2012年11月2日金曜日
『不敵雑記 たしなみなし』 by 佐藤愛子
佐藤愛子さんの作品との出会いは、信州で一人で暮らしている母に何か良い本はないかしら?と模索していた時に発売になったばかりの一冊の本(エッセイ)の書評を目にし、読んだら面白かったので直ぐに母に送ったことにある。
今ではその本のタイトルも忘れてしまったが、やっていることが母生き写しで可笑しかった。
まず、年齢が母に近かったこと、そして性格というか気質がその時の母を励ますにはピッタリだったことが理由だ。
当時の母は、「まるで自分を見ているみたい」と、その後彼女の本を何冊か自分でも買っていたような気がする。
田辺聖子さんと同様に母にフィットした。(田辺さんは何となく顔まで似ているのだ、本人曰く「あの人ひょうきんな顔をしてて私みたい」だと。)
昨年の暮れに、『これでおしまい ーー我が老後』を懐かしく思って母に贈ったが、もう彼女のことを忘れてしまったみたいだった。それでもホームのテーブルの上に置いてあるから、時々読んでいるのだろう。
気にしても仕方ないが、ほぼ同じ年齢で、、、ちょっぴり寂しい。
この『不敵雑記』はスペイン語の友人から借りたもので、彼女の方が私より10歳程年上なのでより切実に共感できるらしく、「いちいち、そうそうって言いながら読めるわよ」と言って渡してくださったが、やはり私でもいちいちうなづいてしまった。
これは年齢に関係なくやはり気質というか気っ風の問題だ。裏表のないさばさばした人間にフィットするのだろう。
佐藤さんも自然体なのだと思う。あのずけずけ言う姿から正直なのが良く分かる。苦労人がユーモラスなのはたまらない!
これからの自分の在り方に勇気をもらえる気がする。
うちのおばばさんももう少し頑張ろう!お迎えが来るまではね。
たまにはこんなエッセイもいい。
秋真っ只中!軽井沢
上の写真は10月に来た時に撮ったものです。
ほんの少し色づいています。
昨日、kzさんのお仕事の都合と、冬越えの準備でやってきました。
オババの訪問を済ませて、新幹線で4時過ぎ到着。
外気は9度でした。
その後相変わらず満員御礼のツルヤで滞在中の食料を買い、仕事を終えて東京からやって来るkzさんをピックアップし、軽く食事を済ませて家に着くと、7度。
家の中は10度でした。湿度62%。
東京から来ると10度でも火の気がないと寒いです。
多分朝は0度近かったのではないかと思います。
今朝は快晴!
前庭をみると落ち葉の絨毯。
玄関にはカラマツの落ち葉があっちこっち寄りながら、積もっていました。
二階から見るといつもの渦巻きの庭が色づいてこんなにきれい。
秋だなあ〜
上のホテルの方は、もう冬が始まりつつあって、紅葉がギリギリ・・・と言っていましたので、朝kzさんが車に乗って仕事に行ってしまったので、週末にできたら堪能して来ようと思います。
やば!連休だ!!
最近の軽井沢はいつでも混んでいて・・・もっと寒いだけの冬にならないと駄目かな?
でも周りの人々は水道を止めて本来の家に帰って行く最後の週末です。
変人の我が家はそう、これからがシーズンです!!! ¡vamos!
さあ、その前に冬越えの準備!
どうして、こう、どうでもいいことで働いてばかりなのだ、私は。
2012年10月29日月曜日
『浮き指』と『隠れ扁平足』と足の裏の硬さと痛み
ここのところ数ヶ月ずっと右足の裏が痛くて困っている。
しかも左足より右足の裏の方がずっと硬い。右側だけ外反母趾っぽいし、おまけに私の身体のトラブルは全部右で起きているのだ。
以前にウオノメができて、皮膚科にお世話になった箇所に良く似ているので先生に診ていただいたが、皮膚科の目ではなんともないということだった。
整形外科に行ってみると良いかもしれないと言われたが、そのままでいる。
ところがここのところ、『あさイチ』で浮き指というのをやっていて、手を握った時に甲の指の付け根にボコボコボコと出る小山のような物が、足でグーを作った時に出ない人はほぼ間違いなく浮き指だというので、やってみたら、全く出ない。特に右足、しかし両足とも平らそのものだった。
原因はこれ?
つまり足の裏の筋力が落ちている。
その数日後の日経新聞の朝刊に『隠れ扁平足』の記事が出ていたので、読むとこれも何だか当てはまっているような気がする。みかけはどう見ても扁平足ではない!が。
ここでは足の外側に力を入れるトレーニングが良いと書いてあったので、浮き指のトレーニングと一緒にやっている。つまりどちらも足の裏全体に均等に体重がかかっていないのだ。
そして思い当たったのが、私は右足首を何度も捻挫していることだった。
高校生の時にすのこの間に足をはさんで随分長い間松葉杖で暮らしたが、その後もつまらない所で外側にギクっとやって靭帯を切って何ヶ月も治療して完治したところ、アホくさいことに又やって・・・そして数年後に又ねじった。
医者に、「これで今回は治ったけれど、もう一度やったらもう戻らないよ」と言われ気をつけて歩いている。
そんなことがあって、無意識のうちに右足の外側くるぶし辺りをかばって内側に体重をかける癖がついたのかもしれない。
だから、右だけ外反母趾で、足の裏が硬く、腰痛がでて・・・と、この連鎖が解明できた。
日々、足の裏を鍛え、ウォーキングに行く時も体重移動に気をつけていたら、少し痛みが改善されてきた。
原因を見つけるのはとても大事なことだ。
もう少しトレーニングを続けてみようと思う。これで治ったらとても嬉しいから。
しかも左足より右足の裏の方がずっと硬い。右側だけ外反母趾っぽいし、おまけに私の身体のトラブルは全部右で起きているのだ。
以前にウオノメができて、皮膚科にお世話になった箇所に良く似ているので先生に診ていただいたが、皮膚科の目ではなんともないということだった。
整形外科に行ってみると良いかもしれないと言われたが、そのままでいる。
ところがここのところ、『あさイチ』で浮き指というのをやっていて、手を握った時に甲の指の付け根にボコボコボコと出る小山のような物が、足でグーを作った時に出ない人はほぼ間違いなく浮き指だというので、やってみたら、全く出ない。特に右足、しかし両足とも平らそのものだった。
原因はこれ?
