久しぶりに読書の時間が持てたので、上記の二冊を読んでみた。
自分の態度の見直しのためだ。
前者は坪内ミキ子さんの102歳までのお母様を看取った手記。後者は介護の現場で35年以上かかわって三好春樹さんの認知症の人々とのかかわり方の手引書とでも言おうか・・・。
自分がほとほと悩んでしまったので、みんなどういう風に乗り越えているのか、現場の人から見たら今の母の現状はどういうものなのか、を知りたかったためである。
坪内さんのお母様は認知症ではなかったけれど、転倒をきっかけにお母様の性格が変わってしまったみたいな現象が起きて介護が始まったらしい。
認知症では無いし年齢も96歳と高齢、けれど読んでいて母との共通点が随分みてとれた。
とてもプライドが高く、かくしゃくとしたしっかりしたお母様であったこと、それが「我儘な老婆」に変わり果てたことだ。
後者の三好さんの本でも感じたのだが、歳をとるということは認知症であろうが、なかろうが同じなのではなかろうか?と思い始めた。
認知症とかアルツハイマーと言われると病気扱いになってしまうが、そんな大げさなものではなく、老人になるとみんな少なからず同じような状態になるのだ、それが歳をとるということなのだ、そんな気がする。
坪内さんのお母様とうちの母の我儘の出具合がとても似た感じがするのは、多分両者の性格が似ている面があるためではなかろうか?と思う。
そしてそれは何故かというと、プライドの高い二人は現在の自分の姿がふがいなくて受け入れられず、もがき苦しんでいる、そしてそれがイライラになって娘にぶっつけるという形で自分のやりきれない苦しみを処理している。そんな感じがする。
同じことが三好さんの本に出てくる、認知症の3つの型(竹内孝仁氏が分類)のうちの一つ『葛藤型』というタイプにぴったりあてはまる。
これは、老化や色々な障害を持つ自分が自分自身の考えているイメージとかけ離れてしまったために、なんとか自分を取り戻そうともがいている。しかも、そのイメージを取り戻す方法は若返ることしかないので、そこに葛藤が始まる、ということらしい。
こういうひとは、自分が認められて存在価値があると喜び、理解してくれる人がいると落ち着きを取り戻していくので、そういう関係を持てる人を見つけること。褒められ評価されることにより機嫌が良くなり前向きになれるので、少しずつ現実の自分の力量を再発見させ、ずれてしまっている自己像を修正していってあげると葛藤が減っていく。
そうしていければ、暴言や暴力的な行動や被害妄想や情緒不安定も少しずつ改善されていくとういことです。
これは本当にその通りかもしれない。母の行動や喜ぶこと、顔つきが変わることなどを見ていると、この本に書かれている通りに思える。
特別扱いが好き、感謝され、褒められるのが好き、権威のある人の言うことはよく聞く(私が何か言っても絶対に頭に残らない、定着しないのに、兄が言うと記憶に残る)そんな特徴をふまえてやっていこうと思います。
ここにもう一つの型の『回帰型』も少し入っているかもしれない。
そして、そこに病名としてもらったアルツハイマー型が加わるので、心して対処していかないと・・・
いずれにしても、二つの本から、できるだけプライドを傷つけずにやっていかねば、と思ったわたしです。これだけは心しておこう!
2011年8月25日木曜日
2011年8月23日火曜日
なんか窮屈
ここのところ、いつも時間に追いかけられているような気がする。
あまりに余裕がない。
今日は久しぶりのフリータイム。う・れ・し・い!
Kzさんは長野で泊まりでお仕事、私はスペイン語の日なのでオババの所へは行かない。
クラスで大笑いして、頭を使って、とても気持ちよくなって帰ってきた。
帰りに、新宿へ足を伸ばして、『グッド・ハーブ』を観て帰ろうと思ったけれど、5:35からの回だと家に着くのが9時ごろになるだろうから、明日の予定には少々きつい、無理は禁物なのでそのまま帰宅。
少しでも寄り道をしよう、なんて考える余裕が出ただけ、improveされてきたか?
眠っていてもオババのことが頭から離れず、すっかり不眠症に陥っていたのに、さっき居眠りをしていた。このまま解きほぐされればいいな。
明日は、朝オババの所へ顔を出して、それから軽井沢へ向かう。Kzさんは今日車で行っているので、新幹線で行けるから身体は楽だ。
スペイン語で元気をもらったせいか、M先生のサイマの施療がやっと好転反応から抜け出し始めたのか?それとも母の所から今回は5日も遠ざかっていられたせいか、ガタガタの身体が少しずつ快復しつつあるような気がする。
久しぶりに狭心症の発作も起きたので、ぼろぼろだった。
夕飯は手抜きで、三鷹駅の中でお弁当を買ってきてしまった。
いや、作らないのだから文句はないが、やはり美味しくない。
今日は徹底的に手抜き、フリータイムをenjoyする。
こんなことだけで、解放され幸せを感じる。
自分のしたい勉強を進められ、十分に準備ができる喜び。いつも時間がなくて、家事ばかり・・・
今日は本を読んで、テレビを観て・・・時間を独り占めだ!
