の初め、冠動脈のCTが失敗し、心筋シンチグラフィの検査に変更になった。

今日は府中のS病院まで検査に行って来た。
検査は疲れる。けれど、先日の造影剤を使った物よりはずっと体が楽だった。拘束時間が6時間ほどになるのが何とも・・・だが・・・
前回の検査は造影剤に反応して腕と足にポツポツが出ただけあって、とてもしんどかった。だるくてぐったり疲れ、やはり体への負担は大きかったのを実感した。

今日の検査は時間はかかったけれど、あきらかに体への負担は少ない。

帰りの車の中で携帯が鳴った。運転中なので出られなかったが、息子のKだった。
後で電話すると、かなりストレスが溜まっているらしい。こうして少しおしゃべりをすると気持ちが軽くなるようだ。早く本来の本当にすべき(?)仕事に入って欲しいが、受け入れ体制がまだ整ってないし、もう少し外での経験が必要だ。

先日Kzさんが心配して電話したら、10時頃なのに仕事の真っ最中でビックリしていたが、その日のうちに帰宅できる日などないらしい。しかも2時3時のご帰宅だ。帰宅してコンビニ弁当をつっつく・・・うちの息子がそんな暮らし?

やれやれ、これでは、お嫁さんも健康も余暇も何もない!

みんなに幸せになってもらいたい。特に二人の子供たちには幸せになって欲しい。
体を壊さずに、心の健康も保って生きて欲しい。

私は多分幸せだと思う。
これからささやかながら人生の集大成の仕事に取りかかろうと思う。時間はかかるが、構想ができて来た。まずは始めないと進まない。今が一番忙しいけれど、残りの人生を考えるともう始めないと終わらない。

肩が凝るけれど、頑張ろう!

[後日談]
この検査の結果は、心臓そのものには異常がないから、ストレスを貯めないようにして、体力をつけて身体を鍛えなさいということだった。
高コレステロールと冠攣縮性狭心症に関しては「あまり気にせずに、気持ちを前向きに持って一日2時間歩いていれば治っちゃうよ」と言われ、ちょっと疑問は残るもののとても気が楽になりました。

けれど、実際2時間歩くのはまじ大変!先生はやっていらっしゃると言うから、やはり医師は偉大だと思う私です。私は30分からです。

2011年12月1日木曜日

言霊

『言霊』とは:古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

私の体調不良を治して下さった福岡の歯科医、ムラツ式噛み合わせの村津先生の発信されるメールで下記に示しているような言葉がありました。
少々神憑っていて、受け付けない人もいると思いますが、実際先生にお会いして治療を受けて、今まで何をしても良くならなかった症状が軽減される体験を経てみると、全て噛み合わせや不適合金属のせいと思えないことがないという現実に直面します。

『宇宙歯医学では「言霊」が薬です。効果は絶大です。何故なら、人間は本来、宇宙のおおいなる存在そのものであり、大和言葉が宇宙創造の宇宙命令言語であり、神性を顕現し、この宇宙の原因の世界にひとたび入ることが出来たなら、この結果の世界を変えずにはおかないのです。

「言霊」は毒にも薬にもなります。必ず、自分も人々もすべての存在が平和で幸せになる神聖なる言葉のみを使用するように心がけましょう。想いも、発する言葉もすべてです。

もし、暗いことが心に入ってきたら、取り合わずに、すぐさま「ワァーイ、ありがとう」と言霊をその上から被せ、すべてを自らの成長のための良薬に変容させましょう。

あるいは、「すべては、必ず良くなる、絶対大丈夫、大成就」の言霊を被せてください。

とにかく、明るくワァーイ\(^o^)、明るくワァーイ\(^o^)、行きましょう。「明るくなければ神様じゃない」です。』


私はあまり神憑った世界とはご縁がありませんが、そういうsupernaturalなことへの感度は意外にも敏感の方だと思います。
そして、言葉、特に『口に出して発した言葉』というものがどれほど重要な影響力があるものかということは身を以て実感しています。自分にも、他人にも。

言葉にしたとたんに汚れた気持ちになったり、あえて表現したことで温かい気持ちになったり・・・負の言葉が渦巻いている所では、人の心にもそういうものを引き寄せ、まるで悪魔が入り込んで占拠されたように悪い方へ導かれ、心地よい温かい言葉の満ちあふれた所では、発しているうちに気持ちまで軽く明るくなり、みんなで幸せな気持ちになる、、、そんな単純な図式が成り立っていました。

苦境は、まずは先生のやり方で乗り切ってみようと思っています。それでも駄目な時は、そう、そうなってから考えましょうか。これは心のきれいな、楽天家のおばかさんにならないととても難しいことかもしれません。