つまり足の裏の筋力が落ちている。
その数日後の日経新聞の朝刊に『隠れ扁平足』の記事が出ていたので、読むとこれも何だか当てはまっているような気がする。みかけはどう見ても扁平足ではない!が。
ここでは足の外側に力を入れるトレーニングが良いと書いてあったので、浮き指のトレーニングと一緒にやっている。つまりどちらも足の裏全体に均等に体重がかかっていないのだ。
そして思い当たったのが、私は右足首を何度も捻挫していることだった。
高校生の時にすのこの間に足をはさんで随分長い間松葉杖で暮らしたが、その後もつまらない所で外側にギクっとやって靭帯を切って何ヶ月も治療して完治したところ、アホくさいことに又やって・・・そして数年後に又ねじった。
医者に、「これで今回は治ったけれど、もう一度やったらもう戻らないよ」と言われ気をつけて歩いている。
そんなことがあって、無意識のうちに右足の外側くるぶし辺りをかばって内側に体重をかける癖がついたのかもしれない。
だから、右だけ外反母趾で、足の裏が硬く、腰痛がでて・・・と、この連鎖が解明できた。
日々、足の裏を鍛え、ウォーキングに行く時も体重移動に気をつけていたら、少し痛みが改善されてきた。
原因を見つけるのはとても大事なことだ。
もう少しトレーニングを続けてみようと思う。これで治ったらとても嬉しいから。
2012年10月24日水曜日
お惣菜って高いんだ!
昨日は用事があって吉祥寺へ出た。
Kzさんがいないので、夜は何か買って帰ろうとアルテのなかをウロウロした。
お弁当は時々買うことはあるが、私はお惣菜というものをほとんど買ったことがない。
どうしてかというと、出来合いの物を使ったり、調理過程で手を抜くとKzさんがどうも美味しそうに食べてくれない。(実は自分もだ)
文句こそ言わないが、「今日は何か味がいつもと違うね」みたいなことをつぶやく。
出汁が変わっただけでも気が付く人だから、迂闊なことはできない。
色々面倒なので、原則何でも自分で作る。
アルテの中に『海南食堂』というシンガポール料理の店がある。レストランではなく、お弁当屋さんだ。娘がシンガポールに住んでいた頃、多分現地のものとはお味が違うとは思うが、何となく娘のことを考えながら、ここのチキンライスのお弁当を買ってきて食べたものだ。彼女は今はスイスだが、それでもこの味は好きで私はまだ時々食べたくなる。
何と言ってもジャスミンライスに惹かれたのだが、チキンも柔らかくてあっさりしていて何だか懐かしさを覚えた。三種類のソースの味も好きだ。
前世はやはりあの辺だったのだろうか?
それともインカか? 辛〜いサルサのソースを食べた時の懐かしさの衝撃はすごかった!
ところで、そこで珍しくチキンライスでもナシゴレンでもなく、シンガポールスタイルのチキンカレーを買った後、ちょっと横の店を見たら、大根の煮付けが美味しそう!
組み合わせが何?だが、Kzさんがいないのは最大の強みで、何でもござれ!雑食のソラさん思い切ってそれを買ってみた。
100gだと大根2〜3切れだっていうので、いくらなんでもと200g買った。
小さなパックに大根5〜6切れと人参、インゲン、お肉少々・・・でも計630円!
今買ったお弁当より高いぜ!
「そうか、外で買うお惣菜とはこういうものなのだ。」と納得した。
自分で同じ物を作ったら、冷蔵庫の中の残り物でお鍋一杯できそうだ。
それと同時に、お弁当とは合理的で芸術的に素晴らしいものなのだと自覚。
でも、夕方だったせいか、たくさんの人々がお惣菜を買っていた。みんなもったいないと思わないのかなあ?などとつまらないことを考えた。
お仕事持っていたら、割高でもとても助かるのだろうな。
Kzさんの帰宅時間に合わせて、『できたてを』と揚げ物を揚げている自分を考えてしまったが、自分も揚げたてを食べたいからいいや!
美味しい物を美味しく食べるのはとても大事なこと。
Kzさんの不在の間は、普段あまり考えないようなことに気が付いて面白い。
けれど、とても美味しそうに見えた大根は、ちょっと味が濃過ぎて、2切れで箸が止まった。そして、お茶をガブガブ飲んだ。
まだ社会勉強が足りない。
Kzさんがいないので、夜は何か買って帰ろうとアルテのなかをウロウロした。
お弁当は時々買うことはあるが、私はお惣菜というものをほとんど買ったことがない。
どうしてかというと、出来合いの物を使ったり、調理過程で手を抜くとKzさんがどうも美味しそうに食べてくれない。(実は自分もだ)
文句こそ言わないが、「今日は何か味がいつもと違うね」みたいなことをつぶやく。
出汁が変わっただけでも気が付く人だから、迂闊なことはできない。
色々面倒なので、原則何でも自分で作る。
アルテの中に『海南食堂』というシンガポール料理の店がある。レストランではなく、お弁当屋さんだ。娘がシンガポールに住んでいた頃、多分現地のものとはお味が違うとは思うが、何となく娘のことを考えながら、ここのチキンライスのお弁当を買ってきて食べたものだ。彼女は今はスイスだが、それでもこの味は好きで私はまだ時々食べたくなる。
何と言ってもジャスミンライスに惹かれたのだが、チキンも柔らかくてあっさりしていて何だか懐かしさを覚えた。三種類のソースの味も好きだ。
前世はやはりあの辺だったのだろうか?
