2013年5月1日水曜日

認知症の特徴 〜ショートメモリー(短期記憶)の欠如

母がホームに入り、アルツハイマー型認知症と診断されて2年と2ヶ月が過ぎた。

認知症の病名をいただいているにもかかわらず、私には母はアルツハイマーではなく、ただの歳相応にボケたばあさんなだけなのではないだろうか?と思いたい気持ちは続いている。

ここのところ便の出が悪いらしく、日記帳に「うんちあり」の記録がほとんど無くなっている。
今までは几帳面な母は、排便後直ぐに必ず「ウンチあり」と書いていたのだ。
スタッフの方々も母が「今日はありません」と言っても、必ず母の日記帳をのぞく。そしてニッコリして「あらあら、市川さん、ありましたよ、ほら!ここに書いてある」と言いながら母と顔を見合わせる。
母驚き顔で一言「あったかねえ〜!」

その記述がほとんどないので、看護婦さんに「便秘でしょうか?」と相談したが、「もしかしたら、出ているのに日記の所へ移動する間に忘れてしまっているかもしれません。最近記憶障害が以前より進んでいる感じがします」と言われた。

「それは私も感じます、特に直前の記憶が・・」と頷くと、
「今以上のことはする手立てがありません。これからは見守るしかないかもしれませんね」と言われた。

メマリーとレミニール錠が効いていたせいか、模範生に近いくらい認知症の進行が止まっていた母だが、やはり来るときが近づいているのかもしれない。

今日は、また蚊帳みたいなカーディガンを羽織ってトイレから出て来た。これを着ているときは要注意だ。しかも先日私が買って行ったピンクの長い羽織りもののカーディガンの上にそれより小振りの蚊帳を羽織っているのだから、何ともみっともなかった。

「お母さん、このピンクのカーディガンは一番上に羽織るものだから、この蚊帳みたいなのを上に着なくてもいいんだよ」と言うと、素直に「変だわねえ〜」と頷いていた。

2時45分頃、どうもアクティヴィティのことが気になるらしく、「ちょっと行って来る」と言って出て行った。通常私が来ている時は、あまり参加したがらないのに変だな?と思ったが、「それは、いいことよ、行ってらっしゃい」と送った。

3時になっても戻らないので、向こうでお茶にしたのかな?と私は部屋で片付けをしていた。
母は、私が居る時は、迎えに来るか、お茶は向こうでしないで部屋で一緒にしようと戻って来る。稀にお茶とおやつをいただいてから大急ぎで部屋に戻ることもあるので、今日は私の嫌いな蚊帳を着ていたくらいだから後者かな?・・・と部屋で待った。

実は、私も前日の家のエアコン工事で疲れていたので、お年寄りと一緒に笑顔でお茶する気分にもなれなかったので、部屋で本を読んでいた。

ところが、3時半になっても戻らない。もう出て行ってから45分になる。いくらなんでもこれはない!こんなことは初めてだった。

『やれやれ、とうとう来たか! これは、私が来ていることを完璧に忘れている』と確信した。多分今日は部屋を出た途端に忘れてしまったに違いない。
実はもっと前にそう思ったのだが、それでも思い出すかも・・と微かな希望を胸に実験的に待ってみたのだった。

これ以上待つと折角来ている時間が無駄になってしまうので迎えに行った。

案の定、顔見知りの女性Kさんと話し込んでいる。
これはとてもとても有り難いことで、お話し相手がいるのだと心から嬉しかったのだが、母は私の顔を見てビックリしている。

ほとんどドッキリカメラ並みの驚き方だ。

「すっかり忘れていた。ソラちゃんいたのね」
お隣の女性もビックリ! そしてみんなであきれて大笑い!!

しかし、母は珍しく落ち込んで「こんなに来るのを待っているのに、一番楽しみにしているのに、それなのに忘れちゃうなんて・・・」としおらしく何度もぶつぶつ言っていた。

この事件も直ぐに忘れてしまうのだと思うけれど、本人に戦う意志があってもやはり海馬の萎縮にはかなわないのだろうか?こんな悔しさが脳に働いて踏ん張ってくれたりはしないのだろうか?

