2011年12月5日月曜日

閃輝暗点と冠攣縮性狭心症

スーパーまで行って来たら、早速 閃輝暗点到来。
あんなに光っていては邪魔で困る。
レジでお金払うっていったって、イルミネーションの中にいるみたいで何とも・・・
おまけに、昨日は狭心症の発作が出てニトロのお世話になるし・・・

両方とも血管の収縮や痙攣から起きるみたいだが、こう頻繁では嫌になる。
先日のシンチグラフィの結果はどうだったのだろう?

狭心症の方は命にかかわる場合もあるみたいだから厄介だ。
私自身はあまり死への恐怖はないが、急にぽっくり行ってしまったら、残された人たちは覚悟している間がないから寂しいかもしれない。

それにしても厄介な体だ。
今日も朝から天井や棚の掃除なんかしたからいけないのかもしれない。
発作の後は少しリラックスして過ごさないといけないかな・・・貧乏性な私。
この体とはつきあって行かないといけないから、いつ召されても「あの人は何だか温かかったね」って言ってもらえるよう、せめてほわ〜〜んと明るく生きよう。

2011年12月2日金曜日

心筋シンチグラフィ

11月の初め、冠動脈のCTが失敗し、心筋シンチグラフィの検査に変更になった。

今日は府中のS病院まで検査に行って来た。
検査は疲れる。けれど、先日の造影剤を使った物よりはずっと体が楽だった。拘束時間が6時間ほどになるのが何とも・・・だが・・・
前回の検査は造影剤に反応して腕と足にポツポツが出ただけあって、とてもしんどかった。だるくてぐったり疲れ、やはり体への負担は大きかったのを実感した。

今日の検査は時間はかかったけれど、あきらかに体への負担は少ない。

帰りの車の中で携帯が鳴った。運転中なので出られなかったが、息子のKだった。
後で電話すると、かなりストレスが溜まっているらしい。こうして少しおしゃべりをすると気持ちが軽くなるようだ。早く本来の本当にすべき(?)仕事に入って欲しいが、受け入れ体制がまだ整ってないし、もう少し外での経験が必要だ。

先日Kzさんが心配して電話したら、10時頃なのに仕事の真っ最中でビックリしていたが、その日のうちに帰宅できる日などないらしい。しかも2時3時のご帰宅だ。帰宅してコンビニ弁当をつっつく・・・うちの息子がそんな暮らし?

やれやれ、これでは、お嫁さんも健康も余暇も何もない!

みんなに幸せになってもらいたい。特に二人の子供たちには幸せになって欲しい。
体を壊さずに、心の健康も保って生きて欲しい。

私は多分幸せだと思う。
これからささやかながら人生の集大成の仕事に取りかかろうと思う。時間はかかるが、構想ができて来た。まずは始めないと進まない。今が一番忙しいけれど、残りの人生を考えるともう始めないと終わらない。

肩が凝るけれど、頑張ろう!

[後日談]
この検査の結果は、心臓そのものには異常がないから、ストレスを貯めないようにして、体力をつけて身体を鍛えなさいということだった。
高コレステロールと冠攣縮性狭心症に関しては「あまり気にせずに、気持ちを前向きに持って一日2時間歩いていれば治っちゃうよ」と言われ、ちょっと疑問は残るもののとても気が楽になりました。

けれど、実際2時間歩くのはまじ大変!先生はやっていらっしゃると言うから、やはり医師は偉大だと思う私です。私は30分からです。

2011年12月1日木曜日

言霊

『言霊』とは:古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

私の体調不良を治して下さった福岡の歯科医、ムラツ式噛み合わせの村津先生の発信されるメールで下記に示しているような言葉がありました。
少々神憑っていて、受け付けない人もいると思いますが、実際先生にお会いして治療を受けて、今まで何をしても良くならなかった症状が軽減される体験を経てみると、全て噛み合わせや不適合金属のせいと思えないことがないという現実に直面します。

『宇宙歯医学では「言霊」が薬です。効果は絶大です。何故なら、人間は本来、宇宙のおおいなる存在そのものであり、大和言葉が宇宙創造の宇宙命令言語であり、神性を顕現し、この宇宙の原因の世界にひとたび入ることが出来たなら、この結果の世界を変えずにはおかないのです。