それともインカか? 辛〜いサルサのソースを食べた時の懐かしさの衝撃はすごかった!
ところで、そこで珍しくチキンライスでもナシゴレンでもなく、シンガポールスタイルのチキンカレーを買った後、ちょっと横の店を見たら、大根の煮付けが美味しそう!
組み合わせが何?だが、Kzさんがいないのは最大の強みで、何でもござれ!雑食のソラさん思い切ってそれを買ってみた。
100gだと大根2〜3切れだっていうので、いくらなんでもと200g買った。
小さなパックに大根5〜6切れと人参、インゲン、お肉少々・・・でも計630円!
今買ったお弁当より高いぜ!
「そうか、外で買うお惣菜とはこういうものなのだ。」と納得した。
自分で同じ物を作ったら、冷蔵庫の中の残り物でお鍋一杯できそうだ。
それと同時に、お弁当とは合理的で芸術的に素晴らしいものなのだと自覚。
でも、夕方だったせいか、たくさんの人々がお惣菜を買っていた。みんなもったいないと思わないのかなあ?などとつまらないことを考えた。
お仕事持っていたら、割高でもとても助かるのだろうな。
Kzさんの帰宅時間に合わせて、『できたてを』と揚げ物を揚げている自分を考えてしまったが、自分も揚げたてを食べたいからいいや!
美味しい物を美味しく食べるのはとても大事なこと。
Kzさんの不在の間は、普段あまり考えないようなことに気が付いて面白い。
けれど、とても美味しそうに見えた大根は、ちょっと味が濃過ぎて、2切れで箸が止まった。そして、お茶をガブガブ飲んだ。
まだ社会勉強が足りない。
2012年10月17日水曜日
サッカー、ブラジル戦 〜楽しかった!
昨夜は久しぶりにほれぼれするサッカーを観た。
日本が負けたのに、ブラジルの素晴らしさの満足の方が大きかったので、まるで質の高いエンターテインメントを観たような気がしてわくわくした。
ブラジルは今回の親善試合でイラクや中国にも大差で勝っていたので、選手たちの国歌を歌う顔は晴れ晴れとして曇りなくあまりにも自信に満ちていたので、「今日は余裕だな?」と思った私。
けれど、日本が結構頑張って良い動きをしているので、面白い試合になるかも、と感じた。
というのも、今まで何度か観てきたブラジルの試合は、いくら優勝しようが、世界一になろうが、実は私には少しも面白くなく、個人技ばかりが目立ってドリブルダンスをしているようで野生と偶然の勝利のように見えたものだった。
しかし、今回は現在の世界ランキング14位にしては大幅にバージョンアップしていた。
「ブラジルのサッカーが変わった!」そう思った。
監督が良いのだろうが、プレーがシンプルになり、しかし隙がない、そしてチャンスや弱点は絶対に逃さない、いざ動くときの押し上げの速さ力強さ・・・チーム全体に王者の風格のようなものが感じられ、「これぞサッカー!」とお手本を示してくれているみたいだった。
多分ブラジルのチームに足りなかったものが出来始めたのだろうと予感した。
楽しかった!! 日本チームを応援する観客としてすら大いに楽しかった。
それにしてもネイマールのすごいこと!
豹が化身してサッカー選手になったみたいな動物的な動き、それとも鼻に絆創膏をつけたライオンキングか?
動物的なネイマールと貴公子のようなカカ、南の島のハメハメハ大王みたいなフッキ・・・これからの試合を観るのが楽しみになった。
日本の選手たちも今回の試合を糧にして奮起し、強く大きくなってほしい。負けても後味の決して悪くない試合だったのだから。
可能性のあるいいチームだと思う。サッカーは楽しい!
日本が負けたのに、ブラジルの素晴らしさの満足の方が大きかったので、まるで質の高いエンターテインメントを観たような気がしてわくわくした。
ブラジルは今回の親善試合でイラクや中国にも大差で勝っていたので、選手たちの国歌を歌う顔は晴れ晴れとして曇りなくあまりにも自信に満ちていたので、「今日は余裕だな?」と思った私。
けれど、日本が結構頑張って良い動きをしているので、面白い試合になるかも、と感じた。
というのも、今まで何度か観てきたブラジルの試合は、いくら優勝しようが、世界一になろうが、実は私には少しも面白くなく、個人技ばかりが目立ってドリブルダンスをしているようで野生と偶然の勝利のように見えたものだった。
しかし、今回は現在の世界ランキング14位にしては大幅にバージョンアップしていた。
「ブラジルのサッカーが変わった!」そう思った。
監督が良いのだろうが、プレーがシンプルになり、しかし隙がない、そしてチャンスや弱点は絶対に逃さない、いざ動くときの押し上げの速さ力強さ・・・チーム全体に王者の風格のようなものが感じられ、「これぞサッカー!」とお手本を示してくれているみたいだった。
多分ブラジルのチームに足りなかったものが出来始めたのだろうと予感した。
楽しかった!! 日本チームを応援する観客としてすら大いに楽しかった。
それにしてもネイマールのすごいこと!