どんなに頑張っても、『グッド・ハーブ』の映画にあった、徐々にアルツハイマーが進行して行ってしまう植物学者のお母さんのように意志とは関係なく来る時が来てしまうのだろうか?

認知症を観察しつつ、見守りつつ、どうにかならないのかともがきつつ、自分のもがきが母の安らぎを奪わないようにと願いつつ、平常心で受け入れながらも、やはり何か自分にできることはないのだろうかと戦い続ける私だ。




2013年4月30日火曜日

我が家の世代交代⑧ 〜ウォッシュレット アプリコット TCF4721

2009年に一階のウォッシュレットを替えた。
電気系統の故障で、温水が出なくなったのだ。

その時、「次は2階ですね」と言われたが、今年まで持ってしまった。16年使ったことになる。前回ですらも長持ちしたと言われたのだが、更に4年・・・

以前練馬のマンションに住んでいた時に、TOTOのGIというシリーズのウォッシュレットの洗浄用のお湯の出が大変心地よく、この家を建てる時にも是非同じものをお願いしたいということで、このシリーズにしたのだが、湯量が抱負でだからといってきつくなくたっぷりと優しく・・・とても気持ちが良かった。

それは横にタンクが付いているタイプで、常にそのタンクの温度を保っていいなければならない。今は節電の関係上、横のタンクのものは効率が悪くて、なくなってしまったそうだ。

こうして、今回は前回の1F同様、アプリコットにした。
以前と違って色々な自動機能がついているのだが、そんなに便利にする必要もないと思うのだ。
自動的に便座のフタが上がるのはうっとおしい上に無駄に感じ、その機能はパス!

しかし、以前のと比べて16年の歳月を経た割には使い心地はそんなに改善されたとは思わない。もちろん、節電に関しては何も言えないが、湯量はやはり昔の方がずっと気持ちが良いから困ったものだ。

ひとつ可笑しかったのは、リモコン
最近めっきり目が霞んで来て、老眼が更に進んで困っているのだが、昔の大きな丸いボタンが3つか4つあるやつで十分だ。

しかし、機能が多くなったから、そうも言っていられないのだろう。
そこで4年前と比べてみた。これが四年前のもの。



この時は12年前と比べると確かに便器も全てファッショナブルになり、リモコンも見にくいけれど大変おしゃれになった。軽井沢のハルニレテラスなども同じトイレを使っていた。


そして今回、どちらも老眼には見辛いのだが、どっちの方が新しい感じがするのかは疑問だ。


というわけで、我が家の世代交代はどんどん進むが、製品そのものは果たしてどうなのだろうか?

もっとも寿命が来て、壊れてしまっては替える以外に仕方がないのだが・・。

2013年4月22日月曜日

『シャンタラム』上・中・下巻 by グレゴリー・ディヴィッド・ロバーツ

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)



"Shantaram"  by Gregory David Roberts

大変な本にはまってしまった!
3冊を幾日で読んだのだろう? 止まらなかった。

『風の影』を読んだ時にも止まらなくて困ったが、あれは『これからどうなるのだろう?』とハラハラドキドキしながら物語の筋を追っていたのに対して、この作品はもちろんストーリーもそうなのだが、一行一行、会話の一言一言にこめられた心の奥に訴えかけてくるもの、そう、今まで抱え込んで来た自分自身の苦しみに語りかけて来る声のような感覚を通して伝わってくるものがたまらなかった。

孤独、愛、闇、飢え、憎しみ、許し、善悪、痛み、後悔、笑顔、まごころ、無感情、宗教・・・人間は生まれ変われる・・・

2013年4月12日金曜日

へんな天気 〜4月半ばに雪が舞っている

昨日の夜中、いや今朝かな?軽井沢に着いた。

又、Kzさんのお仕事だ。
昨夜福岡から戻って直ぐに東京を出発。
還暦を過ぎると次第にこういう日程は身に堪えるようになってきた。でも、夏はあまり来ないから今のうち・・・Kzさんはお仕事で大変だが、私は空いている軽井沢を楽しめる。