「言霊」は毒にも薬にもなります。必ず、自分も人々もすべての存在が平和で幸せになる神聖なる言葉のみを使用するように心がけましょう。想いも、発する言葉もすべてです。

もし、暗いことが心に入ってきたら、取り合わずに、すぐさま「ワァーイ、ありがとう」と言霊をその上から被せ、すべてを自らの成長のための良薬に変容させましょう。

あるいは、「すべては、必ず良くなる、絶対大丈夫、大成就」の言霊を被せてください。

とにかく、明るくワァーイ\(^o^)、明るくワァーイ\(^o^)、行きましょう。「明るくなければ神様じゃない」です。』


私はあまり神憑った世界とはご縁がありませんが、そういうsupernaturalなことへの感度は意外にも敏感の方だと思います。
そして、言葉、特に『口に出して発した言葉』というものがどれほど重要な影響力があるものかということは身を以て実感しています。自分にも、他人にも。

言葉にしたとたんに汚れた気持ちになったり、あえて表現したことで温かい気持ちになったり・・・負の言葉が渦巻いている所では、人の心にもそういうものを引き寄せ、まるで悪魔が入り込んで占拠されたように悪い方へ導かれ、心地よい温かい言葉の満ちあふれた所では、発しているうちに気持ちまで軽く明るくなり、みんなで幸せな気持ちになる、、、そんな単純な図式が成り立っていました。

苦境は、まずは先生のやり方で乗り切ってみようと思っています。それでも駄目な時は、そう、そうなってから考えましょうか。これは心のきれいな、楽天家のおばかさんにならないととても難しいことかもしれません。

2011年11月28日月曜日

暗い日

四時というのに、薄暗くなり、5時にはすっかり夜になってしまった。
一日中夕暮れ時のように薄暗かった。

こういう日は苦手な私。いつもだるさと神経痛と頭痛に悩まされる。
負けてなるものかと昼間からお風呂に入り体を温めて、血行を取り戻し備えた。
お昼にはお雑炊を食べて体を温め、部屋も少し暖房を入れた。
音楽に乗って体を動かし、できるだけじっとしないように心がけた。

でもやはり頭が痛い。足腰も痛い。多分やがて雨が降るのだろう。 
頭痛の無い人がこの世にいるなんて・・・居るとしたら何と幸せなのだろう。
それだけで幸せなのをその人は知らない。

私にもあるのだろうか、それが無いだけで幸せなものが・・・もちろんある、病気とか・・・
でももっと当たり前なことで見つけたい。
見つけたら感謝して幸せをかみしめよう。

2011年11月24日木曜日

弱音を吐こう介護日誌⑳ 〜いよいよ次のステージか?な?

今オババの所から戻った。
ここのところオババに関する辛い愚痴が劇的に減った私だが、3回くらい前から行くごとに自分が苛立っていることに気づく。

多分彼女の行動を見ていて、あまりのショートスパンで繰り返す彼女の行動を見ていて、多分悪化しているのではないか?と思い始めているせいだと思う。
彼女のその日のコンディションは自分の鏡であると、リフレクトするイライラは私の心境の現れと思って日々顔色を変えずに努力していたが、その努力が効かなくなってきた。
どうもそれだけではないみたいだ・・・いよいよnext stage??


いくら話題を反らしても、結局同じ場所に戻って行ってしまう。又『無い世界』に入って行って、あれがない、これがないと言い始めた。たった今言ったことを忘れ、たった今確認したタンスの中身を忘れ、永遠に繰り返す。いらつき始め・・多分効いていた薬の分量が飽和状態になってしまったのではないだろうか?そして同じ分量では効かなくなってしまった・・・
そんな気がするので、ここ何回かはホームへ行く度にとても疲れる。

自分もその変化とともに変わって行かないと、自滅する。バージョンアップか!
この私が、どこまでやっていけるのだろう?
自分にそれができるか? 自分が壊れる?? 不安と憂鬱のソラさんだ。

ホームのパティオにホーム長さんがクリスマスツリーを作っていた。
玄関にもお花を飾り、サンタさんと雪の結晶の吹き付け・・・もう12月。

「あれは何だね?」
「クリスマスツリー、ホーム長さんが頑張って作っているね、きれい」
「それはなんのための物だね?」
「もうクリスマス、12月だもの・・・え!?もしかしてクリスマスって何か分からない?」
「知らない」
「クリスマスツリーも?」
「そんなの知らない」
「。。。」

やれやれ、まあ知らなくても困らないけれど、大したことではないけれど・・・でも、ちょっと悲しいかな?

秋が始まると・・・

半袖のTシャツ一枚だったのが、いつの間にか長袖の季節になった。
でもまだTシャツ一枚だった。

ところが下着にタンンクトップを着るようになり、合計2枚必要になり、更に寒い日にはカーディガンや前開きのシャツを羽織りたくなり・・・防寒のために重ね着が必要になった。
ここからが私のつらい日々が始まる。

木綿だけでは寒いので、ウールが必要になる。
セーターは一枚では着れない、必ず下着が必要になる。
すると少しでも直接触れる部分はチクチクするし、出来るだけ肌に触れないようにすると、ハイネックを下に着用となる。
この瞬間から暖かいのではあるが、何かつまった感じがして急に身動きが窮屈になり、ずしっと肩に負担がかかり始めるのだ。
私の肩凝りと限りない頭痛の季節朝来!