豹が化身してサッカー選手になったみたいな動物的な動き、それとも鼻に絆創膏をつけたライオンキングか?
動物的なネイマールと貴公子のようなカカ、南の島のハメハメハ大王みたいなフッキ・・・これからの試合を観るのが楽しみになった。
日本の選手たちも今回の試合を糧にして奮起し、強く大きくなってほしい。負けても後味の決して悪くない試合だったのだから。
可能性のあるいいチームだと思う。サッカーは楽しい!
2012年10月14日日曜日
ひいおばあさんの話
今日はこれから、オババを囲んでのお食事会だ。
個室でないと文句を言うので、場所は吉祥寺の聘珍楼と決まっている。
思ったより寒いので、久しぶりの外出のオババには準備してきた洋服が薄手かもしれないと、迎えに行ってくれる義姉に他の候補をメールで連絡していた時、フッとオババの顔が浮かび、それが私のひいおばあさんであるしわくちゃで異様に小柄な長谷のばやん(おばあちゃん)の顔に重なった。*ちなみに母の田舎では、おばあさんはばやん、もちろんじやん(おじいさん)とやん(父)かやん(母)ねやん(姉)あんやん(兄)と呼ぶ。
私は以前にもどこかで書いたかもしれないが、母方の母の家(『長谷の家』と呼んでいる)の血を多分に引いている。しかし私の母方のおばあさんはオババを産んですぐに(オババ三歳の時)腎臓を痛めて亡くなってしまったので、写真しか知らない。
このおばあさんは葉萬枝さんと言って、おじいちゃんも母の叔父や叔母も声をそろえて、「ソラちゃんは葉萬枝さんにそっくりだね」と言う。
私は外では自分と似た人と会ったことがない。
私は子供の頃から真っ白で金髪だったので(日本人です、今は茶髪になりました)いつも「外人、外人!」といじめられて育ったのだが、この長谷の家に行くと私のように色白で髪の赤い人々がたくさん居るので、なんだかホッとしたものだ。そして、自分はここの血を引いた人間なのだとつくづく思うのだった。
母(オババ)は三歳で母親を亡くしているので、私のひいおばあさんである長谷のばやんは、母のことをとても気にかけていて、「母親がいないのは不憫だ」と自分の娘のように可愛がって育てられたらしい。葉萬枝さんは長女だったので、実際、当時は子だくさんだったから、ばやんの一番末の娘と長女の娘であるオババは歳の差がなく、一緒に姉妹のように育ててもらったらしい。
結局おじいさんは後妻さんをもらったので、その後はあまり口出ししなくなったけれど、だれかが母をいじめると旧家で権力のある長谷のばやんが容赦せずに命がけでオババをかばってくれたらしい。オババは疑問なく、自分をお姫様だと思っていたのだと思う。
そして、母もことがあると、直ぐに長谷の家まで泣きながらすっ飛んで行ったという。
このひいおばあちゃん、実にすごい人で、私は母はこのおばあさんに一番似ているのだと思う。90歳を過ぎて外見も似てきたが、特に気が強いところがそっくりだ。
もっともばやんの方がしっかり者で、気前が良く働き者で、正義感が強くて、母のように手抜きしてはさぼることばかり考えたりはしないけれど・・・。
ばやんは当時の人としては長生きで88歳まで生き大往生だった。
オババが結婚して私たちが産まれた後も時々、腰が90度に曲がって地面に顔がくっつくのではないかと思われるような姿勢で杖をつきながら孫娘である母の所にやってきた。背中には行商のような大きな唐草模様の風呂敷包みを背負い、胸でしばって棒のような細いがに股の脚がスカートの下で踏ん張っていた。(昔、東京ぼん太っていうお笑い系の役者さんがそんなスタイルで売っていたっけ)中には野菜やお米や色々なお土産がどっしり!