東京を出た時、気温は8.5度だった。
少しずつ気温が下がって、5度くらいになったが、高崎あたりで又上がった。

高速を降りて、氷点下。いつもの一番寒いポイントでマイナス2.5度になった。
真夜中という時間のせいもあると思うけれど、家に着いた時はマイナス3度。でもなんとなく春の氷点下。

今朝も寒かったが、すぐに5度くらいまで上がった。

昼前にツルヤまで食料の買い出しに行き、銀亭がなくなってしまったのでハルニレレラスのSawamuraまでパンを買いに行った。ここのパンは恵比寿のロブションなみに高いのだが、美味しいから仕方ない。(とても大きいけれど、パン・オ・ノア一本2100円!! increíble! もちろん半分でも売ってくれる)

戻ってお昼を食べてからスペイン語の勉強をしていたら、窓の外の景色が変だ。
羽虫の大群が押し寄せたのかと思った。外でかなりな量の白い物が舞っている。軽くてふわふわしている。ちょうど羽毛布団をはらった時みたいだ。

何だろう?雪??
そう思って外に出たら、消えてしまった。
そしたら、太陽が出て来た。。。爽やかな青空出現!!
まるで天気雨じゃなくて、天気雪?

そして、更にあの現象、真っ白な雪山に囲まれたイリュージョン状態になった。

勉強ばかりしていて疲れたので、気分転換に散歩、と思ってダウンを着たら、又雪が舞って来た。かなりの量がふわふわふわふわ舞っている。ダンス・ダンス・ダンス・・・ダウンを脱いでこれを書いている。
怪現象・・・

やはり散歩して来よう。帽子かぶって・・・あっ!晴れた!!
又青空だ。

『ダンスダンス・・・』で思い出したが、今日村上春樹の新作がAmazonから届いているはずだ。
どんな作品なのだろうか?

私もそろそろ、本気にならないと何も書けずに人生終わってしまう。エンジン始動・・・かな?


2013年4月8日月曜日

紺碧賞 〜早稲田大学オープンカレッジ

賞には全く興味はないのだが、先日4月5日に早稲田大学オープンカレッジの開講式があった。
その会場で150単位以上取得した修了生に紺碧賞という賞を下さるというので友だちの薦めもあって出席してきた。

早稲田の社会人のための講座では、76単位を修了した人は修了生となる。
ここが一つの節目になり、色々特権が与えられるのだが、修了後も勉強を続ける人はたくさんいらっしゃるので、更に150単位取得者には紺碧賞が与えられるということらしい。(今回の出席者、修了生105人、紺碧賞29人)

私は1997年から早稲田での勉強が始まった。もう16年勉強を続けているということなのだ・・いや、驚いた!

小林先生の『女性と文学』とエリザベス・キリタニのシェークスピアシリーズから始まり、キリタニ先生がエクステンションから去られた後、青山南先生の『原文で読むアメリカ短編』に移った。
それと平行して、スペイン語、フランス語、英語を続けていたが、途中から母の介護で長野へ通うようになり、時間の余裕がなくなり、いつの間にかスペイン語だけになってしまった。

けれど、16年間分溜りに溜って150単位を超えたようだ。一科目一年間取って4単位なのだから、随分勉強したことになる。

回りを見ると、若干私は若い感じがした。
皆さま70歳代から80歳の感じだったからだ。

生涯学習は余裕が出てから始める人と、余裕はないけれどどうにか続けたい人とあると思う。途中で姿を消す人、また戻って来る人・・・

今回の授賞式では、スペイン語の友だちが紺碧賞で3人、修了生で4人受賞していた。
みんな良く知っている方々で、早稲田での長い在籍を感じた。
そして、ここにも私の場所があることを思ってとても嬉しかった。

もっときょろきょろしたら、他のクラスで出会った方々ともお会いできたかもしれないけれど、スペイン語の仲間がドバッと目に入り、そこでおしゃべりが始まってしまったので、他を見る余裕がなかった。何と言ってもみんな人懐っこい!のだから。

大学院の学生であった夫とアメリカで暮らしていた頃、私はオープンカレッジに通いながら、日本にもこういうのできないかなあ〜と思っていたが、帰国後友だちから早稲田の存在を知った時の喜びはとても大きかった。

生涯学習の場があるというのは私のような人間には本当に幸せだ。
母の介護とともに、ボチボチ続けていこうと思う。そう言えば、誰かが言っていた、
「今度は300単位かな?」って!