おまけにブログまで更新!
おやすみなさい!
明日の地獄のことは考えずに・・・
あまりに余裕がない。
今日は久しぶりのフリータイム。う・れ・し・い!
Kzさんは長野で泊まりでお仕事、私はスペイン語の日なのでオババの所へは行かない。
クラスで大笑いして、頭を使って、とても気持ちよくなって帰ってきた。
帰りに、新宿へ足を伸ばして、『グッド・ハーブ』を観て帰ろうと思ったけれど、5:35からの回だと家に着くのが9時ごろになるだろうから、明日の予定には少々きつい、無理は禁物なのでそのまま帰宅。
少しでも寄り道をしよう、なんて考える余裕が出ただけ、improveされてきたか?
眠っていてもオババのことが頭から離れず、すっかり不眠症に陥っていたのに、さっき居眠りをしていた。このまま解きほぐされればいいな。
明日は、朝オババの所へ顔を出して、それから軽井沢へ向かう。Kzさんは今日車で行っているので、新幹線で行けるから身体は楽だ。
スペイン語で元気をもらったせいか、M先生のサイマの施療がやっと好転反応から抜け出し始めたのか?それとも母の所から今回は5日も遠ざかっていられたせいか、ガタガタの身体が少しずつ快復しつつあるような気がする。
久しぶりに狭心症の発作も起きたので、ぼろぼろだった。
夕飯は手抜きで、三鷹駅の中でお弁当を買ってきてしまった。
いや、作らないのだから文句はないが、やはり美味しくない。
今日は徹底的に手抜き、フリータイムをenjoyする。
こんなことだけで、解放され幸せを感じる。
自分のしたい勉強を進められ、十分に準備ができる喜び。いつも時間がなくて、家事ばかり・・・
今日は本を読んで、テレビを観て・・・時間を独り占めだ!
おまけにブログまで更新!
おやすみなさい!
明日の地獄のことは考えずに・・・
2011年8月22日月曜日
気力がでない
人間の気力ってどこから出てくるものなのだろうか?
母を軽井沢へ連れて行ってから、自分が変わってしまったみたいに、力が出てこない。
こうして人はうつ病になっていくのかもしれない。
まず、身体が動かない。
外に出たくないし、人と話したくない。メールも書きたくないし、文章も嫌だ。
本を読むと目が疲れて、頭が痛くなってくるし・・・
節々が痛くて、頭が重い。足の裏が痛くて、ふくらはぎがだるい・・・
私の中にあったスピリチュァル系の良いものがみんな吸取られてしまったみたいだ。
でも、明日はスペイン語の授業がある。 だから多分出席すれば元気をもらえるだろう。
パトリシア先生の優しい明るい笑顔、みんなの笑い声。
できるだけみんなに私のマイナスの気をあげないように、でもみなさんの元気な明るい気で私の中のもやもやを消してもらおう。
私があげられるときもあるのだから、許してもらおう!
明日こそ、力が戻ってきますように。
母を軽井沢へ連れて行ってから、自分が変わってしまったみたいに、力が出てこない。
こうして人はうつ病になっていくのかもしれない。
まず、身体が動かない。
外に出たくないし、人と話したくない。メールも書きたくないし、文章も嫌だ。
本を読むと目が疲れて、頭が痛くなってくるし・・・
節々が痛くて、頭が重い。足の裏が痛くて、ふくらはぎがだるい・・・
私の中にあったスピリチュァル系の良いものがみんな吸取られてしまったみたいだ。
でも、明日はスペイン語の授業がある。 だから多分出席すれば元気をもらえるだろう。
パトリシア先生の優しい明るい笑顔、みんなの笑い声。
できるだけみんなに私のマイナスの気をあげないように、でもみなさんの元気な明るい気で私の中のもやもやを消してもらおう。
私があげられるときもあるのだから、許してもらおう!
明日こそ、力が戻ってきますように。
2011年8月8日月曜日
弱音を吐こう介護日誌⑰ 〜最後にのこるもの
こんなに疲れてしまって良いのだろうか?
ものを考える気力もなく、神経がうなっている。
今年4月に帯状疱疹になってしまった時と良く似ている。
今日お昼に母の5日間の長野の旅を終えて帰宅した。精魂尽き果てた。
認知症とはいえ、今年一月までは確かに記憶はあったと思う。こんなにひどくはなかった。
そして記憶と共に、随分色々なものがなくなってしまったみたいだ。
慎み、感謝の気持ち、、、その代わりに欲、我、不満、プライドばかりが残り、我儘、主張が一段と強くなった。どうしてこんなに不満を言い続けることができるのだろう?次から次へと・・・
私にとってみたら、不満にもならない、ちょっと我慢をすればよいものだらけだ。謙虚になればすむことばかり・・・それがぐだぐだぐだぐだ、何十回と繰り返しては言い続ける。しかも私への非難になることばかり・・・心が傷み、疲れた。
4晩眠れなかった。
安定剤で眠っている人特有の、まるで脳梗塞みたいな大きないびき。
寝ぼけ、錯覚・・・安定剤で9時ごろ眠ってしまうので、真夜中に必ず目を覚ましてしまう・・・そしてごそごそ何かを捜して食べ始める。
頻尿・・・
独特のにおいが部屋の中に満ちる、何の匂いなのだろう?飲んでいる薬?染み付いた身体の匂い?それとも尿とか大便の処理がうまくてきていないから?