あんな小さな身体で、よくまああんな大きな荷物を背負えるものだと、つくづく感心するのだった。
その頃のばやんはもうしわくちゃで、腰は曲がっているし頭はキュッとひっつめて後ろで丸めているし・・・長野の市街地に住む私には、まだ小学校にも行かない子供ながらもとてもド田舎のみすぼらしい老婆に見えたものでちょっと格好悪く感じたのだった。(どう見ても典型的な漫画のモデルになれそうな、めぞん一刻のおばあさんみたいなイメージ)が、今の私にしてみると完璧な逞しい老人の姿で本当に後光がさして素敵だ。
豪快で正しくて心が広くて勇気があって、怒ると恐いけれど私にはいつもとても優しかった。
母が、若くて家を出てしまった私の娘をことのほか可愛がってくれる姿は、小さい時に母親をなくした自分にかけられた長谷のばやんからの愛情をそのまま彼女にあげているような気がしてならない。
『孤独』を分け合うことができて、その孤独を知っているから、いっぱいいっぱい愛してあげないといけないと思っているのだと思う。
この勇ましいひいおばあちゃんの曾孫娘である私も顔や体格は似ていないが多分に血を引いているような気がしないでもないのだが。
やはり隔世遺伝で行くと、母とばやん、娘のWの路線でつながりとても強力な遺伝子を受け継ぎ、私は早死にした色白で美人で薄幸だった、葉萬枝さんの劣性遺伝子の方をもらったのかも・・・
いずれにせよ長谷の一族は、こんなに気持ちのきれいな人々はいないと思えるほど心の穏やかな優しい家系なので、そちらの遺伝子を引き継ぎたいものだ。(例外が身近にいるけれど)
個室でないと文句を言うので、場所は吉祥寺の聘珍楼と決まっている。
思ったより寒いので、久しぶりの外出のオババには準備してきた洋服が薄手かもしれないと、迎えに行ってくれる義姉に他の候補をメールで連絡していた時、フッとオババの顔が浮かび、それが私のひいおばあさんであるしわくちゃで異様に小柄な長谷のばやん(おばあちゃん)の顔に重なった。*ちなみに母の田舎では、おばあさんはばやん、もちろんじやん(おじいさん)とやん(父)かやん(母)ねやん(姉)あんやん(兄)と呼ぶ。
私は以前にもどこかで書いたかもしれないが、母方の母の家(『長谷の家』と呼んでいる)の血を多分に引いている。しかし私の母方のおばあさんはオババを産んですぐに(オババ三歳の時)腎臓を痛めて亡くなってしまったので、写真しか知らない。
このおばあさんは葉萬枝さんと言って、おじいちゃんも母の叔父や叔母も声をそろえて、「ソラちゃんは葉萬枝さんにそっくりだね」と言う。
私は外では自分と似た人と会ったことがない。
私は子供の頃から真っ白で金髪だったので(日本人です、今は茶髪になりました)いつも「外人、外人!」といじめられて育ったのだが、この長谷の家に行くと私のように色白で髪の赤い人々がたくさん居るので、なんだかホッとしたものだ。そして、自分はここの血を引いた人間なのだとつくづく思うのだった。
母(オババ)は三歳で母親を亡くしているので、私のひいおばあさんである長谷のばやんは、母のことをとても気にかけていて、「母親がいないのは不憫だ」と自分の娘のように可愛がって育てられたらしい。葉萬枝さんは長女だったので、実際、当時は子だくさんだったから、ばやんの一番末の娘と長女の娘であるオババは歳の差がなく、一緒に姉妹のように育ててもらったらしい。
結局おじいさんは後妻さんをもらったので、その後はあまり口出ししなくなったけれど、だれかが母をいじめると旧家で権力のある長谷のばやんが容赦せずに命がけでオババをかばってくれたらしい。オババは疑問なく、自分をお姫様だと思っていたのだと思う。
そして、母もことがあると、直ぐに長谷の家まで泣きながらすっ飛んで行ったという。
このひいおばあちゃん、実にすごい人で、私は母はこのおばあさんに一番似ているのだと思う。90歳を過ぎて外見も似てきたが、特に気が強いところがそっくりだ。
もっともばやんの方がしっかり者で、気前が良く働き者で、正義感が強くて、母のように手抜きしてはさぼることばかり考えたりはしないけれど・・・。
ばやんは当時の人としては長生きで88歳まで生き大往生だった。
オババが結婚して私たちが産まれた後も時々、腰が90度に曲がって地面に顔がくっつくのではないかと思われるような姿勢で杖をつきながら孫娘である母の所にやってきた。背中には行商のような大きな唐草模様の風呂敷包みを背負い、胸でしばって棒のような細いがに股の脚がスカートの下で踏ん張っていた。(昔、東京ぼん太っていうお笑い系の役者さんがそんなスタイルで売っていたっけ)中には野菜やお米や色々なお土産がどっしり!
あんな小さな身体で、よくまああんな大きな荷物を背負えるものだと、つくづく感心するのだった。
その頃のばやんはもうしわくちゃで、腰は曲がっているし頭はキュッとひっつめて後ろで丸めているし・・・長野の市街地に住む私には、まだ小学校にも行かない子供ながらもとてもド田舎のみすぼらしい老婆に見えたものでちょっと格好悪く感じたのだった。(どう見ても典型的な漫画のモデルになれそうな、めぞん一刻のおばあさんみたいなイメージ)が、今の私にしてみると完璧な逞しい老人の姿で本当に後光がさして素敵だ。
豪快で正しくて心が広くて勇気があって、怒ると恐いけれど私にはいつもとても優しかった。
母が、若くて家を出てしまった私の娘をことのほか可愛がってくれる姿は、小さい時に母親をなくした自分にかけられた長谷のばやんからの愛情をそのまま彼女にあげているような気がしてならない。
『孤独』を分け合うことができて、その孤独を知っているから、いっぱいいっぱい愛してあげないといけないと思っているのだと思う。
この勇ましいひいおばあちゃんの曾孫娘である私も顔や体格は似ていないが多分に血を引いているような気がしないでもないのだが。
やはり隔世遺伝で行くと、母とばやん、娘のWの路線でつながりとても強力な遺伝子を受け継ぎ、私は早死にした色白で美人で薄幸だった、葉萬枝さんの劣性遺伝子の方をもらったのかも・・・
いずれにせよ長谷の一族は、こんなに気持ちのきれいな人々はいないと思えるほど心の穏やかな優しい家系なので、そちらの遺伝子を引き継ぎたいものだ。(例外が身近にいるけれど)
2012年10月8日月曜日
パーカー『ソネット5th』 ~ 第5世代のペン
今まで愛用していたZebraのジェルインクボールペン(JX-0.5 WR-3B1-JX)、万年筆のようなペンで細身で書き心地が良く、自分に馴染んでいたペンの替芯が手に入らなくなってしまった。
随分前から店頭にはないので、いつも文房具屋さんに10本単位で注文して取り寄せていたのだが、そちらに行っても、ない!
1本でも時には数ヶ月は持つから、もう20本以上は使ったと思う。何年間使っていたのだろうか?