2013年4月3日水曜日

認知症の特徴 〜被害妄想編〜

母の物忘れは大変激しいのだが、ある種の被害妄想だけは記憶として残っている。

入所当時、自分の物が人に盗まれるのではないかと心配で心配で、心をすり減らしていた。
洗濯物を持って行く人、コップの消毒に来る人、掃除に来る人などは全員容疑者だった。
雑巾用タオル一枚でも敵意むき出しだった。

何度も○○がなくなったと訴え、そのうちに架空の物まで無くなったと思い込むようになり、探すから洗濯室に連れて行けと訴え、まさに被害妄想の塊になった。
何かを持って行こうとすると、目を剥いて反対した。

認知症の特徴 ~固執編~』や、『認知症の特徴 〜記憶力低下と無気力編〜』 でも書いたが、盗まれることに関しての母の不安は凶暴性こそ減ったが、まだまだ続いている。

長い間、私の持って行ったスカーフが見つからなかった。
首が汚いから隠したいと言うので、持って行ったものだ。
何処を探してもなく、事務所に届けた。もちろん、「多分本人がどこかにしまったのだと思うけれど、もしどこかで見かけたら母に戻して欲しい」とお願いしておいた。

今日、発見!
シルクのハンカチと供に、袋に入れて隠してあった。
本人は、『私に返さねばならない大切な物』と心に刻んだようで、大事にしまったのだろう。

「ここにあるものは全部お母さんの物だから、返す必要はないのよ。それより使ってね」と何度伝えても、次の時にはどこかに奥深く仕舞ってしまう。しかもどこに何を隠したか忘れてしまうので、探すのに時間がかかること・・・

ま、またやられたー!!!のね』 で書いた、ローラアシュレイのプレゼントの生成りのカーデガンは、本日、ついに黒のマジックで表の裾に近いきれいな模様の上にかなり目立って漢字のフルネームで名前が書かれてしまった。

「お母さん、名前ちゃんと書いてあるのにどうしてこんな所に書いちゃうの?もうよそ行きに使えないよ。これで何枚目!!!」
さすがの私も腹が立ち、怒鳴った。
「だって、大事なものだから盗まれたら困るから・・・」
「盗まれる前に、着れなくなっちゃうでしょ?囚人じゃないんだから番号や名前をゼッケンみたいに大きくど真ん中に書く必要ないでしょ??違う?」

「お願いだから、土曜日に持って来た、二枚のきれいなカーデガンには名前書かないでね。もう、内側にきちんと書いてあるんだからね。あれはよそ行きになるんだから、絶対にマジックで台無しにしないでよ。」
「だって名前は目立った所に書かなくちゃ、私のだって分からないじゃない」
「・・・」(筋は通っている(泣))

「理由は何でも良いから、とにかく書かないで。今度書いたらもう私ここへ来ないよ」
「来ないなら、仕方がないわねえ」とご本人主張が続く。
「本当に来なくていいのね? 分かったわ」(くそばばあ!)

私も認知症の御仁を相手に、本気になって大人げないが、
どうか、記憶に残って下さい「ソラちゃんが何だか怒っていたなあ」と。


帰りがけにクローゼットのドアをしめようと中を見たら、ハンガーにかかっている全部の洋服の袖がお隣同士お互いに結んでつないであった。
多分知恵をしぼった盗難防止策なのだ。だって、一つ取ろうと思ったら、芋づる式に全部つながって出て来てしまうもの・・。そこまで、心配でたまらないのだろうと思うとちょっと哀しい。

他のことは全部忘れてしまうのだから必死で頭を使っているということで、脳の為には良いことなのだろうか???