それでも、信州の家に行ってから父のお墓へ行った時、そこは母のふるさとでもあるのだが、何だか懐かしそうにしていて、ほんの少しだけれど素直になってくれたのが嬉しかった。
レモンをかじった時の智恵子のようだった。
正気に戻った??
東京へ戻って兄に引渡し、タクシー乗り場で手を振った時も、こちらを見ようともせずに、もちろん『ありがとう』の一言もなかったのが寂しかった。
私にはすごい疲労と胃の痛みと脳の中の混乱が残った。
そして、何か感慨みたいなものが少しも感じられなかった。
これが自分? まるで抜け殻だ。
録画しておいた『ジウ』を観た。
こういうときにはこういうのがいい。
何も考えたくなかった。何もしたくない・・・そう思いながら、それでも何か書き留めておこうとPCを開いた。
ものを考える気力もなく、神経がうなっている。
今年4月に帯状疱疹になってしまった時と良く似ている。
今日お昼に母の5日間の長野の旅を終えて帰宅した。精魂尽き果てた。
認知症とはいえ、今年一月までは確かに記憶はあったと思う。こんなにひどくはなかった。
そして記憶と共に、随分色々なものがなくなってしまったみたいだ。
慎み、感謝の気持ち、、、その代わりに欲、我、不満、プライドばかりが残り、我儘、主張が一段と強くなった。どうしてこんなに不満を言い続けることができるのだろう?次から次へと・・・
私にとってみたら、不満にもならない、ちょっと我慢をすればよいものだらけだ。謙虚になればすむことばかり・・・それがぐだぐだぐだぐだ、何十回と繰り返しては言い続ける。しかも私への非難になることばかり・・・心が傷み、疲れた。
4晩眠れなかった。
安定剤で眠っている人特有の、まるで脳梗塞みたいな大きないびき。
寝ぼけ、錯覚・・・安定剤で9時ごろ眠ってしまうので、真夜中に必ず目を覚ましてしまう・・・そしてごそごそ何かを捜して食べ始める。
頻尿・・・
独特のにおいが部屋の中に満ちる、何の匂いなのだろう?飲んでいる薬?染み付いた身体の匂い?それとも尿とか大便の処理がうまくてきていないから?
それでも、信州の家に行ってから父のお墓へ行った時、そこは母のふるさとでもあるのだが、何だか懐かしそうにしていて、ほんの少しだけれど素直になってくれたのが嬉しかった。
レモンをかじった時の智恵子のようだった。
正気に戻った??
東京へ戻って兄に引渡し、タクシー乗り場で手を振った時も、こちらを見ようともせずに、もちろん『ありがとう』の一言もなかったのが寂しかった。
私にはすごい疲労と胃の痛みと脳の中の混乱が残った。
そして、何か感慨みたいなものが少しも感じられなかった。
これが自分? まるで抜け殻だ。
録画しておいた『ジウ』を観た。
こういうときにはこういうのがいい。
何も考えたくなかった。何もしたくない・・・そう思いながら、それでも何か書き留めておこうとPCを開いた。
2011年7月30日土曜日
"Lost Horizon" と "Random Harvest"
Kevinの今学期は、ジェームス・ヒルトン原作のLost Horizon(失われた地平線)だった。
原作はとてもよい作品だった。
映画は?といえば、1937年の作品だから、多分当時観たらもっと斬新な映画だったのだと思うが、原作が素晴らしすぎて、少し興ざめかもしれない。
最後のクラスで、同じ作家による、同主演、つまりロナルド・コールマン主演映画、"Random Harvest"を観たが、原作を読まないで観たせいかもしれないが、素晴らしい作品だった。
女優のGreer Garson, 彼女が輝いていて、完全に主役を食っていた。彼女が主演の映画だったのだろうか?
あの時代で、しっかり自分の足で立ち、明るく慈愛に満ち、しかも強く逞しく、けなげで、全然押し付けっぽくなく・・・たまらなく美しい彼女は、微笑むだけで周りを癒してくれる素晴らしい要素があった。
女優さんに、目を見ているだけでこんなに気持ちを温かくしてもらえるなんて思ってもみなかった。
前回のBig Sleep のあのへたっぴいなボガートの奥さん(ローレン・バコール・・・まじへたくそだった!!)に比べたら、尊敬してしまうほどの貫禄と気品のある女優さんだ。
よい作品に出会えて本当に良かった。
原作はとてもよい作品だった。
映画は?といえば、1937年の作品だから、多分当時観たらもっと斬新な映画だったのだと思うが、原作が素晴らしすぎて、少し興ざめかもしれない。
最後のクラスで、同じ作家による、同主演、つまりロナルド・コールマン主演映画、"Random Harvest"を観たが、原作を読まないで観たせいかもしれないが、素晴らしい作品だった。
女優のGreer Garson, 彼女が輝いていて、完全に主役を食っていた。彼女が主演の映画だったのだろうか?
