2013年7月2日火曜日

貴婦人と一角獣展 〜The lady and the unicorn

乃木坂にある国立新美術館でやっている『貴婦人と一角獣』展を観て来た。

1500年頃に制作された6面のタペストリーでフランス国立クリュニー中世美術館の至宝だそうだ。日本初公開。




6枚合わせると全長22mというから、天井から吊り下げると壮大な光景になる。
ちょうど小さいものでも6畳間にピッタリと敷き詰めた絨毯くらいの大きさがあるだろうか? 高い天井でないととても納まらない。

2013年6月28日金曜日

人間ドックの影響 〜白血球減少

20年程前から健康に色々問題が生じ、薬を受け付けない体質でもあったので、医者嫌いの私も病院のお世話にならざるを得なくなり、7年ほど前からある病院の会員になった。

一年に一度きちんとした人間ドックを受診するようになって7年になるが、過敏体質のせいか、ドック自体からの弊害が出ている。

毎年必ず、ドックを受診後白血球が正常値を下回る。主治医に「次には戻るから大丈夫ですよ」と言われて、確かに次回には正常値に戻るのであまり気にしなかった。

ところが今年は半年戻らなかった。

2013年6月26日水曜日

『ローマでアモーレ』 〜To Rome with Love  by Woody Allen

最近のウッデイ・アレンは少々疲れる。
私が歳をとったせいか?それとも彼がマンネリ化を始めたのだろうか?

若い頃、そのシニカルさが好きで、結構Woody Allenの作品は観た。

『アニー・ホール』『マンハッタン』『カイロの紫のバラ』『ギター弾きの恋』などはとても面白かったし、わりと好きな作品だった。

何となく都会的でおしゃれで、勝手で煙に巻いていて・・・ちょっぴり知性を必要とするからニューヨーカーのスノッビィさをくすぐるのだろう、私も一つ一つの単語や小道具で「うん、うん、それ知ってる」とか、「分かる分かる、こんな所にこれ置いて・・・知る人ぞ知るだわ〜」などとくすぐられた一人だった。

最近の各都市を題材にしたシリーズでは、スペインの『それでも恋するバルセロナ』フランスの『ミッドナイト・イン・パリ』と今回のイタリア『ローマでアモーレ』を観ているが、ちょっぴり疲れを感じ始めた。
















2013年6月16日日曜日

『真夜中のパン屋さん』 〜焼きたてのパンの香りがする話

日曜日の夜10時からのBSのドラマ。

タッキーは大河ドラマで義経役を観た時に、「なんて下手くそなんだ!」と役者としては観る気にならなくなった人だった。
けれど、このドラマのタッキーは下手くそがピッタリはまっていて、実に良い味が出ていた。

夜11時から開店する『真夜中のパン屋さん』そこには思わず胸が熱くなるような、目頭がうるむようなしっとりした話が盛り込まれていて・・・人の心の孤独や寂しさをついて厚みのある、けれど焼きたてのパンのような香ばしい柔らかさに包まれる作品に仕上がっていた。

2013年6月8日土曜日

『リゴレット』 〜ヴェルディ名作オペラ映画祭

九段下にあるイタリア文化会館へ行って来た。
6月6日からヴェルディの生誕200年を記念して映画祭をやっている。

昨日は"リゴレット"


1982年の作品だからマントヴァ公爵役のパヴァロッティはまだ若い。47歳くらいだろうか?

2013年5月23日木曜日

ポルトガルの"abyss"とイタリアの"dea"のタオルケット

どっちがいいかしら?

まず、ポルトガルabyss社のタオルケット:

両端が、twill地のバイアス織のブランケットで、真ん中がsuper pile地の150×210cm のタオルケット

真ん中は明るいモスグリーンなのだが・・・こちらの方がよく見えるかな?



そして、イタリアdea社 のエジプト綿のタオルケット:


淵のかがり布はもちろんコットン。ちょっと暗くて毛足がよく見えないかしら?


こちらもサイズは150×210cm, とても癒される色合いで爽やか〜〜ソフトで気持ちいい!


2013年5月16日木曜日

弱音を吐こう介護日誌(40) 〜老人ホームで好かれるには?

うちのオババは最高に口が悪い。
威張っているし、我が儘だし、負けず嫌いだし、命令口調だし、ずぼらだし・・・だけど、何故か人に好かれる。

どうしてだろうか?と考えてみた。
答えは、『お茶目!!』(しかも、天然の)

2013年5月10日金曜日

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 by 村上春樹

いつもだったら予約してAmazonから着いた途端に読み始めるのだが、今回は『シャンタラム』にはまっていて、それを読み終えてから読み始めたので、今日までの間に随分色々な評が出始めている。

もっとも作品を読み終わるまで、評は読まないことにしている。


『1Q84』の更なる続編が出るのかな?と思っていた矢先にこの作品が出たので、興味津々だった。
どんな風に前作を引きずらずに新しい作品を仕上げることができるか?結構正念場のような気がしていたからだ。

2013年5月4日土曜日

シャッラ! 『ブルーノの幸せガイド』 〜Scialla!

何か日本語タイトル合ってねぇぞ!