が、思わずうっかりと「おぬし、できるな・・・」と言ってしまうところだった。

2013年3月28日木曜日

『ペーパーバード幸せは翼にのって』 〜Pajaros de papel

スペイン語のお友だちにお借りしたDVD、やっと観る時間がとれました。
劇場に行こうと思っていたけれど、行きそびれていた作品です。



"Pajaros de papel"

スペインの内戦からフランコの軍事政権下のマドリッドを誇り高く生き抜いた芸人の姿を描く作品だ。
ホルヘとミゲル少年の姿が、ロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』に重なって困った。

フランコ、ナチス、ピノチェト・・・スペイン語の映画には軍事政権下での不条理を描いた作品が多い。

内戦で最愛の妻と息子を失ったcómico(コメディアン)ホルヘ(イマノル・アリアス)が、感情を失ってしまった状態から、相方のエンリケの支えとともに、いくら突き放しても慕ってくる戦争孤児のミゲルに芸を仕込みながら少しずつ心を取り戻して行く様子が心暖まる。

ホルヘの家族への愛に満ちたシーンは本当に愛に満ちていて素敵だ。父親ってこういうものなんだ〜と心底思わせる温かさに溢れている。
イタリア映画でもこういう父親の姿がよく描かれるが、ものすごく子供を大切にする。日本のお父さんって少し距離があるような気がするのだが・・・。
ファミリーのあり方って国ごとに違って面白い。

死を恐れていないホルヘは、心を隠さずに自己主張をするので軍に目をつけられ、結局は誤解のまま殺されてしまうのだが、この不条理さは、今の時代でも戦争とは別の心の戦争で起きていることなのだと思ってしまった。
けれど、彼は堂々と自分のまま毅然として生きているので、後味が悪くない。命を落としても心がスッとしたのは私だけだろうか?

戦争のない現在の日本でも、自由に発言でき、表現できるわれわれでさえも、人生は筋の通ることばかりではないし、自分の思いを通そうとすれば必ず障害が生じる・・・と現存する独裁者の姿がチラチラ浮かんで来た。

この映画はテーマとは別に、舞台の芸人たちの演技がとても素晴らしかった。それだけ観ていてもショーとして成り立つようなパーフォーマンスの見事さだった。

音楽、しぐさ、明るさ、芸人根性・・・『蝶の舌』のサックスの演奏のシーンなども思い出す。戦争下での笑いの大切さ、人の心に潤いを与えてくれる芸人たちの役割の大切さが伝わってきた。

最後に、エンリケとともにアルゼンチンに亡命したミゲルが老人になり、立派な芸人になった舞台のシーンで、彼がすっかりブエノスアイレスに馴染んでアルゼンチンの人になったことを、彼の話し方から感じた時は嬉しかった。
長年スペイン語を続けて来て、それがアルゼンチンのアクセントでしゃべっていることがスピーチので出しだけでとてもよく分かったからだ。(スペインで生まれたミゲルが、亡命後スペインに戻ることなくアルゼンチンで生き抜いたことが感じられた)

映画には小道具がたくさんある。
調度品や背景だけでなく、話し言葉のアクセントだけでかれが歩んで来た人生を表現してしまう瞬間は楽しかった。


2013年3月26日火曜日

『カラマーゾフの兄弟』 〜インプレッシブ!!

『風のガーデン』以来の印象的なテレビドラマだった。

私はドストエフスキーが自分の原点にあるので、今季のテレビ欄に『カラマーゾフの兄弟』を見つけたときに、「何と大それた!」と腹立たしく思いながら相手にもしなかった。

大作が映画化されて良かったためしがない!『原作で読んであるものは原則、観ない』人だった。(フォレスト・ガンプの映画は良くできていると思う)

普通興味があると第一回目は観るのだが、問題外で観ることを考えもしなかった。

仲良しのHさんは、映画通だし、映画の好みも良く合うのだが、彼女がある日
「カラマーゾフの兄弟観てる?とてもいいわよ」と教えてくれた。
「へえ〜、ほんと?軽率じゃない?私あの作品大好きなの、だから汚されたくなくて・・・」と答えた。