あの時代で、しっかり自分の足で立ち、明るく慈愛に満ち、しかも強く逞しく、けなげで、全然押し付けっぽくなく・・・たまらなく美しい彼女は、微笑むだけで周りを癒してくれる素晴らしい要素があった。
女優さんに、目を見ているだけでこんなに気持ちを温かくしてもらえるなんて思ってもみなかった。
前回のBig Sleep のあのへたっぴいなボガートの奥さん(ローレン・バコール・・・まじへたくそだった!!)に比べたら、尊敬してしまうほどの貫禄と気品のある女優さんだ。
よい作品に出会えて本当に良かった。
2011年7月29日金曜日
弱音を吐こう介護日誌⑯ 〜あのさぁ~
いつもいつも そんなに愚痴ばっかり言っていて
自分が嫌にならない?
それも無意識なのかな?
不平不満を吐き出しているのかと思って、聞き役になって受け止めていたけれど
実際はそうじゃなくて
繰り返すことによって『自分はこんなに不幸だ』って確信しているみたい
自分の不幸を忘れないために・・・
だって、吐き出した後全然すっきりしていないもの
もっと強力な不平の火達磨になる
『私にはこういう不満がある』ってリストを作って
いつでも言えるように何度も暗記しているみたいよ
こんなに記憶が薄れてきているのに、頭の中が嫌なことばかりで一杯じゃ
もったいないよ
どうせ覚えていようと思うなら もっと楽しいことにしようよ
心が温かくなることにしようよ
今思っている不幸なんて、不幸のうちに入らないよ
だってこんなに家族が心から温かく見守り、手助けし望みをかなえようと一生懸命
みんな手を差し伸べているのだから
シルバーカーを押せばある程度歩けるし
おしゃべりできるし笑うことだってできる
美味しいお食事を自分で食べることができるし、材料の買い物や作る心配もいらない
自分ではできない掃除や洗濯もしてもらえる
第一病気がないじゃない
外出したかったら、そう言えばいつでも連れていってもらえる
病気で動けず、食べるものがなくて、一人ぼっち
そしたら、人は不満を言う元気すらなくなってしまうんだよ
涙も出ない
助けを求める力もなくなり、静かに死ぬのを待つだけ・・・
もう若くないし、皮膚が染みだらけ、それが何だって言うの
生きてきた証じゃない
そんなこと、堂々と威張って受け入れなきゃ
愚痴の液体にどっぷり浸かって、醜く染まっていくよりは
穏やかな温かい気持ちになって、まわりのひとたちを穏やかな温かい気持ちにしてあげようよ
長い年月生きてきた人にしかできないことがあるんだよ
エネルギーは良くても悪くても強い方から弱い方へ流れるんだって
私のエネルギーは穏やかなんだけれど、
まだ強くないから身体が丈夫じゃないから、しっかり受け止めることができなくて
あなたの恨みのエネルギーにいつも負けてしまう
いつも穏やかに、温かく・・・と決意して行くのだけれど
少しずつあなたの不満のエネルギーに侵食されくたくたになって帰ってくるの
微笑みは全部吸取られて・・・
まるで宮崎駿さんの世界
私のオーラがそれに勝るには、多分もう少し私の身体が丈夫になって
精神ももっと逞しく優しくならないとね
そして、あなたに少しでいいから慈しみの気持ちが芽生えてくれたら大きな力になるだろうな
少しずつ、少しずつ・・・
自分が嫌にならない?
それも無意識なのかな?
不平不満を吐き出しているのかと思って、聞き役になって受け止めていたけれど
実際はそうじゃなくて
繰り返すことによって『自分はこんなに不幸だ』って確信しているみたい
自分の不幸を忘れないために・・・
だって、吐き出した後全然すっきりしていないもの
もっと強力な不平の火達磨になる
『私にはこういう不満がある』ってリストを作って
いつでも言えるように何度も暗記しているみたいよ
こんなに記憶が薄れてきているのに、頭の中が嫌なことばかりで一杯じゃ
もったいないよ
どうせ覚えていようと思うなら もっと楽しいことにしようよ
心が温かくなることにしようよ
今思っている不幸なんて、不幸のうちに入らないよ
だってこんなに家族が心から温かく見守り、手助けし望みをかなえようと一生懸命
みんな手を差し伸べているのだから
シルバーカーを押せばある程度歩けるし
おしゃべりできるし笑うことだってできる
美味しいお食事を自分で食べることができるし、材料の買い物や作る心配もいらない
自分ではできない掃除や洗濯もしてもらえる
第一病気がないじゃない
外出したかったら、そう言えばいつでも連れていってもらえる
病気で動けず、食べるものがなくて、一人ぼっち
そしたら、人は不満を言う元気すらなくなってしまうんだよ
涙も出ない
助けを求める力もなくなり、静かに死ぬのを待つだけ・・・
もう若くないし、皮膚が染みだらけ、それが何だって言うの
生きてきた証じゃない
そんなこと、堂々と威張って受け入れなきゃ
愚痴の液体にどっぷり浸かって、醜く染まっていくよりは
穏やかな温かい気持ちになって、まわりのひとたちを穏やかな温かい気持ちにしてあげようよ
長い年月生きてきた人にしかできないことがあるんだよ
エネルギーは良くても悪くても強い方から弱い方へ流れるんだって
私のエネルギーは穏やかなんだけれど、
まだ強くないから身体が丈夫じゃないから、しっかり受け止めることができなくて
あなたの恨みのエネルギーにいつも負けてしまう
いつも穏やかに、温かく・・・と決意して行くのだけれど