2011年11月28日月曜日

暗い日

四時というのに、薄暗くなり、5時にはすっかり夜になってしまった。
一日中夕暮れ時のように薄暗かった。

こういう日は苦手な私。いつもだるさと神経痛と頭痛に悩まされる。
負けてなるものかと昼間からお風呂に入り体を温めて、血行を取り戻し備えた。
お昼にはお雑炊を食べて体を温め、部屋も少し暖房を入れた。
音楽に乗って体を動かし、できるだけじっとしないように心がけた。

でもやはり頭が痛い。足腰も痛い。多分やがて雨が降るのだろう。 
頭痛の無い人がこの世にいるなんて・・・居るとしたら何と幸せなのだろう。
それだけで幸せなのをその人は知らない。

私にもあるのだろうか、それが無いだけで幸せなものが・・・もちろんある、病気とか・・・
でももっと当たり前なことで見つけたい。
見つけたら感謝して幸せをかみしめよう。

2011年11月24日木曜日

弱音を吐こう介護日誌⑳ 〜いよいよ次のステージか?な?

今オババの所から戻った。
ここのところオババに関する辛い愚痴が劇的に減った私だが、3回くらい前から行くごとに自分が苛立っていることに気づく。

多分彼女の行動を見ていて、あまりのショートスパンで繰り返す彼女の行動を見ていて、多分悪化しているのではないか?と思い始めているせいだと思う。
彼女のその日のコンディションは自分の鏡であると、リフレクトするイライラは私の心境の現れと思って日々顔色を変えずに努力していたが、その努力が効かなくなってきた。
どうもそれだけではないみたいだ・・・いよいよnext stage??


いくら話題を反らしても、結局同じ場所に戻って行ってしまう。又『無い世界』に入って行って、あれがない、これがないと言い始めた。たった今言ったことを忘れ、たった今確認したタンスの中身を忘れ、永遠に繰り返す。いらつき始め・・多分効いていた薬の分量が飽和状態になってしまったのではないだろうか?そして同じ分量では効かなくなってしまった・・・
そんな気がするので、ここ何回かはホームへ行く度にとても疲れる。

自分もその変化とともに変わって行かないと、自滅する。バージョンアップか!
この私が、どこまでやっていけるのだろう?
自分にそれができるか? 自分が壊れる?? 不安と憂鬱のソラさんだ。

ホームのパティオにホーム長さんがクリスマスツリーを作っていた。
玄関にもお花を飾り、サンタさんと雪の結晶の吹き付け・・・もう12月。

「あれは何だね?」
「クリスマスツリー、ホーム長さんが頑張って作っているね、きれい」
「それはなんのための物だね?」
「もうクリスマス、12月だもの・・・え!?もしかしてクリスマスって何か分からない?」
「知らない」
「クリスマスツリーも?」
「そんなの知らない」
「。。。」

やれやれ、まあ知らなくても困らないけれど、大したことではないけれど・・・でも、ちょっと悲しいかな?

秋が始まると・・・

半袖のTシャツ一枚だったのが、いつの間にか長袖の季節になった。
でもまだTシャツ一枚だった。

ところが下着にタンンクトップを着るようになり、合計2枚必要になり、更に寒い日にはカーディガンや前開きのシャツを羽織りたくなり・・・防寒のために重ね着が必要になった。
ここからが私のつらい日々が始まる。

木綿だけでは寒いので、ウールが必要になる。
セーターは一枚では着れない、必ず下着が必要になる。
すると少しでも直接触れる部分はチクチクするし、出来るだけ肌に触れないようにすると、ハイネックを下に着用となる。
この瞬間から暖かいのではあるが、何かつまった感じがして急に身動きが窮屈になり、ずしっと肩に負担がかかり始めるのだ。
私の肩凝りと限りない頭痛の季節朝来!

少しでも化繊が入っていると、そこで自分の体に電気がたまるのが分かる。ドアのノブでパチッ!車に乗れば火花!人とすれ違うとパチっ!!デパートなんか絶対に歩けない。これを家の電力に転換でもできればいいけれど・・・こんな微量では何の役にも立たないだろう。
ソラさんひたすら無力感を持つ季節。

着る物が一枚増えただけで、木綿100%で生活できなくなった途端始まるこのつらさ。憂鬱じゃ!
やれやれ・・・

でも寒さがもっと増すとこの重さにも徐々に慣れて行くから、人生負荷をかけて調節しながら、冬越えのために少しでも順応能力が高まることを祈りつつ、冬に向かって、できるだけ体を動かしながら乗り切ろう!

もう腕が上がらない、首から肩がガタガタ、つまり第一にPCを使うのをやめて、掃除・洗濯・家の整理に精を出すことかもしれない。何しろ、もう年末なのだから、やらねばならないことがあるでしょ!?
机に向かってやる仕事を控えることかな?でもそうすると自分が自分でなくなってしまうかもしれないので、肩凝り君と仲良しになることも考えつつ・・・