家に戻って、Kzさんに話して、フジテレビのオンデマンドでシリーズ視聴に登録した。

「が〜〜ん!!!」印象的だった。

丁寧に、注意深く、綿密に作られている。
作り手が作品をよく理解していて、恥ずかしくない仕上がりになっている。

舞台も時代も状況も全く違うのだが、一つの作品としてとても興味深く完成していた。
Hさんが「舞台を観ているみたい」と言っていたが、本当に演劇を同じ空気を共有しながら観ている感じだった。

イワンこと勲君が、私の原作からのイメージとはかなり違っていたが、追いつめられて行くに従って、どんどん研ぎすまされてきて、頬がこけて目がどんどん透明感を増して輝いてきて、まるで何かがのり移って来ているような印象さえ持った。

原作のイワンよりもっとピュアーでナイーブでむしろ原作で私が受けたアリョシャのイメージがミックスされている感じがして、それはそれで見事だった。

何度か作品は読んでいるのだが、歳をとってから読んでないので、もしかしたら読み違えているのかしら?と思われる点がいくつかあるので、もう一度新訳で読み直してみようかと思っている。
そうしたら、又コメントを書こう。

ところで役者さんがみんなこちらを引き込む程に真剣で役に成りきっていて、その空気が伝わってくるので、こういうのは大好きだ。

お父さんと、刑事さんは呆れるほどやってくれた。
演じていて気持ちよかったのではないだろうか?

市原君は魂が抜けなければいいが・・・燃え尽きないように祈りながら次の作品を期待している。
ミーチャの斉藤君は毒もピュアーもできる実力派、アリョシャの林君も作品によって別人!・・

番組が終わってしまって残念に思いながら、からすの鳴き声とローリングストーンズの"Paint it black"が頭を回って困る私だ。


2013年3月21日木曜日

認知症の特徴 〜不可解な言動と怒りには必ず理由がある

昨夜、母からいきなり電話が来て随分な勢いで怒っている。

「ソラちゃん、私何も食べないで帰って来た。ここの管理は変だわ。あんなゴミみたいなものしか食べさせないで・・・」
「どうしたの? 夕飯が何かおかしかったの?」
「おかしいも何も、もう他へ移るから、引っ越す準備して」ととても大げさに大事件のようにまくしたてている。私にはどうしてこの発想になるのか、甚だ不可解。

「お母さん、ホームを変えても同じよ。もう少し待ってみようよ。明日の朝ご飯も、お昼も変でそれが1週間続いたら考えてみましょう」
「・・・・」
「それにホーム変えたら、又1千万払わないとならないよ。もうお金ないよ」と言いながら、先日のSさんとの会話を思い出していた。あの数日前にも、ちょうど同じような声のトーンで怒りの電話がかかってきて同じようなことをまくし立てていたのだった。

これで3回目。しかも訴える内容が酷似している。

今までのパターンから、母はあまり根拠のないことでは怒らない。誤解にしろ何か小さな手がかりがあるはずだ。そう思わせる共通のメニューとか・・よく飲み込めない人の食事が出て、細かく刻んであったとか・・・

そこで仲良しの看護婦さんのMさんに
「昨日の夕飯のメニュー何でした?実はカクカクシカジカの訴えが合って、これで3回目。すごい怒り方で、こちらがビックリしてしまい。。。共通する何かがないかと悩んでいるところである〜〜」と相談してみた。

Mさんが言われるには、一度お食事が終わって、お部屋に戻り何らかの理由で再び食堂に戻って来られることがあり、その時に食堂へ入った途端に「今、食事に来たところ」とスイッチが入ってしまい、それなのにスタッフは無視して食事を出してくれない、薬もくれない・・・だから私は何も食べずに戻って来た!という現実に突き当たることになる。

みんなは母がすでに食事を済ませていることを知っているので、無視して一生懸命働いているから、「私の食事は?」と聞いても相手にしていられない。お薬も二度は出してくれないのは当然だ。
そこで彼女はプライドが傷つきカンカンに怒ってしまう。