少しずつあなたの不満のエネルギーに侵食されくたくたになって帰ってくるの
微笑みは全部吸取られて・・・
まるで宮崎駿さんの世界
私のオーラがそれに勝るには、多分もう少し私の身体が丈夫になって
精神ももっと逞しく優しくならないとね
そして、あなたに少しでいいから慈しみの気持ちが芽生えてくれたら大きな力になるだろうな
少しずつ、少しずつ・・・
2011年7月20日水曜日
さようなら、原田芳雄さん
昔、まだ私が若い頃、『二丁目3番地』というテレビドラマが大ヒットしていた。
シャキッと強い浅丘ルリ子と、頼りない強くない男の石坂浩二の演ずるへいちゃんのラブコメディーというか、ファミリードラマというか・・・とにかくとても素敵な番組だった。
赤い鳥の澄んだ声が歌う、『目覚めた時には~いつでも晴ーれてる♪』というテーマ曲がいつまでも聞こえる。そして、二人の言葉合戦(多分脚本が面白かったのだろう)が巧みでとても面白かった。
その後、好評だった2丁目に続いて、『3丁目4番地』が始まった。
こんどはビリー・バンバンの『過ぎた日のほほえ~みは、みんなきみ~にあげる♪』・・・曲は2丁目の方が好きだったが、これもなかなか良かった。
私は2丁目の頼りないヘイちゃんのファンだったが、そこに強力なライバルが出現した。
下宿人のロクさんだ。
いつもどてらを着ていて、踏み台から天井裏に顔だけ出して、置いてあるレールの上の電車を動かしている。鉄道?山道みたいな気もするが、とにかく列車マニアみたいな世捨て人的イメージの、スナフキンみたいな奴だった。ただし、たまらないスケールの大きさと魅力のある人だった。
この人がドカン!と来た。
この役者さんだれ?初めて見る顔だった。
原田芳雄。
何て地味な名前、俳優じゃなくてその辺の人みたいね。
これが彼との出会い(一方的だけど)だった。
私はアウトロー的な、泥臭くてどこそこ冷たいが本当はめちゃくちゃあったかい、欲がなくて、どこか達観していて、でもハンサム・・・自分があって、地位もお金もないのに堂々としている・・・そんな彼に夢中になった。多分二十歳の頃ではないかなあ?
当時の私は映画やテレビは好きだったが、俳優さんに夢中になるタイプではなかった。
今でもサッカーが大好きだが、おっかけするタイプではないし、特定の選手のファンになるタイプでもない。
しかし、二十歳の頃の私は彼にはまった。後にも先にも、そういう気に入り方をしたのは彼だけだったような気がする。
もしかすると、若い頃の彼の顔が好きだったのかもしれない。(ちょっこし、若い頃の家のダンナに似ているようないないような・・・)
それからある時期まで彼のテレビは全部観たし、邦画はあまり好きではなかったが、映画も観た。
『赤い鳥、逃げた』
柳生十兵衛をやった時の蝉を黙らせたシーンとか、すごく好きだった。
けれど、原点は3丁目~のロクさんだ。
あそこに私の好きな男性の姿が凝縮されていたのかもしれない。
次第に彼の役柄も変わって行き・・・私の好きだったロクさんの姿はあまり彼の中には見えなくなり、むしろ個性の強い、きつい役どころの役者さんになっていった。緒形拳さんみたいに、やはり邦画や大きなドラマの世界ではなくてはならない存在だった。
彼が亡くなったのは、マジ、ショックだった。
71歳とは知らず、同世代に感じていたからだ。
60代真ん中辺りと思っていた。
私の好きだったロクさん風の役はそれ以後の彼にはなかったが、私の原田芳雄は、あのロクさんとイコールであり、できれば、今の歳であんな穏やかな何もない、けれど格好いいおじいさんの役をもう一度してもらいたかったような気がする。
そうしたら、またドカーーンと来てしまっただろう。
私も、お迎えの準備に備えて、悔いのない人生を心がけよう。
シャキッと強い浅丘ルリ子と、頼りない強くない男の石坂浩二の演ずるへいちゃんのラブコメディーというか、ファミリードラマというか・・・とにかくとても素敵な番組だった。
赤い鳥の澄んだ声が歌う、『目覚めた時には~いつでも晴ーれてる♪』というテーマ曲がいつまでも聞こえる。そして、二人の言葉合戦(多分脚本が面白かったのだろう)が巧みでとても面白かった。
その後、好評だった2丁目に続いて、『3丁目4番地』が始まった。
こんどはビリー・バンバンの『過ぎた日のほほえ~みは、みんなきみ~にあげる♪』・・・曲は2丁目の方が好きだったが、これもなかなか良かった。
私は2丁目の頼りないヘイちゃんのファンだったが、そこに強力なライバルが出現した。
下宿人のロクさんだ。
いつもどてらを着ていて、踏み台から天井裏に顔だけ出して、置いてあるレールの上の電車を動かしている。鉄道?山道みたいな気もするが、とにかく列車マニアみたいな世捨て人的イメージの、スナフキンみたいな奴だった。ただし、たまらないスケールの大きさと魅力のある人だった。
この人がドカン!と来た。
この役者さんだれ?初めて見る顔だった。
原田芳雄。
何て地味な名前、俳優じゃなくてその辺の人みたいね。
これが彼との出会い(一方的だけど)だった。
私はアウトロー的な、泥臭くてどこそこ冷たいが本当はめちゃくちゃあったかい、欲がなくて、どこか達観していて、でもハンサム・・・自分があって、地位もお金もないのに堂々としている・・・そんな彼に夢中になった。多分二十歳の頃ではないかなあ?