少しでも化繊が入っていると、そこで自分の体に電気がたまるのが分かる。ドアのノブでパチッ!車に乗れば火花!人とすれ違うとパチっ!!デパートなんか絶対に歩けない。これを家の電力に転換でもできればいいけれど・・・こんな微量では何の役にも立たないだろう。
ソラさんひたすら無力感を持つ季節。

着る物が一枚増えただけで、木綿100%で生活できなくなった途端始まるこのつらさ。憂鬱じゃ!
やれやれ・・・

でも寒さがもっと増すとこの重さにも徐々に慣れて行くから、人生負荷をかけて調節しながら、冬越えのために少しでも順応能力が高まることを祈りつつ、冬に向かって、できるだけ体を動かしながら乗り切ろう!

もう腕が上がらない、首から肩がガタガタ、つまり第一にPCを使うのをやめて、掃除・洗濯・家の整理に精を出すことかもしれない。何しろ、もう年末なのだから、やらねばならないことがあるでしょ!?
机に向かってやる仕事を控えることかな?でもそうすると自分が自分でなくなってしまうかもしれないので、肩凝り君と仲良しになることも考えつつ・・・

2011年11月21日月曜日

家族の行事続く〜・・・お食事会

ここのところ、ファミリーイベントが続いた。

Kzさんの両親の誕生パーティーから、娘の一時帰国、義妹の娘−つまりKzさんの姪っ子のお披露目お食事会、そして昨日はオババを囲んで、私のファミリーのほうのお食事会だった。

色々あるが、どのような一族であっても、やはり家族は家族だという印象を持った。
血族と本人は血はつながってはいないが、血族を生み出した他人同士の家族という関係による奇妙な連帯感がある。
これはある種、理屈ではない世界だ。

うちのオババはアルツハイマーの病名をもらっている認知症の89歳、一月で90歳のおばあさんだ。
兄は自分が母にとっては誰よりも名医だと言っていたが、確かに医師の診察や対処や指導はあまりにも、普通で形式的であり、個人を見ずに一般論を当てはめているだけなのが良く分かり、その人その人により惚けて行く家庭には個人差や異なった理由やバックグラウンドがあるものであり、家族しか分からないきめの細かい配慮からの刺激や愛情により何か多少のアドバンテージがあるのではないかという姿勢は悪くないと思う。私もそう確信していた。

日本の認知症に対するレベルはかなり遅れていると私は思う。
それにお年寄りを気持ち良く惚けさせてあげることは素敵なことだ。

そんなわけで、『どうしてみんなが集まっているの?』みたいな顔をして真ん中にチョコンと座っているおばあさんを囲んで、穏やかに好き放題のことを言いながら吉祥寺の聘珍楼でお食事をするのはとても良いことだと思う。しかもおばあさんの奢りで、安心してたらふく飲み食いする。「おばあちゃん、ごちそうさまでした!」とみんなで大きな声でお礼を言う。この瞬間がなかなか楽しい!
おばあさんが兄妹二人の家族をつなげてくれ、おばあさんの幸せのためにみんなで協力し合うのはとても貴重なことなのだ。

惚けながらもしっかり大きな役目をしている母には手こずりながらも感謝しないといけないのかも・・・と少し寛大になった私。

2011年11月17日木曜日

古い原稿とmac

MacのPCの初めの頃、まだインターネットができないPCの頃に我が家で初めて買ったノートパソコンがパワーブックだった。
確かPowerBook540とか530みたいな名前だったと思うけれど、まだ日本上陸をする前だったので、発売を待って予約して、キャノンのゼロワンショップにアメリカから入って来るのを待ちに待って、遅れに遅れて・・・でも、年末ぎりぎりに手に入り、多分日本で何番目かの持ち主になったのだと思う。

このPCは、いつだったかシュワちゃんの映画を観ていた時に、彼が軽々しく片手でこのPCを持って早足で歩いて行き、こそこそとある男に耳打ちしてから開いて相手の男性に中の情報を見せるシーンがあって『ああ〜〜!あれ家のとおんなじだ!』とビックリしたものだった。コードレスで使えるだけでも話題の商品だったのかもしれない。最先端のイメージで使われていたけれど、あんな風に軽々しく片手で運べるのはシュワちゃんくらいで、結構重いのでとても今のPCのようにはいかないのです。
でも、灰色のボデイでデザインも頑丈且つスマートで使い勝手もとても良かった。何よりもキーボードの使い心地が最高で、未だかつて私はあれ以上に好きなキーボードに出会ったことがない。とにかく色々と文章を書き込んだ。
そのうちのいくつかの原稿を見ていて、macのことを考えた。そして、その原稿はプリントしてあったもので、先日保存先のフロッピーを取り出してPCにおとそうとしたが、当時のものはもう使えないみたいだ。
スキャンするには枚数が多すぎるし、どうしようかな?原稿見ながら打ち込むか・・・