だって、本人にしてみるとまだ『食べてない』のだから。

「それだ!!」私は妙に納得!
母の言動をつなぎ合わせると、つくづく思い当たってしまう。

ついに認知症が次のステージに行き、幻覚とか被害妄想の世界に突入かと思ったが、ただ『一瞬にしてお食事が済んでいることを忘れてしまった』だけと解釈しようと思う。

食事を待っているのに出してくれなかったら、怒るに決まっているから。
認知症とはそういうものだから・・・理由が分かって、気持ちをシェアしてあげられて良かった!と思う私でした。

余程おおらかな気持ちにならないと、自分の母親のこういう変化はつらいものです。


2013年3月13日水曜日

『マリーゴールドホテルで会いましょう』 〜The best exotic Marigold Hotel

マリーゴールド・ホテルで会いましょう

久しぶりの映画だ。『天地明察』以来だから劇場で映画を観るのは5ヶ月ぶりということか・・・

以前から観たいと思っていたが、なかなか時間が取れずにいた。今週で終わりだというので、見逃したら大変!と、慌てて観て来た。


ジュディ・デンチは大好きな女優さん。しわくちゃだろうが、太めだろうがすごい魅力だ。私もこんな迫力のある老人(?ごめんなさい)になりたいものだといつも思っている、理想の年輩者だ。
特に『ショコラ』のおばあさんは大好きだ。


マリーゴールド・ホテルで会いましょう そこにマギー・スミスときたら、『ラベンダーの咲く庭で』を思い起こすが、今回も見事な二人だった。

『八月の鯨』ではないが、出演者はじいさん、ばあさんばかりなのに何とキュートで素敵な映画なのだろう!
こんなに後味の良い映画は久しぶりだった。

インドの高級リゾートで老後の日々を楽しむために行ったはずのイギリス人男女7人だが・・・そこは高級リゾートになるはずのホテルのようだ。そしてそこで出会った彼らがそれぞれの人生の捉え方の中で何を見つけるか・・・

老後という言葉に値する彼らが、決して老後ではないむしろ新しい人生が始まる瞬間はたまらない。

一番わくわくしたのは、イギリスでは時間がかかり過ぎて歩けるようになる前に寿命が終わってしまうと、股関節の手術のためにわざわざ嫌悪丸出しの大嫌いなインドへ来たミュリエル役のマギー・スミス。

その偏屈ぶりの素晴らしさと、偏屈だからこそ生きて行くそのパワー・・・
彼女が車椅子から立ち上がり歩き始めた瞬間に取り戻す人生、よぼよぼのおばあちゃんがキラッと光ったプロの目でパソコンを叩き始める瞬間、そのしたたかで生き生きした姿への変身は、スカーッとして、"格好いいぜ、ばあちゃん!!"と叫びたい程気持ちが良かった。(実は拍手をしたかったほどだ)

還暦を過ぎた私は色々気を遣って生きて来た。
義務や束縛から解放され自分の人生を歩める日が来たら、、、とわくわくしている私である。

けれど、現実はオババの介護に子供たちの本当の意味での自立等、もう少し時間がかかりそうだ。
だからこんな映画があると、とても励まされて、気持ちが楽になる。

[余談]だが、日本の女性は肌がきれいなのだなあ〜とつくづく感じた。
外国の女性はたとえ女優さんでもしわくちゃになる。けれど、日本女性はおばあさんでもあんなしわが寄らない。
だから日本女性であるということだけでとても幸せなことなのかもしれない。

[余談その2]
Bunkamura最終週のせいか、13:50からの回は満席。
2〜3、空いていた席も、予告の時にすっかり埋まった。観客は比較的年配者が多く、ご夫婦で来られている方々もたくさんいた。

最近映画館がクローズする話をよく聞くが、まだまだ映画ファンはたくさんいると思うのだが・・・やはり私はこういう人の手で作った感じのする映画が好きだ。
どうか観客数だけで映画を判断せずに、ミニシアター系の質の高い映画をなくさないで欲しい。