当時の私は映画やテレビは好きだったが、俳優さんに夢中になるタイプではなかった。
今でもサッカーが大好きだが、おっかけするタイプではないし、特定の選手のファンになるタイプでもない。
しかし、二十歳の頃の私は彼にはまった。後にも先にも、そういう気に入り方をしたのは彼だけだったような気がする。
もしかすると、若い頃の彼の顔が好きだったのかもしれない。(ちょっこし、若い頃の家のダンナに似ているようないないような・・・)
それからある時期まで彼のテレビは全部観たし、邦画はあまり好きではなかったが、映画も観た。
『赤い鳥、逃げた』
柳生十兵衛をやった時の蝉を黙らせたシーンとか、すごく好きだった。
けれど、原点は3丁目~のロクさんだ。
あそこに私の好きな男性の姿が凝縮されていたのかもしれない。
次第に彼の役柄も変わって行き・・・私の好きだったロクさんの姿はあまり彼の中には見えなくなり、むしろ個性の強い、きつい役どころの役者さんになっていった。緒形拳さんみたいに、やはり邦画や大きなドラマの世界ではなくてはならない存在だった。
彼が亡くなったのは、マジ、ショックだった。
71歳とは知らず、同世代に感じていたからだ。
60代真ん中辺りと思っていた。
私の好きだったロクさん風の役はそれ以後の彼にはなかったが、私の原田芳雄は、あのロクさんとイコールであり、できれば、今の歳であんな穏やかな何もない、けれど格好いいおじいさんの役をもう一度してもらいたかったような気がする。
そうしたら、またドカーーンと来てしまっただろう。
私も、お迎えの準備に備えて、悔いのない人生を心がけよう。
2011年7月18日月曜日
なでしこ、世界一おめでとう!
ここまでやるって、どれくらいの人が予想していただろうか?
延長戦に入ってからは、涙で目が霞んで困った!
澤の同点ゴールの時は、涙だけじゃなくて、本当に泣いてしまった。
宮間のどっしりした頼りになる様子を見ていると、もしかしたら勝つ?って思った。
こういうのを感動っていうんだろうな。
ディッシュの山を見てそう思った。
なでしこジャパンは、今回解説をやっていた川上さんが右のサイドをかけ上がって大活躍していた頃からずっと応援していた。とても綺麗な女性で、取られても、取られても走っていた。すごくタフな選手だった。
みんな仕事しなから、あの小柄な細い身体のどこにこんなパワーがあるの?と思わせるほどのすごい粘りで頑張っていた。
結婚して名前が変わった人もいるし、昔活躍したのに、ベンチにいる人もいた。
でもすごい!世界の頂点に立ってしまったのだから。
何ていい気持ち!
こういうエネルギーで満ちれば、嫌なものが消えて、地球も静かになるかもしれない。
澤さんをはじめ、鮫島、熊谷、岩清水、海堀、川澄・・・みんなありがとう!
美しく、逞しく、男性が絶対まねできないものを持った日本の女性達。
本当にヤマトナデシコだと思った。日本女性は美しい。
延長戦に入ってからは、涙で目が霞んで困った!
澤の同点ゴールの時は、涙だけじゃなくて、本当に泣いてしまった。
宮間のどっしりした頼りになる様子を見ていると、もしかしたら勝つ?って思った。
こういうのを感動っていうんだろうな。
ディッシュの山を見てそう思った。
なでしこジャパンは、今回解説をやっていた川上さんが右のサイドをかけ上がって大活躍していた頃からずっと応援していた。とても綺麗な女性で、取られても、取られても走っていた。すごくタフな選手だった。
みんな仕事しなから、あの小柄な細い身体のどこにこんなパワーがあるの?と思わせるほどのすごい粘りで頑張っていた。
結婚して名前が変わった人もいるし、昔活躍したのに、ベンチにいる人もいた。
でもすごい!世界の頂点に立ってしまったのだから。
何ていい気持ち!