在庫を求めてネット上をあちこち探したがもうどこでも手に入らなかった。ゼブラに問い合わせたが、もう社内在庫は一切なくなり、生産は打ち切りになって一年以上になるということだ。
互換性のある替芯もなく、書き心地の近い物もなくなった。
「が〜〜ん!」こういうショックは久しぶり!!
とてもガッカリしていた。
とにかく書き心地の似た物を探す意外にこのストレスは消せない。
私はとても字を書くのが速い、自分の思考力に付いて来てくれるペンでないと、速さと頭が一致しない。ただ滑るように早いだけでも駄目で、濃さとか筆圧とかが反映されるペンが好きだった。それにはこのペンが最も相性が良かった。
ノートを取るとき、考えをまとめる時・・・
きちんとした手紙やハガキの時は、何十年も使っているモンブランの愛用品の万年筆がある。
そんな事実にがっかりしていた折(一昨日)、Kzさんが「伊東屋へ行こう!」と誘ってくれた。
「どうしても薦めたい物があるから、試しに行ってみよう」(毎日英字新聞を読んでいるKzさんの情報はいつもとても早いのだ。
そして、、、10月6日限定店のみでの先行発売の開始直後(一般の発売は12月ということで、売り場の方が「まだ宣伝されていませんよ〜情報早いですね〜」とビックリしておられた)銀座の伊東屋で全く期待しないでペンを取り、書いて又、、、
「ががが〜〜〜ん!!!」と来た。
「えっ?これ・・」
その名も "パーカー ソネット5th" 第五世代のペン
書いた途端、笑顔に変わった。
自分の書き味が戻って来て・・・幸せ。
(白、シルバー、ゴールドの3色あったが、ソネットパール(白のパール)の細字を選んだ)
とても素敵な自分のペンが手に入った。ニッコリ♪
先日奥社に行って気持ちの整理がついてから、Kzさんの実体が見え始め、少しずつ自分の心が戻ってきている。
私のために何かをしてくれたからというわけではないが、改めて、久しぶりKzさんに感謝の私です。
ご本人、「僕でもたまには役にたつでしょ?」
あとがき: この後コメント欄で私のお気に入りのZebraのジェルインクボールペン(JX-0.5 WR-3B1-JX)の書き味に近いレフィルを教えてくださった方がいて(manmaさん)すぐに購入しました。とてもいい感じでパーカーをやめてそれに移ってしまいました。それから10年近く今でも愛用しています。(2021/8月)とてもありがたかったです(ceramic roller オート C-300)
随分前から店頭にはないので、いつも文房具屋さんに10本単位で注文して取り寄せていたのだが、そちらに行っても、ない!
1本でも時には数ヶ月は持つから、もう20本以上は使ったと思う。何年間使っていたのだろうか?
在庫を求めてネット上をあちこち探したがもうどこでも手に入らなかった。ゼブラに問い合わせたが、もう社内在庫は一切なくなり、生産は打ち切りになって一年以上になるということだ。
互換性のある替芯もなく、書き心地の近い物もなくなった。
「が〜〜ん!」こういうショックは久しぶり!!
とてもガッカリしていた。
とにかく書き心地の似た物を探す意外にこのストレスは消せない。
私はとても字を書くのが速い、自分の思考力に付いて来てくれるペンでないと、速さと頭が一致しない。ただ滑るように早いだけでも駄目で、濃さとか筆圧とかが反映されるペンが好きだった。それにはこのペンが最も相性が良かった。
ノートを取るとき、考えをまとめる時・・・
きちんとした手紙やハガキの時は、何十年も使っているモンブランの愛用品の万年筆がある。
そんな事実にがっかりしていた折(一昨日)、Kzさんが「伊東屋へ行こう!」と誘ってくれた。
「どうしても薦めたい物があるから、試しに行ってみよう」(毎日英字新聞を読んでいるKzさんの情報はいつもとても早いのだ。
そして、、、10月6日限定店のみでの先行発売の開始直後(一般の発売は12月ということで、売り場の方が「まだ宣伝されていませんよ〜情報早いですね〜」とビックリしておられた)銀座の伊東屋で全く期待しないでペンを取り、書いて又、、、
「ががが〜〜〜ん!!!」と来た。
「えっ?これ・・」
その名も "パーカー ソネット5th" 第五世代のペン
書いた途端、笑顔に変わった。
自分の書き味が戻って来て・・・幸せ。
(白、シルバー、ゴールドの3色あったが、ソネットパール(白のパール)の細字を選んだ)
とても素敵な自分のペンが手に入った。ニッコリ♪
先日奥社に行って気持ちの整理がついてから、Kzさんの実体が見え始め、少しずつ自分の心が戻ってきている。
私のために何かをしてくれたからというわけではないが、改めて、久しぶりKzさんに感謝の私です。
ご本人、「僕でもたまには役にたつでしょ?」
あとがき: この後コメント欄で私のお気に入りのZebraのジェルインクボールペン(JX-0.5 WR-3B1-JX)の書き味に近いレフィルを教えてくださった方がいて(manmaさん)すぐに購入しました。とてもいい感じでパーカーをやめてそれに移ってしまいました。それから10年近く今でも愛用しています。(2021/8月)とてもありがたかったです(ceramic roller オート C-300)
2012年10月5日金曜日
シニセの不良息子 〜 ビートルズ
50年前の今日、10月5日にビートルズは初めてレコードを出したそうだ。
私が初めて意識してビートルズを聴いたのは、中一の時だったから、最初のレコードから少し経っていたのだろう。
今日の日経新聞の朝刊の『春秋』に:詩人の草野心平はビートルズのファンでもあったそうだが、「ビートルズはイギリスという地球のシニセに生まれた言わば不良息子だった」と言ったらしい。
そして、イギリスはその不良息子に救われた。つまり外貨を稼いで傾きかけた国に貢献し女王陛下に勲章をもらった。
ラ、ラヴミードゥ ラ・ラヴミードゥ ラヴ・ミー・ドゥ♪
あのハーモニカの音とともに始まるあの曲がA面だ。
そのジョン・レノンが吹くハーモニカは彼がオランダで万引きしたものだそうだ。
面白いエピソードだ。
世の中を救うのはワルだってことかな?