今でも電源を入れると動くが、いかんせんインターネットができないのだから既にそれはもうパソコンではないのかもしれない。

今回久しぶりにmacに返り咲いて思った。「使いやすい!」
あれから15年以上は過ぎていると思う。その間IBM, HP, VAIO×2、imac と渡り歩いてきたが、(KZさんはレッツノートもあるな、、、そう言えば)原点に戻って思った、やはり「使いやすい!」
使い手に至れり尽くせりで、スティーヴ・ジョブズがどんなに使う人の勝手を考えていたか、良く分かる。
彼の息がかかっているうちに、彼が手がけた製品を買っておきたいと思って、思い切って買ったが、本当に素晴らしい! 相性の問題もあると思うけれど、今回はこれにして本当に良かった。

一番びっくりしたのは、私はスペイン語やフランス語で入力することが多いのだが、キーボードをボタン一つで取り出せ、その言語の特殊文字や記号が簡単に使えることだった。
まだまだビックリすることはたくさんありそうだ。少しずつ引き出しを開けながら見つけ出そう。

2011年11月16日水曜日

ぱなしのKz

私の夫のKzさんのエピソードは限りないが、本当に何と言うか・・・いい加減

最近目につくのは物忘れのすごさである。
特に何でも『やりっぱなし』は一日にいくつ羅列できるか、というレベルだ。

出張の朝は、大変早いので、私は朝ご飯を作ってから、へたへたとベッドに戻って寝てしまう。以前は車で駅まで送ったりとか、大変だったが今はそんなことがないので二度寝入りをするのだ。

いつも起きる時間になって、下に降りて行くと、「きゃ〜〜!」どの部屋も電気がこうこうと点いている。階段、玄関、台所、ダイニング、居間、トイレも・・・全部フルに点いているのだ。「無駄に明るい、非常に明るい」折角余分に眠ったのに、どっと疲れが出る。
更にテレビはもちろんつきっぱなし、裏庭に出るドアのロックはもちろんしていない。

幸いにも玄関のドアはOK!
あまりすごいので、やはりKzさんが出てから眠るようになった私。

戸棚からコップを出すと、戸棚が開きっぱなし、タンスも引き出しも開けっ放し、レンジの火は点けっぱなし、ステレオのスイッチは入りっぱなし、冷蔵庫のドアも開けっ放し、トイレの水は流さずしっぱなし(失礼!)、やりっぱなしのKzである。rip slymeになった気分でラップ調に歌いたい私。

おまけに最近は、会社に行きたくなくて、玄関で座りっぱなし♪
やれやれ・・・
そして私は、あまりのすごさに怒鳴りっぱなし・・・ありゃりゃ・・賑やかなこと!

2011年11月14日月曜日

macの設定とファイル移動で悪戦苦闘!〜我が家の世代交代①メインパソコン

Macの設定を毎日やって、少し新しい仕組みに慣れて来た。

今日はItunesの移動を試みたが、ipodをハードにしてやるやり方は、私のはnanoなので要領不足で失敗に終わった。
ディスクの空きがなくなってしまい、何をやってもプレイリストすら作れなくなり、ipodが壊れてしまったかと焦ったが、どうにか元の状態に戻った。

次に外付けハードディスクに転送してバックアップを試みたが、これもwindowsとmacの不具合で、どうしてもうまく行かなかった。もっとmacのことが分かれば思い切ってできることも、これをやってしまってよいのか?という不安でどうも途中で断念することが多かった。
堂々巡りになってしまい・・・もう少し知識としてimacのことを勉強してからにしよう。

多分その方がずっと楽だろう。

昨日はメールのアドレスの転送をした。
これもコピーしたって駄目なことがたくさんあり、「何でこれコピーできないん?」「なんでロックがかかっちゃうの?」みたいなことばかりで、ストレスが大きい。
windowsもこうしてここまで来たのだから、多分macもものにできるだろう。
と楽天的な私。

明日はスペイン語。先週台風娘の到来で欠席してしまったので、頭が切り替わるか・・・
歳を取る程、柔軟性がなくなる私だ。 やれやれ・・・