こういうエネルギーで満ちれば、嫌なものが消えて、地球も静かになるかもしれない。
澤さんをはじめ、鮫島、熊谷、岩清水、海堀、川澄・・・みんなありがとう!
美しく、逞しく、男性が絶対まねできないものを持った日本の女性達。
本当にヤマトナデシコだと思った。日本女性は美しい。
2011年7月11日月曜日
ウォーキングに行こうか? 〜認知症戦争の合間
さっきから雷がごろごろやっているので、歩きに行こうか迷っている。
昨日も一昨日も今頃の時間に真っ暗になって、スコールのような物凄い雨に襲われた。雷も落ちた。
だから・・・躊躇。
少し暗くなってきたが、濡れてもいいから行って来よう。
土曜日から軽井沢に来ている。Kzさんは今日は仕事で旧軽の上の方にあるホテルへ行った。
久しぶりのブログ更新。
一ヶ月ものが書けなかった。
オババのあまりの横暴さに完全にキレタ私は、ここ一ヶ月間、文章など書ける精神状態ではなかった。
気持ちの修正と同時に、母の態度が変わったこともあり、少しずつ
『また頑張らねば』
『実の親なんだから捨てるわけにはいかない』
『いくら姨捨山が近くたって・・・』
なんて気持ちになり始めている。
母も、こう思ったようだ
『ソラちゃんがいないと困る、何かと都合が悪い』
『娘だからって、我儘言い放題の何でも思うようになると思ってはいけない』
『ありがとう、だってたまには言わないと・・・』と。
そんな反省で母の態度が少し変わり、私も心が傷つきにくくなった。
そして、自分を立て直さないといけない。自分の人生を人のせいにせずに生きねばならない、と思った。
何歳で人生を再スタートさせたっていいのだ、と村上春樹も書いていた。
何だって捨てることはできる、自分の意識次第で。
母のことは母のことであり、それが全てではない。
ぎょ!ちょっと書いたら出ようと思っていたのだが、やはり雨が降ってきた。
この雨がやんだら行ってこよう!
軽井沢の生活は日常生活の雑事から離れ、自分を再生させること。
運動をし、瞑想をし、考え、何も考えず、美味しい野菜を食べ、たまったやりたいことを思う存分し・・・自分を取り戻す。
今日は英語を読み、スペイン語を読み・・・そして歩く。
昨日も一昨日も今頃の時間に真っ暗になって、スコールのような物凄い雨に襲われた。雷も落ちた。
だから・・・躊躇。
少し暗くなってきたが、濡れてもいいから行って来よう。
土曜日から軽井沢に来ている。Kzさんは今日は仕事で旧軽の上の方にあるホテルへ行った。
久しぶりのブログ更新。
一ヶ月ものが書けなかった。
オババのあまりの横暴さに完全にキレタ私は、ここ一ヶ月間、文章など書ける精神状態ではなかった。
気持ちの修正と同時に、母の態度が変わったこともあり、少しずつ
『また頑張らねば』
『実の親なんだから捨てるわけにはいかない』
『いくら姨捨山が近くたって・・・』
なんて気持ちになり始めている。
母も、こう思ったようだ
『ソラちゃんがいないと困る、何かと都合が悪い』
『娘だからって、我儘言い放題の何でも思うようになると思ってはいけない』
『ありがとう、だってたまには言わないと・・・』と。
そんな反省で母の態度が少し変わり、私も心が傷つきにくくなった。
そして、自分を立て直さないといけない。自分の人生を人のせいにせずに生きねばならない、と思った。
何歳で人生を再スタートさせたっていいのだ、と村上春樹も書いていた。
何だって捨てることはできる、自分の意識次第で。
母のことは母のことであり、それが全てではない。
ぎょ!ちょっと書いたら出ようと思っていたのだが、やはり雨が降ってきた。
この雨がやんだら行ってこよう!
軽井沢の生活は日常生活の雑事から離れ、自分を再生させること。
運動をし、瞑想をし、考え、何も考えず、美味しい野菜を食べ、たまったやりたいことを思う存分し・・・自分を取り戻す。
今日は英語を読み、スペイン語を読み・・・そして歩く。
2011年6月10日金曜日
認知症の特徴 ~固執編~
母の性格か認知症全般に言えることなのかよく分からないが、彼女がアルツハイマー型認知症の病名をもらってから顕著にでてきた特徴を記しておこうと思います。
その① 固執
何か気になることがあると、そのことばかり繰り返して質問したり、訴えたりする。
そのしつこさは3歳児の質問攻めどころではない。
[例]
頼まれて買ってきた化粧水がモデルチェンジし、前回と変わってしまった。Diorの一番高価なシリーズだけあって以前はとてもリッチな化粧水だったが、今はさらりとしている。これから暑くなるので、あのような濃厚なものを人が好むとは思えないが、彼女のお気に入り且つ、この歳になってもDiorの化粧品を使っているという誇りでもあった。
いくら説明しても違うのいってんばり(確かに違うのだ。それが分かるだけでも本当に認知症?と思うのだが・・・)。
Diorは品質改良を繰り返すので、製品もしょっちゅう変わるので、それは仕方ないが、濃さも違い、こんな鼻水みたいなしょぼい、しみったれたものは話しにもならないと一歩も譲らず!