先日の読書のブログの本に書いてあったが、ビートルズの曲は心地よい528HZの周波数に調教してあるそうだ。だから聞いていてあんなに気持ちが良いらしい。
彼らは私が天才だと思う人々の一つだ。そしてやはり4人で一つのかたまりであり、ソロでは成し得ない特別なハーモニーなのだ。
先日車の中でじっくり聴いたが、何回聴いても何歳になっても全ての曲が新鮮だ。
心底偉大だと思う私。
CDでいつでも聞けるのが、本当にありがたい。
歌声は永遠に!
私が初めて意識してビートルズを聴いたのは、中一の時だったから、最初のレコードから少し経っていたのだろう。
今日の日経新聞の朝刊の『春秋』に:詩人の草野心平はビートルズのファンでもあったそうだが、「ビートルズはイギリスという地球のシニセに生まれた言わば不良息子だった」と言ったらしい。
そして、イギリスはその不良息子に救われた。つまり外貨を稼いで傾きかけた国に貢献し女王陛下に勲章をもらった。
ラ、ラヴミードゥ ラ・ラヴミードゥ ラヴ・ミー・ドゥ♪
あのハーモニカの音とともに始まるあの曲がA面だ。
そのジョン・レノンが吹くハーモニカは彼がオランダで万引きしたものだそうだ。
面白いエピソードだ。
世の中を救うのはワルだってことかな?
先日の読書のブログの本に書いてあったが、ビートルズの曲は心地よい528HZの周波数に調教してあるそうだ。だから聞いていてあんなに気持ちが良いらしい。
彼らは私が天才だと思う人々の一つだ。そしてやはり4人で一つのかたまりであり、ソロでは成し得ない特別なハーモニーなのだ。
先日車の中でじっくり聴いたが、何回聴いても何歳になっても全ての曲が新鮮だ。
心底偉大だと思う私。
CDでいつでも聞けるのが、本当にありがたい。
歌声は永遠に!
洗濯機 カウンター片付けたら ゴミの山! 〜 montón de basura
いやあ、まいった!
昨日洗濯機の設置が終わった。
エレクトロラックスの人が9時からみえるというので、頑張って周りを片付けたけれど、カウンターの上の物だけでもゴミの山だ。
それを別の所に移動させないと、その場所が空かない。
工事をするスペースも確保しないとならない。
どうしてこんなに物を取ってあるのだ!
紙袋、スーパーのレジ袋、ポケットティッシュ(街頭でもらったもの→これだと鼻の下が真っ赤になるので、更に自分で買っている。アホか!)きれいな包み紙、ホテルの歯ブラシやヘアーブラシ、試供品のシャンプーやリンス、使い古した雑巾用タオル、穴のあいた靴下(靴でも拭いてから捨てようと思っている)、スペアに買ってある洗剤・・・きりがない。
ほとんどが捨ててしまっても全く問題のない物ばかりだ。
でも一つ一つ見ていくと、これはこういう時に使える、あれはああいう時に使える、せめて一度拭いてから捨てよう・・・等とどうもとっておきたい気持ちにかられるものが多く、それを横に追いやるとそこに新たなゴミの山ができる。
まさに、montón de basura だ。(何故かこの言葉をサラマンカ留学中に覚えた!)
オババの家の整理に行った時を思い出した。
いつもトラック一杯になりそうなゴミを一人で整理し、オババは横で雑巾を持ってウロウロしていた。
玄関はゴミの山! montón de basura だ。
そして、「ソラちゃん、すごいゴミだね。よくこんなにとっておいたものだわ」
と目をまん丸くして驚き顔になる。(もちろん私の上を行く取っとき虫だけど)
人の物だと、さっさと捨てられるのに不思議な気持ちだ。
人生そんなものかもしれない。
さて、試練のとき!
片付けよう!
捨てよう!
身軽になろう!
そして、捨てられない人は、もうできるだけ物を増やさないでおきましょう!
昨日洗濯機の設置が終わった。
エレクトロラックスの人が9時からみえるというので、頑張って周りを片付けたけれど、カウンターの上の物だけでもゴミの山だ。
それを別の所に移動させないと、その場所が空かない。
工事をするスペースも確保しないとならない。
どうしてこんなに物を取ってあるのだ!
紙袋、スーパーのレジ袋、ポケットティッシュ(街頭でもらったもの→これだと鼻の下が真っ赤になるので、更に自分で買っている。アホか!)きれいな包み紙、ホテルの歯ブラシやヘアーブラシ、試供品のシャンプーやリンス、使い古した雑巾用タオル、穴のあいた靴下(靴でも拭いてから捨てようと思っている)、スペアに買ってある洗剤・・・きりがない。
ほとんどが捨ててしまっても全く問題のない物ばかりだ。
でも一つ一つ見ていくと、これはこういう時に使える、あれはああいう時に使える、せめて一度拭いてから捨てよう・・・等とどうもとっておきたい気持ちにかられるものが多く、それを横に追いやるとそこに新たなゴミの山ができる。
まさに、montón de basura だ。(何故かこの言葉をサラマンカ留学中に覚えた!)