お友だちのお薦めで、イタリア映画『シャッラ!』を観て来た。
日本語のタイトルは『ブルーノの幸せガイド』と言うらしいが、原題と同じ『シャッラ!』の方がはるかにピンと来る。

どうして、日本語のタイトルはこうへんちくりんなものが多いのだろう?

ハートフルコメディというジャンルらしいが、確かにブルーノだけでなく、私も幸せにガイドしてくれるような映画だった。涙が出るほど笑った!

けれど、この笑い、ゲラゲラ笑うようなものではなく、クスっと笑ったり、わっはっは!と豪快に笑ったり何とも心地よい笑いなのだった。笑う度に幸せになっていくみたいな・・・

2013年5月1日水曜日

認知症の特徴 〜ショートメモリー(短期記憶)の欠如

母がホームに入り、アルツハイマー型認知症と診断されて2年と2ヶ月が過ぎた。

認知症の病名をいただいているにもかかわらず、私には母はアルツハイマーではなく、ただの歳相応にボケたばあさんなだけなのではないだろうか?と思いたい気持ちは続いている。

ここのところ便の出が悪いらしく、日記帳に「うんちあり」の記録がほとんど無くなっている。
今までは几帳面な母は、排便後直ぐに必ず「ウンチあり」と書いていたのだ。
スタッフの方々も母が「今日はありません」と言っても、必ず母の日記帳をのぞく。そしてニッコリして「あらあら、市川さん、ありましたよ、ほら!ここに書いてある」と言いながら母と顔を見合わせる。
母驚き顔で一言「あったかねえ〜!」

その記述がほとんどないので、看護婦さんに「便秘でしょうか?」と相談したが、「もしかしたら、出ているのに日記の所へ移動する間に忘れてしまっているかもしれません。最近記憶障害が以前より進んでいる感じがします」と言われた。

「それは私も感じます、特に直前の記憶が・・」と頷くと、
「今以上のことはする手立てがありません。これからは見守るしかないかもしれませんね」と言われた。

メマリーとレミニール錠が効いていたせいか、模範生に近いくらい認知症の進行が止まっていた母だが、やはり来るときが近づいているのかもしれない。

今日は、また蚊帳みたいなカーディガンを羽織ってトイレから出て来た。これを着ているときは要注意だ。しかも先日私が買って行ったピンクの長い羽織りもののカーディガンの上にそれより小振りの蚊帳を羽織っているのだから、何ともみっともなかった。

「お母さん、このピンクのカーディガンは一番上に羽織るものだから、この蚊帳みたいなのを上に着なくてもいいんだよ」と言うと、素直に「変だわねえ〜」と頷いていた。

2時45分頃、どうもアクティヴィティのことが気になるらしく、「ちょっと行って来る」と言って出て行った。通常私が来ている時は、あまり参加したがらないのに変だな?と思ったが、「それは、いいことよ、行ってらっしゃい」と送った。

3時になっても戻らないので、向こうでお茶にしたのかな?と私は部屋で片付けをしていた。
母は、私が居る時は、迎えに来るか、お茶は向こうでしないで部屋で一緒にしようと戻って来る。稀にお茶とおやつをいただいてから大急ぎで部屋に戻ることもあるので、今日は私の嫌いな蚊帳を着ていたくらいだから後者かな?・・・と部屋で待った。

実は、私も前日の家のエアコン工事で疲れていたので、お年寄りと一緒に笑顔でお茶する気分にもなれなかったので、部屋で本を読んでいた。

ところが、3時半になっても戻らない。もう出て行ってから45分になる。いくらなんでもこれはない!こんなことは初めてだった。

『やれやれ、とうとう来たか! これは、私が来ていることを完璧に忘れている』と確信した。多分今日は部屋を出た途端に忘れてしまったに違いない。
実はもっと前にそう思ったのだが、それでも思い出すかも・・と微かな希望を胸に実験的に待ってみたのだった。

これ以上待つと折角来ている時間が無駄になってしまうので迎えに行った。

案の定、顔見知りの女性Kさんと話し込んでいる。
これはとてもとても有り難いことで、お話し相手がいるのだと心から嬉しかったのだが、母は私の顔を見てビックリしている。

ほとんどドッキリカメラ並みの驚き方だ。

「すっかり忘れていた。ソラちゃんいたのね」
お隣の女性もビックリ! そしてみんなであきれて大笑い!!

しかし、母は珍しく落ち込んで「こんなに来るのを待っているのに、一番楽しみにしているのに、それなのに忘れちゃうなんて・・・」としおらしく何度もぶつぶつ言っていた。

この事件も直ぐに忘れてしまうのだと思うけれど、本人に戦う意志があってもやはり海馬の萎縮にはかなわないのだろうか?こんな悔しさが脳に働いて踏ん張ってくれたりはしないのだろうか?

どんなに頑張っても、『グッド・ハーブ』の映画にあった、徐々にアルツハイマーが進行して行ってしまう植物学者のお母さんのように意志とは関係なく来る時が来てしまうのだろうか?

認知症を観察しつつ、見守りつつ、どうにかならないのかともがきつつ、自分のもがきが母の安らぎを奪わないようにと願いつつ、平常心で受け入れながらも、やはり何か自分にできることはないのだろうかと戦い続ける私だ。