行くごとにその不平に始まり、同じ問答の繰り返しをしないと次に進まない。いくらもう生産していない、お母さんのお気に入りのシリーズに化粧水はこれしかないと言っても理解してくれない。そのイライラはエスカレートするばかりだった。
つまり彼女は理由を知って納得して済むのではなく、問題を解決したくてイライラするのだ。つまり理由が分かっても、彼女の問題は解決しないから、永遠に質問と不平を繰り返すことになる。
そこで、『そうか!こってりすればいいのだ!』そう気がついた。以前使ったことのある、これまた高価な別のシリーズの濃い美容液を買って持って行った。
「化粧水は名前の如く水だから、あれでいいのよ。栄養の濃さの方はこれで補ってね。それぞれ用途が違うから、使い分けて」そう言って渡した。
すると不思議、彼女の疳の虫がなくなった。
「ああ、懐かしいにおい、これ覚えている。いい香りだし、肌も気持ちいい」満足げだった。
次に行った時には、初めて「ソラちゃん、あれ気持ちいいね」と初めて肯定的なお礼に近い言葉を言われた。
こういう記憶だけは残っているのだろうか?
もし、どこかに記憶の何かが少しでも残っていたら、それを刺激してあげて、喜びに変えてあげると良いのかもしれない。
しかし、現実はなかなか解決法が見つからないから困る。
本人によって捏造された記憶の『無い物ねだり』の質問攻めの毎日だ。何時間でも同じことを質問し続ける。いつものことだが、毎日毎日記憶の上塗りをしていくから、解決しない限り、何ヶ月も決して諦めず、質問は巧みになり、泣き落としやそれに纏わる物語まで登場し、それでも解決せずイライラはエスカレートする。
70年前に曾おばあさんがくれた反物で作った思い出の品、絣のズボン(?)問題はどのように解決したらよいのだろうか?彼女の心の中のイメージだけなのだから、、、別の絣のズボンを買ってきても解決しないのだろうなあ~??やってみるか??
彼女の欲望は際限なく膨らむ。
私は頭を悩まし、心が痛む。
その① 固執
何か気になることがあると、そのことばかり繰り返して質問したり、訴えたりする。
そのしつこさは3歳児の質問攻めどころではない。
[例]
頼まれて買ってきた化粧水がモデルチェンジし、前回と変わってしまった。Diorの一番高価なシリーズだけあって以前はとてもリッチな化粧水だったが、今はさらりとしている。これから暑くなるので、あのような濃厚なものを人が好むとは思えないが、彼女のお気に入り且つ、この歳になってもDiorの化粧品を使っているという誇りでもあった。
いくら説明しても違うのいってんばり(確かに違うのだ。それが分かるだけでも本当に認知症?と思うのだが・・・)。
Diorは品質改良を繰り返すので、製品もしょっちゅう変わるので、それは仕方ないが、濃さも違い、こんな鼻水みたいなしょぼい、しみったれたものは話しにもならないと一歩も譲らず!
行くごとにその不平に始まり、同じ問答の繰り返しをしないと次に進まない。いくらもう生産していない、お母さんのお気に入りのシリーズに化粧水はこれしかないと言っても理解してくれない。そのイライラはエスカレートするばかりだった。
つまり彼女は理由を知って納得して済むのではなく、問題を解決したくてイライラするのだ。つまり理由が分かっても、彼女の問題は解決しないから、永遠に質問と不平を繰り返すことになる。
そこで、『そうか!こってりすればいいのだ!』そう気がついた。以前使ったことのある、これまた高価な別のシリーズの濃い美容液を買って持って行った。
「化粧水は名前の如く水だから、あれでいいのよ。栄養の濃さの方はこれで補ってね。それぞれ用途が違うから、使い分けて」そう言って渡した。
すると不思議、彼女の疳の虫がなくなった。
「ああ、懐かしいにおい、これ覚えている。いい香りだし、肌も気持ちいい」満足げだった。
次に行った時には、初めて「ソラちゃん、あれ気持ちいいね」と初めて肯定的なお礼に近い言葉を言われた。
こういう記憶だけは残っているのだろうか?
もし、どこかに記憶の何かが少しでも残っていたら、それを刺激してあげて、喜びに変えてあげると良いのかもしれない。
しかし、現実はなかなか解決法が見つからないから困る。
本人によって捏造された記憶の『無い物ねだり』の質問攻めの毎日だ。何時間でも同じことを質問し続ける。いつものことだが、毎日毎日記憶の上塗りをしていくから、解決しない限り、何ヶ月も決して諦めず、質問は巧みになり、泣き落としやそれに纏わる物語まで登場し、それでも解決せずイライラはエスカレートする。
70年前に曾おばあさんがくれた反物で作った思い出の品、絣のズボン(?)問題はどのように解決したらよいのだろうか?彼女の心の中のイメージだけなのだから、、、別の絣のズボンを買ってきても解決しないのだろうなあ~??やってみるか??
彼女の欲望は際限なく膨らむ。
私は頭を悩まし、心が痛む。
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