オババの家の整理に行った時を思い出した。
いつもトラック一杯になりそうなゴミを一人で整理し、オババは横で雑巾を持ってウロウロしていた。
玄関はゴミの山! montón de basura だ。
そして、「ソラちゃん、すごいゴミだね。よくこんなにとっておいたものだわ」
と目をまん丸くして驚き顔になる。(もちろん私の上を行く取っとき虫だけど)
人の物だと、さっさと捨てられるのに不思議な気持ちだ。
人生そんなものかもしれない。
さて、試練のとき!
片付けよう!
捨てよう!
身軽になろう!
そして、捨てられない人は、もうできるだけ物を増やさないでおきましょう!
2012年10月3日水曜日
『君 気持ちを 大きく もとう』 by 毎田周一
Kzさんが机の上に何気なく置いてあったこの本、思わず手に取ったら終わりまで読んでしまった。
宗教家だけあって、その文章には体温があり、風のように心の中に入り込んできた。そして、生命力を吹き込んできた。
毎田周一先生はKzさんの家には縁が深く、当然そこに嫁いだ私にも間接的に実に大きな影響を与えた人物だった。嫁ぎ先の空気そのものでした。
気になった作品を:(うん、うんと思ったり、本当に苦しい時に確かにこんなこと考えて抜け出したなあ〜と思ったり、真理だなあ・・・)
『もっともなこと』
人のことは人に任せておいて
君は君のやりたいことを
やってゆくのさ
闊達に 雄大に
『達人』
頭で考えたことを
本当のことだと思って
それに捉われて苦しむ
愚かなひとがいる
また考えて何かをするという
御苦労なひともいる
感じたらそこに自然に
することは出てくるのに
頭の一隅で考えたこと
それを観念論という
直観だけが生命の全体に
触れていることを知れ
自分の全体をすっかり
直観に任せてしまって
やってゆくひとをこそ
達人とは言うのだ−−
『他力自然』
自分で力を入れさえしなければ
物事は順調に運んでゆく
本当に自分の邪魔をするものは
この自分のほかにはない
自分で何もしないのに
どうして事が成就してゆくのか
自分の邪魔を取り除けば
他力が自然に働いてゆくからだ
自分で何もしなかった人 道元
只管打坐とは何もしないことだ
そして親鸞 念仏とはただ
如来の働きを仰ぐことのみだ
困難が起こったら そんなことを
相手にしないことだ
それにそっぽを向いて ただ
自分の好きなことをやってゆけ
『自由と平和』
むつかしい顔をすることは、少しも要らないのである。
いつもにこやかな顔をして、
すべての人に向かえばよいのである。
むつかしい顔をするのは、
ただその人の度量の小ささを語るのみである。
私はかくもケチな、チッポケな人間です、
というばかりである。
狭っ苦しい殻をかぶり、われとわが世界を縮めているような、
せっかく生まれてきた人生を、
いつもこせこせと、しみったれて生きているような、
小人ですと、告白するばかりである。
微笑は自由の象徴である。
一切を容れて世界とともにいきるものの歓びの象徴である。
平和は、この微笑から来る。
========
*無意味な力が抜け、不思議なエネルギーが湧いてきます。
宗教家だけあって、その文章には体温があり、風のように心の中に入り込んできた。そして、生命力を吹き込んできた。
毎田周一先生はKzさんの家には縁が深く、当然そこに嫁いだ私にも間接的に実に大きな影響を与えた人物だった。嫁ぎ先の空気そのものでした。
気になった作品を:(うん、うんと思ったり、本当に苦しい時に確かにこんなこと考えて抜け出したなあ〜と思ったり、真理だなあ・・・)
『もっともなこと』
人のことは人に任せておいて
君は君のやりたいことを
やってゆくのさ
闊達に 雄大に
『達人』
頭で考えたことを
本当のことだと思って
それに捉われて苦しむ
愚かなひとがいる
また考えて何かをするという
御苦労なひともいる
感じたらそこに自然に
することは出てくるのに
頭の一隅で考えたこと
それを観念論という
直観だけが生命の全体に
触れていることを知れ
自分の全体をすっかり
直観に任せてしまって
やってゆくひとをこそ
達人とは言うのだ−−
『他力自然』
自分で力を入れさえしなければ
物事は順調に運んでゆく
本当に自分の邪魔をするものは
この自分のほかにはない
自分で何もしないのに
どうして事が成就してゆくのか
自分の邪魔を取り除けば
他力が自然に働いてゆくからだ
自分で何もしなかった人 道元
只管打坐とは何もしないことだ
そして親鸞 念仏とはただ
如来の働きを仰ぐことのみだ
困難が起こったら そんなことを
相手にしないことだ
それにそっぽを向いて ただ
自分の好きなことをやってゆけ
『自由と平和』
むつかしい顔をすることは、少しも要らないのである。
いつもにこやかな顔をして、
すべての人に向かえばよいのである。
むつかしい顔をするのは、
ただその人の度量の小ささを語るのみである。
私はかくもケチな、チッポケな人間です、
というばかりである。
狭っ苦しい殻をかぶり、われとわが世界を縮めているような、
せっかく生まれてきた人生を、
いつもこせこせと、しみったれて生きているような、
小人ですと、告白するばかりである。
微笑は自由の象徴である。
一切を容れて世界とともにいきるものの歓びの象徴である。
平和は、この微笑から来る。
========
*無意味な力が抜け、不思議なエネルギーが湧いてきます。
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